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第16話 変化に取り残されてはいけない

急に白雪が出ていった。どうしたのかと火凛と首を傾げたが、まあ人の電話を気にするのはマナー違反だろうとサンドイッチを手にした。


「……ん、やっぱり水音の料理は美味しい」

 火凛はもぐもぐと咀嚼しながら頬に手をやった。その反応に思わず笑ってしまう。


「ありがとな」

「ふふ。お礼なんて言わなくてもいいのに……」

「いや、美味しそうに食べてくれるだけでも嬉しいからな。それに……あと一つ理由もあってな」


 自分でこれを言うのは思っていたより恥ずかしかった。言い淀んでいると、火凛はクスリと笑った。


「知ってるよ。ちゃんと奏音も連れてきたからでしょ?」


 ……どうやら火凛には全てお見通しのようだった。


「よく分かったな」

「水音の事なら大抵の事は知ってるもん。好きな事と得意な事だと負けず嫌いになるところとか……ね?」


 完全に図星である。思わず目を逸らすと、逃がさないぞとばかりに手を握られた。


「ほんと可愛いんだから」

「……一言余計だぞ」


 大人しく火凛と目を合わせれば、嬉しそうに笑っていた。


 そして、自分のサンドイッチを取って残りを一口でパクリと食べた。

 それと同時に俺も残りのサンドイッチを食べ終える。


「……私ね。水音のお陰で野菜も食べれるようになったんだ。ありがとね」

「ああ。火凛のために頑張ったからな」


 そう茶化すように言えば、火凛の目尻がとろんと落ちる。


「水音も少しずつ変わってきてるよね。良い方向に」


 変わった、と言ってもお礼の言葉をちゃんと受け取るようになったぐらいの変化しかないだろう。


 思わず笑ってしまった。


「火凛に比べれば全然変わってないぞ、俺なんか」


 特に最近の火凛は著しい変化を見せている。特に外では積極的というか……感情を表に出すようになった。


 今の関係を変えるために、か。


「そんな事ないよ。水音もちゃんと変わってきてる」

「……そうか?」

「ん、今日も水音に助けられたから」


 火凛は手をぎゅっと握ってきた。あの時の事を思い出しているのか。


「……火凛が変わっても俺が変わらなければ何も意味が無いからな」


 そうだ。俺も変わらなければならないんだ。火凛の幼馴染として恥ずかしく無いように


「じゃあ、二人で変わっていこうね。少しずつでも」

「ああ。俺達の歩みで、な」


 そうして二人で笑っている時だった。





 ガチャリ、と扉が開くと、そこには白雪が立っていた。

 物凄く良い笑顔だ。ドヤ顔とも言える。


「ふっふっふ」

「どうしたの? 奏音。もう電話は大丈夫だったの?」


 白雪は一度こほん、と咳払いをして、口を開いた。


「例のマスターと話が着いた! 来月の空いてる日に二人と是非とも会いたいって!」



 一瞬、何を言っているのか理解が出来なかった。しかしすぐに、昨日話していた白雪の親戚を思い出した。


「……本当か?」

「そんな悪趣味な嘘はつかないって! というかおじさん元々ノリノリだったみたい。まだカフェが人気なのに継ぐ人が居なかったから。あと、今獅童君のサンドイッチの話してきたんだけど、すっごい興味持ってたよ!」


 その言葉を聞いて思わずガッツポーズを取ってしまった。そこで気づいたのだが、いつの間にか火凛は手を離していた。


「火凛もよかっ……たね? どうしたの?」


 見れば火凛は両手で顔を覆っていた。それは火凛が恥ずかしがっている時にする行為だ。

 ……いつもは見られたくないぐらい顔をとろけさせている時にしているのだが、いくら何でも今そうなっている訳ではあるまい。




「……嬉しくて、今見せられない顔になってるから」

 火凛は顔を隠しながらも、小声でボソリとそう言った。


「何この子可愛い」

 分かる。


「……それで、来月って六月だよな。六月のいつ頃なんだ?」

「中旬ぐらいを空けとくって。来る一週間前に連絡したら良いってさ。あ、私も行くから安心してね?」


 白雪はそんな頼もしい言葉まで言ってくれた。白雪が居ればスムーズに話が進みそうだ。



「……分かった。絶対行こうね、水音」

「ああ」


 火凛が俯きながら手を重ねてきたので、ぎゅっと掴む。


 視界の端で白雪がため息を吐いた。

「……さっきから胃もたれするんだよね。さっさと結婚すれば良いのに」

「なんか言ったか?」

 ため息混じりの声だったので上手く聞き取れなかった。そう聞き返すも首を振られる。


「や、なんでも。……そういえばさ。来週の新歓レクのチーム分け決めてなくない?二人ともいつ決めるかとか知ってる?」


 ふと、白雪がそんな事を口にした。確か来週末に開催されるんだったか。


 俺は知らなかったので火凛を見た。すると、火凛はまだ少し赤い顔を上げた。


「来栖ちゃんが明日チーム分けするって言ってたよ。HRの時間に」


 来栖ちゃん、と言うのは委員長の来栖春(くるすはる)の事だろう。確か、高校に入ってから最初に火凛と仲が良くなった生徒の一人だ。


「そっか、明日か。種目はサッカーだっけ? 私走るの嫌だなー。前でボール来るの待ってようかな」

「良いんじゃない? 私もちょっとボール怖いから後ろに居とくし。水音はキーパーだよね?」

「ああ。多分そうなるな」


 学校での俺のスタンスは、皆がやらない物をやる、だ。進んでやる訳では無いが、無駄に時間を食うぐらいならやる。体育の際にゴールキーパーをやっていたのもそう言う理由だ。



