表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/156

第26話 今更ラッキースケベには動じない

遅れてすみません……

「それじゃあ、今から学年レクの練習を始めます。とは言っても、男子はともかく女子はサッカーの授業をしていないのでまずは練習です。とは言っても、ボールの数は限られてるので最低でも二人一組以上になってください」


 どうやらレクの練習も委員長が仕切るらしい。クラスの団結力を高めるためか、今のところ担任はノータッチだ。


 それにしても、二人一組以上とは随分と陰キャに辛い事をする。とりあえず響に声をかけようかと思っていた時だった。



「……なんであんなに人気なんだ、あいつ」


 響は他の男子生徒に囲まれていた。確かに響は基本的には誰とでも仲がいいが、ここまで人気な訳では無かったはずだ。


 しかし、そんな事をここで言ったところで現在の響は人気者だ。


「……最悪トイレに引きこもるか」


 腹痛だなんだで十五分ほど居とけば試合も始まるだろう。そんな現実逃避をしながらも、頭の中ではそれが叶わない事を知っている。



 今までならそれでも良かっただろう。しかし、今の俺は()()()()()()なのだ。恥ずかしい真似は出来ないし、しない。


 この一ヶ月と少し、火凛も男性不信含む人間不信を治そうと頑張ったのだから。俺だって親しい友人の二人や三人は作らねば――


「水音君、サッカー教えて♪」


 ――ならなかったはずだった。振り返った矢先に火凛が居てずっこけそうになった。というか目の前に居るのに驚いて転びそうになった。


 ふわりと、優しく柔らかい感触に包まれる。



 ……え?


