第20話 行事の決め事は時間がかかる
昼食が終わり、五時間目が始まった。学級委員長である来栖さんが教壇へ上がり、パンと手を叩く。
「それじゃ、今からルール確認とチーム分けを行います」
良く通るハッキリとした声だ。中学の頃もこういう皆をまとめあげる役割を担っていたのだろうか。
そして、委員長は紙に書かれていた物を読み上げた。
ルールをまとめると以下のようになる。
・A〜Dブロックまで分け、最大三回の試合を行う。
・試合時間は十分三セット
・一チーム十三人とする。人数が足りない場合は、担任や副担任に入ってもらう。不可能な場合、もしくはそれでも人数が足りない場合のみ代役を認める。
・女子生徒がボールを持ってる際、男子生徒は本気でぶつかりにいかないこと。猥褻な行為などが見受けられた場合は指導を設ける。
その他は通常のサッカーとルールは同じようだった。女子生徒ばかりずるくないか、などの意見も少なからず出たのだが、怪我をしてからでは遅いとの事で学校側が決めたらしい。そう説明を受けて生徒達も納得したのか、声は止んだ。
「というわけで、今からサッカーのチーム分けをします。それで皆に相談なんだけど」
委員長はこほん、と一度咳払いをした。
……一瞬笑っていたように見えたが、気のせいだろうか。
「私はこのクラスで勝ちたいと思ってる。皆はどうかな?」
「俺もこのクラスて勝ちたいぜ!」
「私も!」
委員長の問いに、クラスメイトは男女問わず賛同する。
……まだ入学してそこまで期間は経っていないはずだ。それなのに、ここまで人望が厚いのは委員長である来栖さんの性格やカリスマ性などがあるのだろう。
生徒達の反応を見て、委員長はホッと胸を撫で下ろした。
「……良かった。それじゃ、改めて相談なんだけどさ。ゴールキーパーは予めこっちが決めても良いかなって思って。異論があったり本人が嫌だったりしたら言ってね。それじゃ、お願い」
委員長はそう素早く口にした。生徒の多くが頭に疑問を浮かべていたが、書記の女子生徒が黒板に書き始めると一様に納得した表情を見せた。
Aグループ GK 錦半治
Bグループ GK 鈴木亮
Cグループ GK 獅童水音
普段、体育の時間に行われているサッカーでも三つのグループで分けられていた。その時のキーパーをそのまま起用するという事だ。
「……ってな感じなんだけど、三人ともこれでいい?」
委員長が俺たち三人の顔を見ながら確認する。
「別にいいぜ」
「うん。僕も大丈夫」
「俺も問題ない」
俺達三名の反応を見て、委員長は満足そうに頷いた。横目で火凛を一瞬だけ見たような気がしたので俺も横目で確認した。
火凛はどこか不安そうな、そして緊張しているような顔をしていた。
「それじゃ、この三つのグループに分けるから、入りたいところに名前を書いて。本番ではA→B→Cの順番で試合だから」
委員長は中途半端に言葉を区切った。もう書いていいのかと生徒達が狼狽える。こういう時には委員長が合図を出しそうなものだが、その委員長はニコニコと皆の方を見ているだけだ。
そんな中、一人の女子生徒が立ち上がった。その女子生徒は当然のように前へと行き、チョークを手に取った。
「あ、私も書こっと」
それに続くようにもう一人の女子生徒が黒板へと向かい、チョークを持った。
Cグループ
GK 獅童水音
竜童火凛
白雪奏音
と、そう書かれた後に委員長は言った。
「あ、そうだ。これ早い者勝ちだから、十三人超えた時点で書いたらだめだからね。名前の間に割り込むとか絶対にやらないでよ?」
委員長はにっこりと、人好きのする笑顔を見せた。どこか圧の感じられる笑みにも見える。
「おいおい、そりゃ不公平なんじゃないか?」
……当然、何にでも噛み付くあの男は不満を表した。
「どうして?」
さも不思議そうに委員長は首を傾げた。昨日、火凛から不正を働くと聞いていなければ本気で言っていると思っただろう。かなりの演技派だ。
「どうしてって、そりゃ……アレだよ」
まず噛み付く、そして考えるのがこの男だ。しかし、委員長は考える暇を与える事無く口を開いた。
「……じゃあ、他にも不満がある人も居るかもしれないから早い者勝ちにした理由を説明するね」
もしかしたらメンバー決め自体は元々先着順として決めていたのかもしれない。委員長は言葉に詰まる事無く説明を始めた。
「さっきも言った通り、一番の理由は時間の短縮になるから。それと、皆の士気を下げないため」
「……なんだ? それ」
意味がわからないと言った様子で錦は不満そうな顔をした。
「もし人が集まってジャンケンになったら、何人かは抜ける事になる。一緒に遊んでるグループと同じチームじゃなかったら、どうしてもやる気が下がったりするから。一人のやる気って案外皆に影響するもんだよ。早い者勝ちにした方がグループ毎に固まりやすいからそうする事にしたの。それでも納得出来ないって言うなら聞くけど?」
委員長は早口でそう捲し立てた。錦相手だと良い対処法だろう。
「それか、他に何か案があるの?」
錦はうぐ、と喉を詰まらせる。しかし、懲りていないのかその瞳は鋭く委員長を睨みつけている。
あまり宜しくない表情だ。
「なあ、錦。一つ聞きたいんだが、先着順にする事でお前に不利益があるのか? 俺もそうだが、チームは確定してるから関係ないだろ」
「お、俺はそんな事を言ってるんじゃねえ! 不公平だって言ってんだ!」
