第19話 自分が変われば周りも変わる
実は水音とは物心付く前から仲が良かった事。
中学校の頃に、水音に酷い事を言ってしまった事。
しかし、そのまま疎遠になるのは嫌だったからこっそり会いに行っていた事。
そして、高校に上がり“幼馴染”に戻りたいと伝えた事。
これらを短くまとめて二人にチャットを送った。
……水音と肉体関係にあるとか、ほぼ毎日泊まってるとかはさすがに言えなかったけど。
二人はざっとそれに目を通す。この待ち時間が非常にもどかしい。
すると、二人とも同時に読み終えたのかスマホから視線を移して来た。
「……なるほどね。だから昨日急にあんなことを言ったんだ」
「……そういう事でしたか。疎遠だった二人が仲良くなる……良いものです」
来栖ちゃんはふむふむと頷き、輝夜ちゃんはニコニコと……どこか楽しそうな笑みを浮かべている。
確か、輝夜ちゃんは恋愛小説とかが好きだったはずだ。もしかしたらそれと重ね合わせているのかもしれない。
「もしこれで火凛だけが動いてあっちが待つだけ、とかなら何か言ったかもしれないけど。昨日のアレを見せられたからね」
来栖ちゃんの言葉にホッとする。水音を認められて少し嬉しくも思った。
すると、その隣で輝夜ちゃんがスマホを胸に抱えながらうんうんと頷いた。
「男の子が勇気を出して女の子を守る……とても良いです。ご馳走様です」
二人はそう言って微笑んだ。思わずこちらも笑みを返した。
そして、二人は顔を見合わせて一つ頷いた。
「昨日色々言ってた理由が分かって良かった。他ならない火凛の頼みだし、出来る限りの事は協力する」
来栖ちゃんの言う色々とはグループ分けで水音と一緒になりたいと言った事だろう。
「……ありがとう。昨日は話せなくてごめんね」
「良いんだよ。私だって火凛に感謝してるし。それに、昨日話せなかったとしても今日話してくれたから」
……本当に。本当に私は馬鹿だった。奏音の言う通り、もう少し……この二人を信頼するべきだった。
来栖ちゃんの隣で輝夜ちゃんがぎゅっとスマホを握りしめた。
「わ、私も。男の人はちょっと怖いですけど、火凛ちゃんの為なら……! な、何か出来ることがあれば協力します!」
「輝夜ちゃん……」
輝夜ちゃんは男の人が苦手だ。それでも協力してくれると言ってくれた。
「……輝夜ちゃんもありがとう」
「い、いいえ! 火凛ちゃんは私が高校生になって初めて出来たお友達ですから!」
いつか、私も二人に何か恩返しが出来るようにしないといけない。
そう心に決めた。
私の心に張り詰めていた緊張はいつしか解けていた。お肉の挟まったサンドイッチを食べると、優しい甘さが脳を揺さぶった。
「そういえばさ。彼って料理出来るの? 美味しい?」
「それがね。すっごい美味しいよ。びっくりしたもん」
来栖ちゃんの質問に答えたのは奏音だった。それほどまでに昨日食べたのが衝撃的だったのだろう。
「あれ? 奏音ちゃんも食べた事あるんですか?」
「……あ」
今更ながら奏音はこちらを見てきた。別に言っても問題ない事だ。
「大丈夫だよ。昨日奏音を家に呼んで食べてもらったんだ。……一昨日は私の作ったパンケーキを食べてもらったけど」
「そうそう! 火凛の作ったパンケーキもめっちゃ美味しかったんだよね! 私も色んなお店で食べてきたけど、そういうのと比べても全然火凛の方が美味しかったし!」
「へえ……二人揃って料理出来るんだ。良いな、私はあんまり料理してこなかったから」
「私もです……」
意外な事に、二人とも料理はしてこなかったらしい。なら、と良い事を思いついた。
「じゃあさ。今度料理教えようか?」
「え、良いんですか!?」
「もちろん。私も大抵の料理は作れるから、基本的な物ぐらいなら教えられると思う」
「じゃあお願いしたいな。私もいつか挑戦したいと思ってたから。先生がいた方がやりやすいだろうし」
「あ、じゃあ私も! パンケーキのふわふわにするやり方知りたい!」
奏音まで私に教わりたいと言ってくれた。思いつきで言った事だけど、これだけ喜んでくれるのなら嬉しい。水音は人に教えるのが上手だからどう教えれば良いか、とか相談してみよう。
「分かった。じゃあ近いうちにやろ。二人とも後で空いてる日教えてね」
「分かりました!」
「了解」
「私はいつでも空いてるからねー」
そうして約束を取り付けた後、四人で雑談をしながら弁当を食べた。
……やっぱり、水音と奏音の言う通りだ。こうした時間も水音と食べる時と違って楽しさがある。
「ありがとね、奏音」
「ふふ。どういたしまして」
奏音は白い歯を見せて笑った。太陽のように、全てを照らす笑み。
気づけば私の心まで暖かくなっていた。
そんな幸せを噛み締めている時に限って、あの男はやって来る。
「お、美味そうなの食ってんじゃん」
窓からにょきっ、と頭が生えてきた。最近は声だけで拒否感が出るようになってしまったあの男。
「……錦……さん」
そう呟いたのは、輝夜ちゃんだった。輝夜ちゃんもこの男が苦手だったはずだ。
「俺にも一口くれよ、火凛」
「ちょ、あんた――」
奏音が止めるより早く、その手が残りのサンドウィッチに伸びた。
「……あげない」
サンドウィッチを弁当箱ごと守るように腕に抱えた。
「な、なんだよ。一口ぐらい良いじゃんか」
すると、錦君は悪びれること無くそう言い放った。
その言葉にカッと顔が熱くなる。
水音が作ってくれたサンドイッチをこの人にあげる……? しかも一口食べたら返す気なの?