「三チームに分けるんだっけ。同じチームになれたらいいけど」

「……なるよ、きっと」


 火凛がどこか含みのある笑みを零しながら白雪にそう言った。


「……火凛、まさかお前」

「……男子と体育するの怖いし。水音が近くに居ないと不安だから」


 ……まあいいか。チームが同じなら何かあれば助ける事も出来るだろうし。


「だが、何かしら波乱は起こりそうだな」


 主にあのチャラ男。最近の悩みの種の一つである。


「はぁ……いやほんとごめんね」

 すると、白雪が気まずそうに目を逸らした。


「白雪が謝る必要は無いだろ」

 というか実際、誰が悪いのかと聞かれれば即答する事が出来ない。


 あのチャラ男だって、見方を変えれば自分の居場所を守ろうとしている……だけなのか?


 ……いや、無理やり火凛を引っ張って自分の近くに置こうとしているだけだな。


「まあ、その辺はあれだ。二人が気にすることじゃないからな。何かあれば俺が対処する。今日みたいな方法になってしまうが」


 当然、俺は人と話すことが得意ではないのて軋轢が残るやり方になってしまう。しかし、このまま二人にやってもらうばかりなのは嫌だ。


 そう考えて二人を見た。




 すると、二人ともぽかんとした表情でこちらを見ていた。


「水音…………盗聴器でも仕掛けてた? 帰りに奏音とその事で作戦会議してたんだけど」

「恐ろしいことを言うな。俺が人のプライバシーを盗み見る訳が無いだろ」

 そこまで二人は気にしていたのか。もっと早めに言っておくべきだったと自省する。


 せめてこれぐらいは俺がやらなきゃいけないからな。


「ご、ごめん。ちょっちトイレ借りるね」


 白雪はそう言って出ていった。その顔は少しだけ赤らんでいた気がする。


「……怒らせたか?」

 やはり言うのが遅かったのだろうか。気苦労させていたのかもしれない。


「……や、多分大丈夫かな。というか水音」


 そう言って火凛が四足になりながら近づいてくる。意識しているのかしていないのか、ぎゅむ、と胸が寄せられて凄いことになっている。


 そのまま火凛はのしかかってきた。


「お仕置き」

「いっ……」


 左肩と首の間に痛みが生じる。何度もされては居るがいきなりされるとやはり痛い。


「……む、こっちも」

「ちょっと待……」


 ちゅう、とまた吸われた。数日は消えない腫れが続くだろう。


「はい、お仕置き終わり!」

「いや、なんでお仕置きがそれなんだよ」


 今までも何度かお仕置きと称されてそれ……キスマークを付けられた事は何度かあった。最初こそ絆創膏で隠したままだったのだが、絆創膏の消費が勿体ないと気づいてから辞めた。


「だって……」


 意図はある程度予測できる。このお仕置きは決まって、俺が学校で珍しく女子と会話をしていた時に行われる。……とは言っても事務的な会話だが。


 一度や二度なら自意識過剰だろうと考えていた。しかし、二桁を越してからはそうなのだろうと考え始めた。



 火凛は俺が他の女子と仲良くなる可能性を恐れている……つまり、また俺と離れ離れになるのが不安だからしているのだろう。


「まあいいか」


 火凛の頭に手を置く。そして、その罪悪感に塗れた瞳を消し去るようにぐしゃぐしゃと撫でた。


 当然、すぐに整えるのだが。



 そして、のしかかってきている火凛の背を押して抱きしめ――


「やられたらやり返せば良いだけだしな」



 その首筋に噛み付くように吸い付いた。


「んっ……」


 俺と違う所は、火凛は基本的に何をされても喜ぶと言ったところだ。乱暴に扱おうが何をさせようが、基本的に喜ぶ。……それは俺の心も痛むし、本人曰く優しく扱われた方が嬉しいらしいので中々やらないが。


「ふぁ……これ、やっ」


 ただ、一つ忘れていた事があった。



 唐突な刺激に火凛は物凄く弱いのだ。


「イッッッ……」


 ビクン、と一度跳ねた火凛を見てどうしようかと考える。



「あー……悪い、火凛。白雪が帰るまで我慢出来るか?」

「……はぁっ、分かった、今日はそういうプレイって、事ね」

「いや、別にそういう訳では」


 ガチャリ、とドアが開く音がした。

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