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第25話 無理はするべきでは無い

「〜♪」

 火凛は俺の隣でゆらゆらと揺れながら歩いていた。鼻歌を歌いながらぽすんぽすんと肩に頭が当たる。その感触が妙にくすぐったくて笑ってしまう。


 これは火凛の機嫌が絶好調な時にする歩き方だ。この癖は幼い頃から全く変わらない。……いや、昔はスキップまでしてたんだっけか。懐かしいな、あの頃は俺まで振り回されていた。


「〜♪」

 ニコニコと幸せを振り撒く姿は見ているこちらまで楽しませる。しかし、弊害もあった。


 凄い視線が集まってしまうのだ。道行く人皆が火凛を……そして、一部が恨みがましそうに俺を見ている。学生が居ないのが幸いだ。あと、変に写真を撮ろうとする輩が居ないのも。

 あ、サラリーマンが側溝に落ちた。


「〜♪」


 だが、その気持ちも当然分かる。可愛らしい子犬や子猫が歩いていれば一目見てしまうだろう? 理屈はそれと同じだ。


「えへへ」

 すると、火凛は肩に頭を擦り寄せてきた。物凄い笑顔で。ぎゅっと手を握りしめて。



 本当になんなんだこの可愛い生き物は。抱きしめていいか?


 思わず手を伸ばしかけた時だった。


「……いやさ。いつまでイチャついてんの? 幸せオーラ凄いんだけど。もしかしてプロポーズしたの? 結婚祝い送ろっか?」


 後ろから、そう声を掛けられた。


「白雪か」

「……奏音?」


 振り返ると、どこかうんざりとした様子の白雪が立っていた。


「おはよ、お二人さん。ついに苗字一緒にしたの?」

「……おはよう、白雪」

「おはよ、奏音」


 白雪の冗談は無視しながら挨拶を返す。すると、白雪は深いため息を吐いた。吸っていた空気を全て吐き出すような。


「いやさ、さっきから何度も何度も名前呼んでたんだよ? まさか全無視とは思わなかったけど」

「……悪い。本気で気づかなかった」

「……ごめん、私も」


 どうやら先程から白雪は居たらしい。確かに俺の聴覚は全て火凛に向けていた。車のエンジン音が聞こえないのは危ないので次からは気をつけよう。


「気づいてくれたから良いんだけどさ。二人だけの世界に入り込んでる、ってそういう事だったんだ。まさか今日知る事になるとは思わなかったけど。それでさ、二人はなんでそんなに機嫌が良かったの?」


 火凛は俺の腕にぎゅっと抱きつきながら俺の顔を見てきた。朝の事を言ってもいいか、という確認だろう。特に問題は無いので頷いておく。


「……あのね、今日から水音と一緒にご飯作る約束したから。嬉しくて」

「純情じゃん。いや、知ってたけどさ。今更だけど外でイチャつくよりそっちの方がハードル高かったのやばいね。というかずっとイチャついてるけど飽きないの?」


 白雪の少し呆れたような言葉に思わず火凛と顔を見合わせた。


 確かに、不思議と言えば不思議だ。火凛の家では手を繋ぐ事も抱きしめ合う事も……それ以上の事だってしている。


 しかし、飽きる事など無い。……というか、こうして火凛と密着しないと安心感が得られないまである。


「……若者がスマホを手放せないのと一緒」

「その例えはどうなんだ……まあ、否定はしないでおくが」


 ……正直な話、数日でも火凛と離れたら何かしら禁断症状が起きそうな気がする。


 共依存、という言葉が脳裏に浮かんだ。


「少しずつ矯正した方が良いのだろうか……」

「やだ。絶対に水音から離れないから」


 火凛は前に回り込んでぎゅっと抱きついてきた。



 中二の頃、仲直りしてから火凛は俺と離れるのがトラウマ気味になってしまったらしい。


 ……荒療治でもするべきなのか。しかし、それで火凛が耐えられなければ意味が無い。というか俺が耐えられる気がしない。


 どうしたものかと考えていると、白雪が声を掛けてきた。


「良いんじゃないの? 別に無理に矯正しなくてもさ。ほら、今のところ私のおじさんの所のカフェ継ぐ予定だし、本格的にヤバくなりそうなら火凛のお父さんとか水音の両親が止めるっしょ。私もいるしさ」


