第18話 家族と友達
昨日は更新できず申し訳ありません。死ぬほど忙しくて完全に忘れてました。
「……りん、火凛。朝だぞ」
幸せな朝だった。微睡みの湖からゆっくりと体を掬い起こされるこの感覚は嫌いじゃない。
というか好き。想い人に掬いあげられるなら当然と言えば当然かもしれない。
「んん……みなとぉ」
滲んだ視界でも水音の輪郭ぐらいは分かる。覗き込んでくる水音を掴んで、抱きよせた。
「うぉっ」
水音は驚きながら倒れ込んでくる。それを優しく抱きとめた。
そして、その逞しい胸板にすりすりと頬を寄せると安心する匂いに包まれた。
……寝ぼけてるだけだから。寝ぼけてるなら言っても大丈夫だよね。
「えへへ……みなとすき」
そう言うと、水音の体は驚いたのかビクッとした。離れようとしてくる。離すもんか。
どくん、どくんと力強い拍動が耳に心地いい。段々と早くなってるのが愛おしく感じる。
このまま水音を抱き枕にして二度寝をする事が出来たらどれだけ心地良いだろう。
でも、そしたら水音が折角夜にお弁当を作ってくれたのに悪い。
昨日の夜、水音がごそごそやっていたのは分かっていた。その後ベッドに入ってきた時水音の手が冷たかった事も。
何か言っていた気がするけど、夢現な状態だったからちゃんとは聞き取れてなかった。
とにかく、昨夜は水音がお弁当の準備をしてくれていたのは分かる。
水音の作ったお弁当を水音と食べる。そんな幸せな事は無い。
だから起きることにした。最後にぎゅーっと強く水音を抱きしめ、マーキングのようにすりすりと体を擦り付ける。
「おはよ、水音」
頬を赤く染めた水音に微笑みながら言った。
◆◆◆
「……な? 頼むから機嫌を治してくれって」
「つーん」
俺は今非常に困っていた。どうしてかと問われれば、火凛に例の件を伝えた後に機嫌がすこぶる悪くなってしまったからだ。
「あれ? どしたん二人とも。浮気がバレた新婚さんみたいになってるけど」
丁度そこに白雪がやってきた。昨日の帰りから下の名前で呼ばれるようになっているが、別に気にしなくていいだろう。
名前なんて相当酷いあだ名で呼ばれない限りは気にしない。最初の絶倫くんとかじゃない限り。
「……なんというかな」
「ふん!」
ぎゅっと腕を抱きしめられた。火凛の非常に悩ましい物が当たっていて幸せだと言いたい。だけど、現実を言えば腕がミシミシ言っている。
「いやそんな強く抱きしめても別に水音のこと取らないから。大丈夫だって」
「つーん」
やばい。久しぶりに火凛がツンツンモードだ。こんな時はどう対処するべきか。
ひとまず白雪に説明しようと口を開いた。
「いや、な。今日火凛と別々で昼を食べようって言ってからこんなんなんだ」
「水音の事大好きかよ……じゃなくてなんで急に?」
「いや、火凛にだって友達付き合いがあるだろ。最近は遊んでる様子も無さそうだったし、何日も連続で俺と食べるのはな」
火凛がいやいやと顔を擦り付けながら横に振るが、こればかりは譲れない。
「火凛。俺と“幼馴染”に戻ろうとしてくれているのは凄く嬉しいし、感謝している。でも、それで火凛の交友関係が崩れるのは嫌なんだ」
頭を軽く撫でてみても火凛の顔色は変わらない。
「うぅ……でも、折角水音と学校でも居られるようになったのに!」
「いや朝から糖度高すぎかよ」
はぁ、と白雪は一度ため息を吐いた。
「いや私は良いと思うけどね。火凛も幸せそうだし」
「だが「話はちゃんと聞く」」
白雪は俺を目で制しながら言葉を続けた。
「火凛が折角仲良くなれたのにって言うのは分かるよ。そっちが居心地が良いだろうってのも分かる。でもさ。来栖ちゃんとか輝夜ちゃんとか最近寂しがってたよ?」
「う……」
そこで火凛はやっと腕の力を緩めた。俺の腕も無事そうだ。
「週に何回か、じゃなくても良いからさ。週一で良いから一緒に食べない?」
「ああ。もしあのチャラ……錦にちょっかいが出されそうなら俺が止めに行く」
結局昨日チャラ男の名前を出してしまったし、もう名前で呼んでしまおう。
火凛へそう告げると、じっと火凛は見上げてきた。
「……ぅ」
火凛の顔が近い。しかも上目遣いなのはダメージが大きい。
だが、火凛の目の奥にある不安を感じ取れた。疚やましい感情を投げ捨て、火凛の目をじっと見る。
「ほんと? 何かあったら守ってくれる?」
「ああ、当たり前だ」
今日から俺は積極的に介入する。もし火凛が辛い目に遭いそうになればすぐにでも。
「近くに私も居るから。絶対に火凛に手出しはさせないよ」
白雪もそう力強く言った。
火凛はその言葉でやっと腕から離れた……かと思ったら正面に回ってきた。
「……ん、奏音もこっち来て」
「……?」
白雪はよく分かっていない様子だったが、俺の隣に並んだ。
すると、火凛は俺と白雪を強く抱きしめて来た。
「ありがとう、二人とも。私のために」
そして、そう言ってきた。その言葉に思わず笑ってしまう。
「俺は今まで火凛にたくさんのものを貰ってきたからな。そのお返しだと思ってくれれば良い」