「あちゃー……早速か」

「……こんなテンプレみたいな事ある?」

「わあ……凄いです凄いです、読んでたものと立場は違いますけど、これはこれで……」


 火凛の後ろから何か言葉が聞こえてきたが、頭には入ってこない。


「ん……驚かせてごめんね、大丈夫? 水音君」


 俺を抱きとめながら、火凛はそう聞いてきた。


 宜しくない。非常に宜しくない。何がと言われれば俺の体勢だ。百歩譲って抱きとめられたのは置いておこう。問題は俺の手の位置だ。


 むにゅり、と火凛の豊満かつ形の良い胸を思い切り握りしめていたからだ。


 形が変わるほど強く握りしめられ、本来なら痛みすら覚えるはずだ。



 ……しかし、この痛みは火凛の許容範囲であった。


 火凛の頬は紅潮し、目尻がとろんと垂れ下がりそうになる。まずい、スイッチが入る。


「……後で、だ。火凛」

「……………………ん」


 かなり小声だったが、どうやらちゃんと聞こえたようだ。目は一瞬で元に戻った。


 そして、俺はそれを見届けてから火凛から離れた。


「悪い、火凛さん」

「ううん、大丈夫だよ、水音君」


 幸い、と言うべきかほとんどの男子は響の所に行っていてこちらを見ていなかった。残りの男子も既にボールを取り出して遊んでいるので見ていない。


 女子も女子で固まっていてこちらを気にした様子は無かったのだが、主に三人からものすごく視線を感じた。


 白雪と、委員長である来栖さん。そして、もう一人は火凛の友人である平間輝夜さんだ。



 冷や汗が全力で背中を流れる。


「……本当にすまなかった、火凛さん」

「ふふ。気にしてないから大丈夫だって」


 火凛は本当に気にしてなさそうだ。公衆の面前でこんな事をしてしまったと言うのに。


「いやー、水音もやっちゃったね」


 そんな俺に話しかけてきたのは白雪だ。良い意味で雰囲気を壊してくれるのでありがたい。


 ……のだが、白雪の後ろにいる二人からの視線が凄まじい。


 普通の女子生徒なら軽蔑の視線でも向けてきそうなものだ。しかし、そうならないのは火凛から事情を聞いていたからなのだろうか。


「奏音、やっちゃったのは私だよ? 私が水音君を驚かせちゃったんだから」

「まあ実際そうなんだけど。こういう時って男子がなんやかんや言われがちじゃない? ってか火凛も胆力凄いよね。私ならそんな涼しい顔出来ないわ」


 白雪がどこか呆れたような視線を向けた。火凛はクスリと笑う。


「慣れて……ううん、事故だからね。水音君に悪気は無いし、というか驚かせた私の方が悪いから」

 そして、火凛は改めて俺に向き直る。


「それじゃ、水音君、サッカーについて色々教えて?」

「あ、ついでに私とこの二人にも教えてね。私達サッカーの事、あんまり詳しくないから」


 火凛のお願いは百歩譲って分かる。分かるのだが、かなり大きいついでが出てきた。


「……とは言っても、俺も人に教えられるほど上手くないぞ?」

「でもほら、水音キーパーやってたじゃん。パスの仕方とか教えてよ」


 ならば他の人と……と言おうと思ったが、火凛の思惑に気づいた。


 そうだ、少しでも周りに仲がいいアピールをしないと。『幼馴染』だと思われるように、


「分かった。とは言っても、本当にパスぐらいしか教えられないぞ?」

「ん、十分。あと細かいルールとかも教えて欲しい」

 そう聞いてくる火凛に頷き、後ろの二人を見る。



「二人もそれで良いのか? ……来栖さんと平間さん」

「うん、獅童君に教えてもらえるなら私としても嬉しいかな。見ていてボール蹴るの凄い上手だったし。あと、私の事は好きに呼んでいいからね。呼び捨てでも何でも」

「わ、私も大丈夫です……呼び捨てでも大丈夫ですけど、出来れば苗字で呼んでいただけるとありがたいです」


 そう二人は言ってきた。


「ああ、分かった。じゃあ来栖と平間って呼ぶぞ」


 来栖はともかく、平間は先程と違ってどこか不安そうな顔をしていた。クラスでもあまり男子と喋っているのを見た事が無いので、得意な訳では無いのだろう。距離を見誤らないようにしなければ。


「あ、じゃあ私ボール取ってくるね」

「ああ、助かる」


 白雪がそう言って、ボールを取りに行った。


 ◆◆◆


「それじゃ、まずはパスの練習……と思ったが、念の為ルールだけ確認しておくか」

 ボールを持ち、四人を見渡す。


「一応聞いとくが、サッカーした事あるのは?」

「私は無いかな」

「んー、ちっちゃい頃にやったぐらいかな」

「私も奏音と同じかな。最後にやったのは小学校低学年とか」

「わ、私は無いです……申し訳ありませんが、見た事も」


 やった事がないのは火凛と平間の二人だった。平間に至っては見た事も無いのか。男子の間でお嬢様疑惑が出ていたけど本当らしい。


「……? 女子ってマラソンを終えた後は男子がやってるのを見てた気がするんだが」

「ええと……すみません。マラソンはいつも授業が終わる数分前にしか戻って来れませんでしたので」


「……デリカシーが無くてすまない」

 悪い事を聞いてしまった。


 一つ咳払いをして、話へと戻る。

「こほん。それじゃ、ルールの確認だ。基本的な事だが、始まる時はボールを持っているチームがボールを蹴った瞬間から始まる。そして、使うのは基本脚だけで、手は禁止だ」


 ふむふむと平間が頷き、火凛達も頷く。


「それで、手はダメだが頭部や胸、背中などは当たっても特にペナルティは無い」

「へえ。そうだったんだ」

 来栖が納得した表情をする。気になっていたが、調べるほどでもない。そんな感じだったのだろう。


「ああ。ダメなのは肩から指先……だったはずだ。そんなに細かいところまで見るかどうかは分からないが、覚えていて損は無いだろう」


 火凛と平間がそれを聞いてこくこくと頷いた。真剣に聞いてくれるのでありがたい。


「そして、ラフプレー……相手の服を掴んだり押し倒したりするような行為は禁止だ。もちろん暴力行為もな。……まあ、高校生だしその辺の境界は曖昧だが」

「あ、あの、質問してもよろしいでしょうか?」


 俺の言葉を聞いて、平間がおずおずと手を挙げた。


「なんだ? なんでも……とは言えないが、知ってる事なら答えられるぞ」

「間違って相手様の足を蹴ってしまった場合はどうなるのでしょうか?」

「ああ、それぐらいはあくまで事故だし、日常茶飯事みたいな所もあるからお咎めなしだろう。相当酷くない限り普通にプレイは続行されると思うぞ」


 そう答えると、平間の顔は不安そうなものへと変わった。


「じ、じゃあ、普通に蹴られると言う事ですか?」


 ……ああ、今のは答え方が悪かったか。


「男子同士ならありえるだろうが、女子相手に本気で突っ込んで来る奴は早々居ないから大丈夫だ。それに、ボールが怖いなら無理に奪いに行く必要も無いし、ボールが来たらすぐパスをすればいい。安全第一だな」


 ……まあ、相手を直接蹴らなくてもボールを蹴る素振りをして脅かしてくる奴は居るが、自分から取りに行かなければ大丈夫だろう。


 平間はそれを聞いてホッとした表情を浮かべた。


「補足になるが、先程のような危険行為は総称してファウルと呼ばれる。手を使った場合はハンドだな。もしそれを行ってしまった場合は相手ボールから始まる。……ああ、あと、それがゴールに近い場所でやってしまったらPKと呼ばれるものになる」

「ゴールキーパーと一対一でやるやつ?」

「ああ」


 他に……何か言うべきものはあるだろうか?


