第22話 メイドの理由
「か、火凛?」
普段とは違う火凛の姿に驚きながらも見蕩れてしまった。
「えへへ。どうかな? 似合ってる?」
火凛はスカートを手で掴み、優雅にお辞儀をした。普段の上品な仕草と相まって本物のメイドのようだ。
ヘッドドレスまでしていて本格的に見えるが、フリルのスカートは膝上までしかないし、胸元も大きく開いている。
そして、胸の下の方にハート型の穴が空いていた。以前もそこは使った。……このメイド服はそういうプレイ用のものだ。
「……ああ、凄く似合ってる」
「ふふ。ありがと♪ 今日はこれで御奉仕するね……ううん。ご奉仕しますね、ご主人様♪」
そう言って火凛は優雅にくるりと回った。健康的な太腿と共に異様なまでに面積の小さい布地が見えた。
……というか今、凄い物が見えた気がする。隠れてなかったんじゃないか?
よくよく考えてみれば、火凛の胸もそうだ。普通なら下着が見えそうなものだが。……いや、面積が小さい下着もあったはずだ。
……そうだとしても、違ったとしても俺がするべき事は一つだろう。
「火凛、とりあえず家に入るぞ。人に見られたくない」
「ふふ♪ 分かりました、ご主人様♪ お手をお借りしますね」
ニコニコとしている火凛の手に手を乗せると、ぎゅっと捕まれてそのまま家の中に連れられた。
◆◆◆
「〜♪」
綺麗な鼻歌と共に、しゃくしゃくと何かを切っている音が耳に心地よい。火凛は基本的に何でも出来るのだが、音感は贔屓目抜きにしてもレベルは高い。
何度かカラオケにも行ったことがあるが、90点超えを連発するぐらいには上手い。
居間で待っている間はテレビを付けていた。政治家がどうだの芸能人のゴシップがどうだのアナウンサーが喋っているのだが、ニュースの内容はなかなか頭に入ってこなかった。
すると、包丁で切る音がピタリと止んだ。その後、カチャカチャと食器を取る音がする。手伝おうかと立ち上がった瞬間だった。
「ご主人様はちゃんと座って待ってて」
少しむくれたような声に一瞬だけ迷ってしまった。しかし、ここで手伝うのも火凛の仕事を奪う事になるだろうと座り直した。
すると、一分も経たないうちに火凛はリビングへとやって来た。
「はい、お待たせしました♪ 毎日スイーツだと飽きちゃうからリンゴ剥いてきましたよ、ご主人様♪」
「あ、ああ。ありがとう……気をつけてくれ、見えてる」
火凛がリンゴの盛られた皿を置いた。屈んだ際、メイド服の緩い胸元からチラチラと見えてはいけないものが見えてしまっていた。
……やはり下着は着けていないらしい。
「ふふ。見せてるんです♪」
しかし、あろう事か火凛はメイド服の胸元を指で開いた。普段より積極的な様子に心臓が嫌な音を立てた。
「……最近やり過ぎだ。この時間からしたら明日が持たなくなる」
「……残念。ならメイドさんは後で参ります。と言う事で水音、あーん」
メイドモードの火凛も好きだが、メイド服姿で普段と変わらない火凛も良い。
火凛は膝立ちになり、リンゴの付いたフォークを口に近づけてくる。体はほぼ重なり合っていて、火凛の体温を間近に感じられた。
リンゴを一口かじると、甘酸っぱい味が口に広がる。程よい甘味と酸味が脳を刺激した。
「どう? 美味しい?」
「……ああ。美味い。さすが火凛だ」
火凛が選んできた果物はいつも美味しい。
俺が昔風邪を引いた時に、こうしてリンゴを剥いてきてくれた事を思い出した。
確か、俺の母さんに甘いリンゴの見分け方を聞いて、不器用ながら剥いてきてくれたのだった。
それから火凛は母さんに美味しい果物の見分け方を聞き、果物を一緒に食べる機会が増えたんだった。
火凛はクスリと笑った。
「ふふ。水音が美味しいって言ってくれるから私も料理が好きになったんだよ? ……ん、美味し」
火凛はリンゴを一口食べて頬を綻ばせた。……反対側ではなく、わざわざ俺が口にした方から食べたのに深い意味はあるのだろうか。
今更関節キスがどうのこうのとは言わないが、心臓に悪いのは確かだ。
「そういえば、どうしてまたメイド服なんだ? ……確か、メイド服は汚れるし、掃除も大変だから当分使わないとか言ってなかったか?」
確か、火凛がメイド服を着るのは春休み以来のはずだ。……あの時は少しだけやり過ぎてしまった。気がつけば服も部屋もなにもかもドロドロで、掃除が大変だった。
その時にお互い話し合って、何か特別な事があった時に着ける事に決めたのだった。
カチャリ、と。
火凛はニコニコとした笑みを崩さないまま、フォークを皿に置いた。
そして、次の瞬間俺は押し倒されていた。
「……火凛?」
名前を呼ぶも、火凛はそれ以上動かなかった。
「私ね。ここ最近水音と奏音に助けられてばっかりだったんだ。最近の私、ちょっと情緒がおかしくてさ。すぐ泣き出しそうになるの」
火凛の声は酷く震えていた。
