表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/156

第24話 火凛のお願い

「……と」


 淡く深い微睡みの中、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


 それを逃がさないよう、しっかりと捕まえる。


「……ん、……なと」


 すると、今度は甘美な声に耳をくすぐられた。思わず身を(よじ)る。すると、頬をつつかれた感触があった。


「……もう。ちょっとだけで良いから起きて。水音」

「ん……」


 火凛の声だとやっと気づく。重く閉じた瞼を無理やり開いた。


 すると、俺の腕の中に火凛がいた。


「やっと起きた。おはよ、水音」

「火凛……? おはよう」


 時計を見るも、まだ時刻は六時前。まだ起きる時間では無いはずだと思ったが、意識が覚醒していくうちに理由がやっと分かった。


「……悪い。身動き取れなかったよな」


 俺がずっと火凛を抱きしめていたのだ。いつからなのかは分からないが、俺の左腕の感覚が無いので、数分やそこらの出来事では無いだろう。


「ふふ。昨日の夜からこんなだったんだよ? 左腕大丈夫?」

「……まじか。苦しくなかったか? 起こしてくれれば良かったんだが」

「ううん。……私は良かったから。でも起こさなくてごめんね? 昨日はちょっと手入ってるぐらいだったんだけど、朝なったら思いっきり体重掛けちゃってて」


 左腕を見るも、感覚が無いと言うだけで見た目はいつも通りだ。


「数分もすれば治るから大丈夫だろう。……何回もこうした事が続くと危ないって聞くが」


 しかし、こういう時は左腕を動かさない方が良い。力が入らない腕は鈍器みたいなものだ。しかも俺の意思を無視して振り回される。壁や物に当たるならまだしも火凛に当たるかもしれない。