……これが奏音や輝夜ちゃん、来栖ちゃんなら話は変わる。だけど、他の生徒……ましてこの人には絶対にあげたく無かった。
思いのままに言葉を吐き散らそうとした時、優しく肩に手が添えられた。
「半治さぁ。食べ物の恨みって怖いんだよ? やめといた方が良いよ」
「テメェには関係ねえだろ!」
錦君は怒鳴るが、奏音は臆する事無く冷たい眼差しで睨んだ。
「関係ない? ウチら女子会やってたんだけど。邪魔するの? それとも半治も入りたいって事?」
「い、いや、それは違ぇけどよ」
「じゃあさっさとどっか行ってよ。男子に聞かせたくない話なんて山ほどあるんだから」
「チッ……分かったよ」
そう言って、錦君はのそのそとどこかへ行った。
「……ありがとう、奏音」
「良いって。それに、もし私が行かなかったら彼が行ってたみたいだし」
奏音の言葉にちらりと左後方を見る。すると、席に座ってサンドウィッチをパクついている水音の姿があった。
「さっきまですっごい見てきてたんだよ。すぐに助けにこれるように体ごと向けて。私が合図したら立つの辞めたけどさ」
「……ほんとだ。耳赤い」
水音の耳が赤いのは、何かを隠している時だ。主に私のために何かしらやってくれた時によく赤くなる。
……奏音にはまた今度、改めてしっかりお礼をしよう。水音にも……
「……今日はどうしよう?」
最近奉仕し過ぎてネタが尽きてきた。騎乗位は一昨日やったし、甘やかしプレイ……は昨日やったし……おしり? 水音の開発する? でもそれってお礼になるのかな?
「……メイドさんとかどう?」
考えていると、耳元で奏音がそう囁いてきた。
「……採用」
メイド服ならある。前にネットで買っておいて良かった。
洗濯とか染み抜きが大変だからあんまり使ってこなかったけど、確かに水音の反応は良かったはずだ。
「何の話をしてるんですか?」
「ん、なんでもない」
輝夜ちゃんが聞いてきたので、微笑みながらそう返した。
◆◆◆
「……ふう」
危なかった。あと少しで出しゃばる所だった。白雪が合図をくれなければ立ち上がって注目を集めていただろう。
サンドイッチを一口食べながら、頭の中をかき消そうと別のことを考えようとする。
……だけど、火凛にもバレてそうだな。白雪が言ってる可能性もある。
「はぁ……」
思わずため息を吐いた。
「お、どうしたんだい色男。ため息なんて吐いちゃってさ」
「誰が色男だ」
前の席に座って話しかけてきた響をじろりと睨む。
しかし、それも暖簾に腕押し。糠に釘。俺の視線を受けながらも響はくつくつといやらしく笑った。
「最近凄い噂だぜ? 竜童さんが水音にお熱だとか」
「噂なんかに興味はない」
というか『噂』自体に良い思い出が無い。こういったのものは気にしないに限る。
しかし、噂はこれ一つでは無かった。
「あ、あと白雪さんもお前の事を狙ってるって噂も出てきてるぞ。今日から」
「それは本当に意味がわからないぞ」
どうして白雪まで巻き込んでしまったのか。最近やっと面識が出来てきた頃合だと言うのに。
「白雪とは精々ジョ〇ョを借りている関係だぞ」
「お、やっと読むのか。玉木に報告しないとな」
「ああ。それは昨日俺が連絡して……待て。どうしてお前が玉木を知っている?」
響とは中学が違う。そのはずなのに玉木の名前が出てきて思わず反応が遅れてしまった。
「俺、卓球部だったからそっちの中学と交流あったんだよね。そん時に玉木と知り合って、この高校に行くって言ったら面白い奴が居るぞってお前を教えてもらったってわけよ」
冷や汗が一つ背中を伝った。嫌な予感が心を突き刺してきた。
「……どこまで聞いているんだ?」
玉木は、『一年生』の頃からの友人だ。……つまり、俺と火凛の事も知っている。なんなら仲直りした事に気づいていたとんでもない人物だ。
「水音が『幼馴染』とイチャイチャベッタリしてたけど、周りに冷やかされて水音が振られた事とか?」
「……」
思わず絶句した。玉木はそこまで話しているのか。というか響は何故今その事について話してきたのか。
様々な疑問が脳内で渦巻きながらも、じっと響を見た。
すると、響は笑った。
「そう睨むなって。誰かに話そうとか思ってないし、どちらかと言うと手の入らない状態を楽しむ方が性に合ってる」
「はあ……?」
言っている意味がよく分からなかったが、ひとまず誰かに話すつもりは無いらしい。
「あと、なんかあったら相談にも乗るぜ。どうしようもない時とかな。俺たち、友達だからな」
「こんなに胡散臭い友達は居ないぞ」
「カカッ。違いねぇ」
そう快活に笑って、響は去っていった。結局何が言いたかったのだろうか。謎は深まるばかりだ。
「……はぁ。それにしても最近忙しいな」
少しずつ……否、急激に環境が変わっていく。火凛が……俺もだが、変わってきているからなのだらうか。
だが、不思議とそれに嫌悪感は抱かなかった。