 意外な事に、白雪は火凛側に付くようだった。


 ……いや、確かに時期尚早だったのかもしれない。

 あれからまだ一年も経っていないのだから。


 下を見れば、火凛は不安そうに抱きついてきているり


 その姿は触れれば壊れてしまいそうな、あの時と酷く似通っていた。


「まあ、それもそうだな。無理して治すことも無いか」


 火凛が頷きながらもぎゅっと抱きついてきているので、髪型を崩さないように丁寧に頭を撫でる。


「……ん♪」

 気持ちよさそうに喉を鳴らす火凛の頬へと手を動かし、ぷにぷにとした柔らかい頬の触感を楽しむ。


 すると、火凛は嬉しそうに目を細めた。


「……あれ? ここ外だよね? 今日いつもより糖度高くない? ね? あれ、無視? また二人の世界に入ってるの? おーい、聞こえてるー?」


 白雪が何か言っていた気がするが、よく聞こえなかった。


 ◆◆◆


「どうかしたの? 奏音、なんか今日元気無い? というかやつれてる?」


 二時間目の終わり、お手洗いに行こうとしたら来栖と行く事になった。


 ちなみに、水音が一人で居たから火凛はかまちょしに行ってる。さすがに学校ではあんな事はしないと分かっているけど、少し……いや、かなり不安だ。


 来栖の言葉に朝の出来事を思い出す。あの後二人と学校に来たんだけど、ギリギリまで二人は手を繋いでいて大変だった。言わなければ学校まで手を繋いできて恐ろしい事になっていただろう。主に水音が。


 そして、二人の事を話すべきか迷ったが、あくまで幼馴染としての範疇なら話しても良いはずだ。


「……あー、まあ後で分かる事だしいっか。いやさ、最近火凛達と朝来てるんだけどさ」

「うん……達?火凛と他に誰か居るの?」


 ……さて、ここはどう説明しようかな。まさか水音が火凛の家に泊まってるとか言えないし。


 あ、そっか。二人とも家近いって言ってたじゃん。


「水音だよ水音。ほら、火凛と家近いじゃん」

「あ、なるほどね。それでどうしてそんなにやつれてるの?」


 言うほどやつれているのだろうか。どちらかと言えば糖分の摂りすぎで太ってる気がするんだけど、


「いやさ。今日火凛の家行ったら分かるはずだけどさ、二人とも凄いのよ」

「……凄い? 何が?」

「あー……昨日二人で見合ってたのあったじゃん。あんなのがずっと続く感じ」

「えっ」


 さすがに頭撫でたり抱きついていた、などとは言えないし、二人も自重…………するかなあ。出来ない気がする。後でちゃんと忠告しないとなあ。


「特に今日は凄くてね。朝からお腹いっぱいというかなんというか」

「へえ……凄いんだね」

「ま、小さい頃から一緒なら当たり前っちゃ当たり前かもしれないけどね」


 私は二年生の後半で火凛と出会ったから、その前の二人は話でしか知らない。それでも仲が良さそうな事は分かった。

 小学校高学年になるまで一緒にお風呂に入ってたとか聞いてびっくりしたし。普通親が止めるのでは? とも思ったけど、二人ともびっくりするぐらい純真だったらしい。


「それよりさ、来栖。火凛から話は聞いてるよね?」

「あ、聞いた聞いた。ちょっと寄り道してから火凛の家に行くんだよね。獅童君が何か準備あるって」

「そうそう、輝夜には言ってた?」

「うん、朝言ってたから大丈夫」


 そういえば輝夜は大丈夫なんだろうか。二人のイチャイチャを見て暴走しないと良いんだけど。


「ねえ、奏音」

「ん? どした?」

 名前を呼ばれたので来栖を見ると、少しだけ不機嫌そうにしていた。


「ずっと思ってたんだけどさ。どうして私だけ苗字呼びなの?」

「えっ。皆が来栖とか来栖ちゃん、ってしか言わないからてっきり名前で呼ばれるのが嫌なのかと思ってたんだけど」


 自分の名前が呼ばれたくないとか、相当仲良くない限り下の名前で呼んで欲しくない人は一定層居る。てっきり来栖もそっちだと思っていた。


「いや、確かに皆からは苗字で呼ばれてるけどさ。別に皆から言われるのはいいんだけど、奏音って滅多な事がない限り名前呼びでしょ? ちょっと寂しいなって」


 ……確かに、よくよく考えれば未だに苗字呼びなのは来栖だけだったかも。最近水音呼びするようにもなったし。


「ん、分かった。じゃあこれからは春って呼ぶね」

「ありがとう、奏音」


 そんな風に話していると、次の授業まで残り時間がどんどんと減っていく。


「そろそろ急がないと間に合わなくなるから行こ、春」

「あ、うん。おっけ」


 そんな事を言いながら今日の時間割を思い出す。


 サッカーの練習はお昼過ぎだ。火凛が水音に教えてもらうなら私も教えてもらおうかな。

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