錦はそう怒鳴った。そろそろ先生が介入して来そうだったが、それより早く口を開く。
「そんな事を言っても、お前以外に文句がありそうな奴が居ないんだが」
その言葉に反応して錦が辺りを見渡した。
その中に不満を持っているらしき人は居ない。どうでもいいと言う人がほとんど。残りもラッキー程度に考えている。
もしかしたら心の内に不満がある者もいるのかもしれないが、錦に賛同するつもりもないらしい。
「チッ!」
錦は舌打ちをして、話は終わりだとでも言いたげにこちらを睨んできた。先に不満を言い出したのはこいつなのだが、変に突っかかる必要も無い。
「……それじゃ、皆どんどん書きに来て」
委員長もチョークを持って、黒板へと自分の名前を書きに行った。
全員の名前が書き終わった瞬間に鐘が鳴った。どうやら委員長の言っていた事は正しいらしい。今日の授業はこれで終わりだ。
「おっけ、それじゃチーム分けは終わりね。早速だけど、明日は世界史の授業で練習するから、体育着を忘れないでね。部着でもいいから」
俺達の担任は世界史を担当している。世界史は全生徒必修だから全員参加で練習も出来るから都合が良いのだろう。
ファイルを片付け、掃除のために机を寄せている時に火凛が白雪達と話しているのが目に入った。何かを話していたようだが、すぐに白雪を含む女子生徒と共に掃除場所へと向かって行った。
◆◆◆
「……獅童君、凄いね」
「でしょ?」
「あの手腕には驚きました」
「ホント、気遣いの鬼だよね、幼馴染君」
掃除場所に向かっている間、来栖ちゃんと輝夜ちゃんが水音の事を褒めていた。
それにしても、あそこで来栖ちゃんから注目を奪ったのは凄い。真正面から怒鳴られるのは結構精神に来るものなのだけど、その役割まで水音が引き受けたのだから。
彼が褒められる度に胸の底が暖かくなる。まるで自分の事のように頬が緩んでしまった。
「……火凛、すっごい幸せそう」
「本当ですね」
「まあ、この子幼馴染大好きっ子だから」
「……否定はしない」
ふいと奏音から視線を逸らす。すると、教室で机を寄せている水音と目が合った。
にこりと微笑みかけられたのでこちらも微笑み返した。そして、何事も無かったかのように廊下の掃除を続けてみる。だめだ。顔が火照ってる。
「えっ、何今の」
「こここここ、恋人さんみたいでした」
「……確かにこっちの廊下は人通り少ないけどさ。よくやるよね。水音も」
三者三様の目で見られた。けど、こっちだって限界なのだ。
「うぅ……なにあれ……可愛い。好き」
ぽす、と奏音の胸にに顔を埋めてそう呟いた。
笑うと目もニコってなるのが好き。優しそうな目も好き。口元も優しい。ああ、好き。大好き。
「……あー、そっか。そういやあんた『幼馴染君の一番好きなところは?』って聞いたら『笑顔!』って答えるタイプだったもんね」
「何それピュア!」
「じ、純粋です。純粋な愛です……」
輝夜ちゃんの言葉に、体が固まってしまった。
「……」
純粋な愛。か。
もしかしたら私と正反対の言葉かもしれない。
「あれ? 火凛?」
来栖ちゃんが様子のおかしい私を見ようとしたが、私は隠れるように奏音に抱きついてしまった。
……笑って『そうだね』って言いたかった。だけど、私には言う資格が無い。
私が水音に抱いている気持ち。それは確かに『愛』であり、『好き』という気持ちだ。その気持ちに間違い無い。
――だけど、歪で、傍から見れば狂ったものに見える事は間違い無い。
だって、私は体で水音を引き留めているのだから。
ああ、最近は情緒がおかしい。さっきまで嬉しい気持ちだったはずなのに、ちょっとした事で涙が出てきそうになる。
こんな自分も嫌いだ。大嫌いだ。
「大丈夫だよ、火凛」
頭にそっと手が置かれた。
「どんな形であれ、火凛のは『純粋な愛』だよ。私が保証するから」
「……奏音」
溢れ出そうになった涙を堪える。
「ご、ごめんなさい。何か、私火凛さんの気に触ることを……」
「ううん。ちが、違うの。輝夜ちゃんは悪くなくて。悪いのは全部私で」
「はいストップ。この話はここで終わり。悪い人なんていないから。マイナスな方向に行くのはやめよっか」
奏音はコツンと頭頂部を小突いて来た。
「火凛はもっとプラス思考にいこ。もっと自己肯定感高めていって、胸張って歩かなきゃ」
「……うん、ありがとう」
「いーのいーの、私達の仲なんだしさ」
奏音に背中をぽんぽんと叩かれたので、軽く息を整えてから離れる。
……大丈夫。まだ泣いていないし、感情もある程度リセット出来た。
「それでさ、来栖。話したい事ってなんだったの?」
そうだ。元々は来栖ちゃんが用があるって話しかけてきて、生徒が周りにいっぱい居たからちょっと移動しようって事になったんだった。
「あー……いや、やっぱ大丈夫かな」
どこか気まずそうに、来栖ちゃんはそう言った。
「……? 遠慮はいらないよ。私はもう大丈夫だから」
「いや、でも……ね」
苦笑いをしている来栖ちゃんに首を傾げていると、奏音があっと声を上げた。
「ああ、なるほどね」
「……奏音?」
「春は水音にお礼言いたいんでしょ?」
あ、そっか。
「いや……その、ね」
来栖ちゃんは言おうかどうか迷っている様子を見せた。
こういう時、水音ならきっとこう言うはずだ。
「……話してみて。来栖ちゃん」
来栖ちゃんは目を瞑って考え込む様子を見せ、数秒後に一つ頷いた。
「分かった」