「私が泣きそうになったら、毎回水音達がたすけてくれたから。普通にお礼を言おうとしても、『たまたまだ』とか『気のせいだろ』とかしか言わないでしょ? だから、言葉じゃなくて行動で示そうって思って」
俺自身からすれば、火凛を助けたという気持ちはさほど無い。火凛を助けるのは当たり前だと思っていたから。
しかし、無償の善意は過ぎれば負担になってしまう。その事に気がつけていなかった。
「……ほら、前にメイド服でした時はさ。水音、夜から朝、眠って起きてから夜までしたから。メイド服好きなんだろうなって。この『穴』も使いやすいし」
手を握られ、その『穴』に誘導される。熱くて柔らかいものが手を包み込んだ。
「私、いつでもこの格好するよ。水音が望むなら……ううん。水音には色んな私を見て欲しいから、遠慮しないで良いんだよ? 水音のためなら私……何でも着るし、どんなプレイだってする。洗濯とか片付けとかも私がやるよ?最近は水音がやってくれてるけど、水音も疲れてるでしょ?」
……少しだけ、火凛から危ない匂いがし始める。このままではいけないと俺も口を開いた。
「火凛。俺だって火凛に感謝しているんだ。風邪を引いて寝込んでいた時は看病してくれたし、俺が辛かった時だって慰めてくれた」
小学生の頃、周りと馴染めず俺が孤立していた時は火凛が橋渡しになってくれた。
両親が仕事に行っていて、水美も学校に行って風邪を引いた一人だった俺の傍で看病をしてくれた。
優しい子なのだ。火凛は。こうした気遣いや優しさが出来る子が近くにいる。俺がどれだけ恵まれているのか分かっていない。
「俺は…………」
『火凛が傍に居てくれればそれで良い』
その一言が出せなかった。言えば火凛は俺の言う通りにするだろう。……それは俺に縛り付ける、という事だ。
言ってはならない。そんな事。
「……火凛の優しさに応えてるだけだ。火凛が俺に感謝してくれてるように、俺も火凛に感謝しているから」
「でも!」
「火凛」
再度火凛の名前を呼び、目を合わせる。
そして、出来るだけ優しく、柔らかく微笑んだ。
「いつもありがとう、火凛。感謝してる」
「わ、私は……私も……ありがとう、水音」
火凛は少し戸惑った後にそう返してくれた。胸の底がじんわりと暖かくなる。
「言葉って不思議だな。俺は火凛に『ありがとう』って言われて嬉しくなった。火凛はどうだ?」
「私も……嬉しい」
火凛の背中を抱き寄せる。火凛は抵抗すること無く受け入れてくれた。
「それに、後片付けなんかはお互いで決めただろ? 体力が残ってる方がやるって」
「……いつも強引に寝かしつける癖に」
少し不満そうに火凛にそう言われ、思わず苦笑してしまった。
「それは……」
「水音が私の方が負担が掛かってるって思ってやってくれてるって事は分かってる。でも、私だって水音のために何かやりたいんだよ?」
そう言って火凛は顔を上げて微笑んだ。鼻先が触れるほどの距離でそう言われ、頬に熱が帯びていくのが分かる。
「だから、これはお礼だよ。水音、前この格好でした時凄かったもんね」
火凛の言葉に何も言い返せない。
口を開きかけて閉じた俺を見て、火凛はクスリと笑った。
「ふふ、そんなに恥ずかしがらないで。水音があんなに私を求めてくれて、私嬉しかったんだよ?」
「……しかしだな」
「もー、そんなに意固地にならなくて良いのに。体は正直なんだよ?」
そう言って下腹部を摩ってくる火凛に俺は言葉を返せない。せめてもの抵抗として顔を隠すぐらいしか。
しかし、その手の隙間から覗く火凛の顔は上気し、発情していると一目で分かってしまった。
「可愛い」
「……男に可愛いとか言うな」
「じゃあなんて呼ばれたいんですか? ご主人様♪」
「そりゃ……男ならかっこいいって言われた方が良いだろ」
そう、口にしてしまったのが間違いだった。
今日の火凛はSっ気が強かったのだから。
「了解しました、ご主人様♪」
顔を隠していた腕をガッと掴まれる。
「ちょ、火凛!?」
「ふふ。そのかっこいい顔をもっと見せてください♪ ご主人様♪」
こう見えて火凛は力が強い。俺のささやかな抵抗はすぐに潰えた。
情けない顔を晒している俺と、火凛の目が合った。
火凛は艶めかしい舌でぺろりと自分の唇を舐めると、ゾクリと背筋に甘く冷たいものが走った。
「かっこいいお顔してますよ、ご主人様♪」
「ッ……」
その言葉に思わず反応してしまった。それに気づいた火凛が耳元に近づいてくる。
そして、ぺろりと舐められた。思わず声が出た。
「ふふ、かっこいいお声をもっと火凛にお聞かせください……♡」
「か、火凛……これ以上は勘弁」「いやです♡」
ふっと耳に息を吹きかけられ、下腹部を撫で回される。
普段とは違って敬語で責めてくる火凛に適うはずが無かった。
最近めちゃくちゃ投稿遅れてすみません……