「あ、水音、スローインってどうやれば良いの? あれよく分かんなくてさ」


 すると、白雪がそう聞いてきた。それに平間が不思議そうに声を上げた。


「スローイン……ですか?」


「ああ、スローインと言うのは、ボールがフィールドの外から出た場合に行われるものだ。最後に触った人の相手のチームが行う」


 説明するより実際に見た方が早いだろう。ボールを両手で持つ。


「ボールをこう手で掴んで味方のいる所に投げるんだ。両手を上にやってから、こうだな」


 力を込めずにボールを投げる。ボールは飛ばずに目の前を何度かバウンドした。


「まあ、こういうのは投げるのが得意な野球部なんかが上手いからな。無理してやる必要も無いが、もしやるのなら早めに投げた方が良いだろう。じゃないと味方が敵に邪魔されるからな」


 説明する事が少なくなってきた。後は……


「コーナーキックとゴールキックぐらいか。ゴールポストより後ろにボールが飛んで行った時に行なわれる。ゴールキーパーから見て相手チームが出した場合はゴールキック。文字通りキーパーが蹴るもので、コーナーキックは自分チームが出した時に行われる。角の方から相手チームがボールを持って始まるんだ」


 さて、少し長くなったが、説明はこんなものだろう。


「ルールはこんなものだ。質問あるか?」


 ざっと四人を見渡すが、首を振られる。


「それじゃ、早速パス練習から始めるぞ」



 ある程度四人には距離を離れてもらった。


「人によって得意な蹴り方も違うから、まずは自分に合う蹴り方を探してみるぞ! まずは皆、俺に蹴ってみてくれ、火凛さん!」

「おっけ!」

 火凛へとボールが渡る。火凛がえい、とボールを蹴った。


 そのボールは驚く程正確に俺の元へとやって来た。


「……上手いぞ!」

「ん!」


 火凛は昔から運動神経は良かった。それに、この二年弱でかなり体力も付いている。恐らく同学年の中でもトップレベルでは無いだろうか。



 次に奏音。こちらは助走をして全力で蹴ってきたので明後日の方向へと行った。

 そして、来栖は特に問題無さそうだった。火凛ほどでは無いが、ちゃんと蹴れている。


 ……そして、問題は平間だった。


「えい! ……あれ?」


 すかっ、と空振りした。


「……えい!」


 すかっ


「あれ? えい!」


 すかっ


 無言で火凛を見ると、火凛も俺を見てきていた。他の二人もそうだった。来栖が少しだけ申し訳なさそうな顔をしている。


「平間、ボールから目を逸らさないように蹴ってみてくれ」

「は、はい! えい!」


 ころ、とボールは一回転した。掠ったのみだった。


「……ご、ごめんなさい!」

「いや、初めてなら出来なくて当たり前だ!」


 初めてなら仕方ない。火凛は例外で、運動神経が特別良かっただけだ。


 そうは言ったものの……どうしたものかと考える。


 ……ああ、そうだ。


「平間! 足の先じゃなくて、足の内側を使って転がすように蹴ってみてくれ!」


 わざわざボールを飛ばす必要は無い。要はちゃんと相手にボールが届けばいいのだ。


「わ、分かりました……えい!」


 パシュ、と足がボールに当たる音と共に、ボールが低弾道で飛んだ。


 そして、ボールはコロコロと転がって俺の元へと辿り着いた。


「……や、やりました!」

 平間はそれを見て嬉しそうにぴょんぴょんと跳び跳ねた。思わずこちらも笑顔になる。



 なら後はこれを繰り返すだけだ。と思っていたら、白雪がこちらへとやって来た。

「ね、水音。五人だと練習効率悪いから分けようと思ってるんだけどさ」


 いつの間にかその手にはもう一つのボールが取られていた。


「ほら、火凛が思ってたより上手かったじゃん? なら、火凛を中心に二人で練習した方が良いんじゃないかなって。それまで私達は復習しとくからさ」


 ニヤリと笑いながら、白雪はそう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