「私もだよ、火凛。火凛って結構我慢しちゃうタイプだから。それくらいワガママな方が私も嬉しいっていうかさ」
より一層、火凛が抱きしめる力は強くなった。それが数秒ほど続いた後に離される。
火凛は顔を上げた。その顔は晴れ晴れとしている。もう拗ねた様子も無い。
「……ありがと、大好き」
そして、頬にキスをしてきた。
最近、火凛の様子がおかしい気がする。前にも増して積極的と言うか、大胆になっている。
しかし、からかっている訳でも無さそうなのがまた……
「俺もだぞ」
ならばと仕返しに火凛の額へとキスをした。自分でやってみて初めて分かったが、素の状態でするのは中々恥ずかしい。
「……ばか」
「お返しだ」
ぽかぽかと胸を叩いてくる火凛の頭を撫でて鎮めていると、白雪がほう、と息を吐いた。
「……え? これで付き合ってないってまじ? 新婚さんじゃなくて?」
何か言っていたが無視することにした。
◆◆◆
私は奏音達とお昼を食べようとしていた。私の隣には奏音が。そして、向かいの席には二人の女生徒が座っていた。
私の向かいに座っているのは来栖春ちゃん。黒い髪をショートカットにしていて、眼鏡をしている。凛としていて真面目な雰囲気だ。実際、来栖ちゃんはこのクラスの学級委員長をしている。
その隣に座っているのは平間輝夜。綺麗な黒髪を背中まで伸ばしている。見るからにお嬢様!って感じの子で、上品な雰囲気を見に纏わせている。
二人は同じ中学らしい。私と奏音は高校に入ってすぐ二人と仲良くなれた。二人ともいい子で本当に良かった。
そんな二人は私のお弁当の中を見て目を丸くした。
「あれ、珍しいね。火凛がサンドイッチなんて」
「本当です。珍しいですね」
来栖ちゃんと輝夜ちゃんの言葉を聞いて笑みが零れてしまった。
しかし、どう説明しようか迷う。
水音がお礼として作ってくれたと言うことにすれば大丈夫だろうと考えて口を開いた。
「えっとね? これ、私が作ったわけじゃ無くて」
「男か。獅童君か」
「獅童さんですね」
……しかし、言うまでもなくバレていた。
「……え、えっと? 違くて……いや、違わないんだけど」
人間と言うものは図星を突かれれば否定したくなるもの。思わず否定しそうになって、それを否定した。
目を泳がせていると、隣の奏音と目が合った。
「やっぱバレてんじゃん」
「……うぅ」
奏音はニヤニヤしながらそう言ってきた。顔が熱を持つのが自分で分かってしまう。
「……やっぱ獅童君狙いだったの?」
「最近凄い噂になってますよ?巷では腕を組んでる姿が見られたとか言われてましたけど」
輝夜ちゃんの言葉にうっと言葉が詰まった。
「ま、全部は言えないだろーけどさ。ある程度は言っちゃえば? 変に誤解されるよりは良いっしょ」
奏音は食い気味に聞いてくる二人を見て、どこか諦めたふうにそう言った。
「奏音、もしかして……」
「別に? 火凛の想い人について二人に散々聞かれてもう嫌になったから火凛を呼んだわけじゃないし?」
自白してきた奏音の頭をぐりぐりとする。
「ちょ、いた、痛くすぐったい!」
「……言うなら早めに言って貰えない? じゃないと相談もできないじゃない」
構わず数十秒程ぐりぐりとやった後に解放する。
「ご、ごめん、ごめんって」
ぜーはーと荒い呼吸を繰り返す奏音を見て心を鎮め、二人を見る。
「……絶対誰にも言わないって誓える?」
声のトーンを落としてそう尋ねた。
「もちろん」
「当然です」
女子の『誰にも言わないから』が信用に値しないという事は重々承知の上だ。
この二人は知り合ってから長くない。でも、信頼出来るかどうか見極めるための時間は十分に取った。
来栖ちゃんはこのクラスの学級委員長を務めてる。だからこそ男女ともに人望が厚くて、皆の相談役にもなっている。
対して、輝夜ちゃんは人懐っこくて優しい。……ただ、昔父親が母親にDVをしていたらしく、男性が得意でない。
大丈夫。来栖ちゃんは信用を落としたくないだろうから他人に話すことはしないはず。
輝夜ちゃんも過去の経験から不用意なことは言わないはずだ。
女子との付き合いは打算的な意味での信用も必要になってくる。あの時学んだ。
「火凛。目ぇ怖くなってるよ」
二人を睨んでしまっていた事を奏音に言われて初めて気づいた。
「あ…………ごめん」
気づけば私は友人に値踏みをするような視線を向けてしまっていた。その事について謝ると、二人は笑った。
「でも、それだけ大切な事を話すか悩んでるって事でしょ? それだけ信用されてるなら嬉しいよ」
「はい。火凛ちゃんはあまり私生活の事を話されませんし、私としても嬉しいですよ。お眼鏡に叶うかどうか考えられるだけでも」
その言葉を聞いて言葉が詰まってしまった。
私は何を迷っていたんだろうか。こんなだから人間不信から抜け出せないんだ。
「……分かった。話す。分かってるとは思うけど、他言無用だからね?」
「もちろん」
「分かった」
辺りに生徒が居ないことを確認して、スマホを取り出した。