 左半身が動かないようゆっくりと仰向けに倒れる。すると、火凛はすぐに座った。


「今からお弁当の準備してるから眠ってて」

「……いや、多分起きてるはずだ。眠気も覚めたし」


 また寝返りを打って今度は自重で腕が痺れたなどあっては大変な事になるかもしれない。


「……! じゃ、じゃあさ」


 何か閃いたのか、火凛は目を輝かせた。首を傾けて火凛の方を見る。


「い、一緒にお弁当作りたいな……って。水音の腕が治ってからで良いけど……だめかな?」


 言葉尻になるに連れて火凛の声は不安そうに小さくなっていった。


「もちろん良いぞ。二人で作ろうな」


 そう返せば、火凛の顔はぱあっと輝いた。その反応に思わずこちらも笑顔になってしまう。


 その後、火凛は一度咳払いをして表情を戻した。


「ね、水音。昨日言い忘れてたんだけどさ。今日、家に友達呼んでるの。奏音と、私達と同じクラスの来栖ちゃんと輝夜ちゃんなんだけどさ」


 少しだけバツの悪そうに火凛はそう言ってきた。


「ん? ああ、分かった。ならまたどこかで時間でも潰してくるか」


 火凛が家に友人を呼ぶのは珍しい。というか白雪に続いてこれが二度目だろう。邪魔にならないようにしなければ。


 そう思って言ったのだが、火凛は首を横に振った。


「……ううん。水音は家に居て欲しい」


「ん?」


 火凛の言葉の意図を図りかねていた。


「……えっとね、水音。一つ謝りたい事があって」


 火凛はすっと目を逸らした。嫌な予感が背筋を伝う。


「…………まさか」


「……うん。水音の事話しちゃった」




 その言葉を聞いて、思わず考え込んでしまう。


「全部話したって事だよな?」

「う、ううん! 私と水音の事を全部知ってるのは奏音だけだよ!」


 火凛の思わぬ答えに驚く。


「……どこまで話したんだ?」


 火凛はゆっくりと昨日の事を思い出しているのか、天井を見上げて考え始めた。


「えっと、私と水音が幼馴染で」

「ああ。それで?」

「中学の時に一回疎遠になったけど、仲直りして」

「……仲直りの内容は言ってないのか?」

「うん、言ってない。あと、幼馴染って事を周りに隠してたけど、高校生になって戻りたいってまで話した」


「そうか」


 ふう、と長く息を吐く。思わず冷や汗を流してしまった。


「それぐらいなら全然問題無いぞ」

「……え?」


 その言葉を予想してなかったのか、火凛は間の抜けた声を上げた。思わず笑ってしまう。


「……怒ってないの?」

「ああ。怒るはずが無い。というか嬉しさすらあるぞ」


 火凛がちゃんと考え、俺の事を友人に話してくれた。それは――


「その友達の事、信じてるって事だもんな」


 火凛はあの夏の後、友人の数が極端に減った。というか減らした。信じていた母に裏切られ、人を信じる事がほとんど出来なくなったから。


 そんな火凛がこの人なら秘密を話してもいい、と思えるような友人を作れたのだ。


「……うん、来栖ちゃんと輝夜ちゃんの事は信じてる」

「ならそれで良い。ちゃんと話す内容も見極めてくれてるしな」


 話の筋も通っているし、火凛と俺の目的でもある()()()へと戻るために、仲のいい人物には話を通していても損は無い。


「それに、いつかは知られる事だ。それぐらい気にしなくて良いんだよ。もちろん、話す相手は信頼出来そうな人の方が良いが」


 左手は動かないので、右手を伸ばして火凛の頭をぽんぽんと撫でる。少しだけ火凛の頬は赤くなっていた。


「……ありがとう、水音」

「どういたしまして、火凛」


 そのお礼の意味は詳しく聞かないでおいた。


 ◆◆◆


「……あ、それでどうして俺が居た方が良いんだ?」


 腕の感覚が無から痛へと変わってきた頃にその事を思い出した。


「あ、そうそう。来栖ちゃんがね。水音にお礼したいって」

「……お礼?」

「うん、あの時声を上げてくれたでしょ?」

「…………別にお礼を言われるほどの事はしてないけどな」


 確かにあのままだと錦が来栖さんに何かしら恨み……程ではないが、軋轢を産みそうであった。それは委員長としての立場も悪くなってしまうかもしれない。


 そんな考えは確かにあったが、気づかれていたとなるとなかなか恥ずかしいものがある。



「……水音が無理そうなら伝えとくけど、出来れば居て欲しいな」

「無理とか嫌って訳では無いぞ。火凛と白雪が居るなら問題無いだろうし」


 白雪は場を読むのが上手い。火凛からも話は聞いていたのだが、白雪は驚くほど皆と均等に喋る。そして、消極的な子には自分から積極的に話題を振るのだが、その加減が絶妙だ。火凛を含む三人で話していてもそれは痛いほど分かった。



 ……ちなみに、火凛も白雪の影響を受けて外でも少しずつ口数は増えてきている。特に、親しい友人間ではもう普通に話せるらしい。良い兆候だ。



「まあ、とにかくだ。俺は火凛の友達が来ても全然良いぞ。サンドイッチの材料も余っていたはずだし、折角だから人数分は用意しとくか」

「良いの!?」


 火凛が食い気味に反応してきた。そして、苦笑いへと変わった。


「え、えへへ。昨日のお弁当、水音が作ったって二人にバレちゃって。水音は料理も上手なんだよって言っちゃったから。どうせなら食べさせてあげたいなって」


「ああ、なるほどな。とは言っても一人一個ずつぐらいしか無いんだが」

 サラダのドレッシングは多めに保管しているが、肉とチーズは残り少なくなっている。


 間食としては物足りなくなるかもしれないと考えていると、火凛が声を掛けてきた。

「大丈夫だよ。私も小さいけどパンケーキ作る予定だから」

「なら大丈夫か」


 と、そう話していると段々と左腕の痛みが治まってきた。


「そろそろ腕も良くなってきたし、作るか?」

「うん!」


 笑顔の火凛が手を差し出してきた。その手を取り、二人で下の階へと向かったのだった。


 ◆◆◆


「もう準備はしてたんだな」

 キッチンには既に材料が出されていた。物によっては弁当箱に詰めるだけで完成、というのもある。


「ん、昨日である程度はやっておいた。ハンバーグは私がやるから、先に冷蔵庫に入ってる物をお弁当に詰めておいて欲しい。終わったら卵焼きをお願い」

「了解だ」


 まずは冷蔵庫の中に入っていたポテトサラダ、ブロッコリーのバター炒めを取り出す。火凛は野菜が苦手だからこれは俺用だろう。

 そして、サラダ。こちらはまだ特製のドレッシングを掛けられていない。火凛用の小さなタッパーを取り出し、盛り付ける。


「火凛、このパスタ麺もだよな?」

「ん、適当に塩コショウかけて入れて置いて欲しい。ハンバーグの下に敷くやつだから少なめで良いよ」

「分かった」


 言われた通りに塩コショウをかけて弁当箱の半分に敷き詰めた。


「火凛、ご飯も入れておくぞ」

「あ、お願い」


 ご飯を入れ、残りの確認をする。……多分もう大丈夫だろう。


 冷蔵庫から卵を取り出す。我が家……というか火凛と俺の間では卵焼きと言えばだし巻き卵の方を指している。

 理由としては単純で、俺の親が卵焼きと称してこちらを出していたからである。そして、火凛も俺の家のだし巻き卵を気に入っていたからでもある。

 塩コショウ、そして少しだけだし汁を入れて溶きほぐす。


 それと同時に火凛の隣へと向かった。火凛の持つフライパンからはソースの香ばしい良い匂いが漂っている。


「ありがとね、水音」


 既に準備をされていたフライパンに卵液を流し込んでいると、火凛がそう話しかけてきた。


「いや、別に手間じゃないしな」

「ううん、そっちじゃなくて……いや、そっちもなんだけどさ」


 卵の様子を見ながら火凛をチラリと見る。


「私ね。こうして水音とご飯を作りたかったんだ」


 その顔は幸せを噛み締めているような、そんな表情だった。


「ならもっと早く言ってくれれば良かったんだがな」

 思わずそう言ってしまったが、その意思を汲み取れなかった自分が不甲斐なく思う。


「ふふ。本当にそうだね。でも、今言えたから良いんだ」


 火凛の腕と俺の腕がぴとりと触れた。


「ね。これからも一緒に料理作ってくれる?」


「ああ、当たり前だ。なんなら、これから毎日一緒に作るか?」


「……良いの?」

「ああ、もちろん」


 こうして火凛と肩を並べて料理をするのも悪くない……というか、一人でキッチンに立つよりずっと楽しい。


「じゃ、じゃあ、今日から一緒に作ろうね!」

「ああ」


 火凛の幸福度指数が三倍ぐらいに跳ね上がった気がする。それぐらい火凛の機嫌は目に見えて良くなっていた。




 ……俺も、人の事は言えないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