過去編 ホワイトデー(中学三年生)
「はああああああああああああああああああああ」
昼食を食べ終え、皆が談笑している中で玉木は盛大にため息を吐いた。
「どうしたんだ? そんなに大きいため息吐いて」
玉木はため息を吐くのを止め、じろりとこちらを睨んでくる。
「明日はッ!!! ホワイトデーだろうがッッ!!!」
急に大きい声を出される。しかし、それはある程度予測済みだったので耳を塞いでおいていた。
「うるせーぞ! 玉木!」
「ああ!? こっちは腹たってたんだよごめんな!」
玉木は言い返しているように見えながらもちゃんと謝罪していた。悪いやつでは無いとクラスの生徒達は認識しているので、大声を出した事もそれ以上追求される事は無かった。
「はー、たく。これだから彼女持ちは」
「彼女持ちかどうか関係なく今のは皆うるさいと思ってただろうけどな。それはそれとして、どうしてホワイトデーでそんなに怒ってるんだ?」
そう聞くと、玉木はため息を吐いた。
「はー、たく。これだから彼女持ちは」
「どうして二度言った。言っとくが俺は彼女居ないぞ」
「うるせえ。ホワイトデーで返す相手は居るんだろうが」
そう言われると立つ瀬が無い。
「……それよりお前は居ないのか?」
思わずそう言ってしまったが、玉木がバレンタインで家族以外からは誰にも貰えていなかった事を今更思い出した。
「は? 煽ってんの? 闘る? 殴り合いの喧嘩するか?」
案の定玉木はブチ切れた。
「今のは俺が悪かった。すまない」
「はー、たく。これだから彼女持ちは」
今日三度目の言葉を聞く。もうあまり喋らないでおこうと思っていたが、玉木は構わず話しかけてきた。
「そんでさ。水音は何返すの? 水音の事だから手作りで返すんだろ?」
「……まあ、誠意には誠意で応えないといけないしな」
母、妹、火凛と三人とも手作りのものだった。全員手の込んでいるものだったので、俺もそれなりの物を返さないといけない訳だ。
「そういうところなんだろうな」
「何がだ?」
「や、なんでもね」
玉木は背もたれに体重を掛け、辺りを見渡した。
「ちゃんと手作りで返すやつらって何人居るんだろうなって思っただけだよ」
「それは……貰う数が多い人ほど厳しいだろうな」
モテモテな生徒は二桁単位で貰うのだろうし、その全てが手作りという訳でも無いだろう。
「あーあ、俺もチョコ貰えてたら手作りのめちゃんこ美味いお菓子返すのにな!」
「……お前って料理出来るのか?」
玉木が料理をするなどとは一度も聞いた事が無かった。
「そりゃあれだよ。愛情と気合いでカバーするんだよ」
……まあ、そんな事だろうとは思ったが。
「というか結局水音は何返すんだよ。無難にクッキーか?」
「それは……だな」
火凛の席は遠い。小声なら聞こえないだろう。
「…………と…………家族には…………だな」
「はあ!? それって作れんの?」
「案外どうにかなった。食える味にもなってる……とは思う」
この一週間、火凛の寝ている隙や何度か家に帰って練習はしてきた。
……喜んでくれたら良いのだが
「はあああああ。すげぇな、お前」
「褒め言葉として受け取っておくぞ」
「紛うことなき褒め言葉だわ。俺を何だと思ってるんだよ」
じろりとまた睨んでくる玉木をじっと見る。
「……イロモノ?」
「はいぷっちん。ブチ切れました。この後出会い探しに付き合わせてやる」
「やめろ! 手を引っ張るな! 俺は正直に言っただけだ!」
放課後、一時間ほど玉木に引き回された後に俺は家へと帰ったのだった。
◆◆◆
水音が友達にどこかへ連れていかれたので、帰りは奏音と帰る事にした。
「ね、火凛。明日ホワイトデーだけど、例の彼から貰えるの?」
「ん、色々練習してるみたい。私が寝た後とか下の階でごそごそやってるし」
「へえ。偉いね。料理とか出来るんだっけ?」
「そうだよ。凄い上手なんだ。いつか、機会があったら奏音にも食べてもらいたいぐらい」
ただ、一つ懸念する事もある。
「……水音、あんまりスイーツとかお菓子とか作った事無いと思うんだ。だから火傷とかちょっと怖いけど」
水音の事だから大丈夫だとは思う。……でも、少しだけ不安だ。
すると、奏音はくすりと笑った。
「いやさ。本当に彼の事好きなんだなって」
「まあ……ん」
今更否定する訳にもいかない。奏音には全て話していたのだから。
「やー、でもこれで付き合ってないんだもんね」
「……そう、だよ」
水音と私は付き合ってない。そう。その通りなんだ。
「あ。ごめん、火凛。フォローって訳じゃ無いけどさ。悪いのは火凛に変な事を吹き込んだアイツらなんだから」
その言葉に二人の少女を思い出した、
私が友達だと思い込んでた、二人の事を。
「……でも、素直に話を聞いたのは私だし……それに、水音とまた仲良くなれたのは二人のお陰だから」
私の言葉を聞いて、奏音はため息を吐いた。
「はーあ。私がもっと早く火凛と会ってたら……なんて言っても遅いんだけどさ。何か手伝って欲しい事があったら言いなよ? 何でも手伝うからさ」
奏音はどん、と胸を叩いてそう言った。
「うん。ごめんね。ありがとう」
「良いっての。私達親友じゃん」
奏音は歯を見せて笑ったのだった。
◆◆◆
「あれ? 兄さんもう起きてたんだ。おはよう」
「ああ、おはよう。水美」
キッチンで色々やっていると、水美がやって来た。
「あれ? なんか甘い匂いする」
「丁度いい時に来てくれたな。水美。ハッピーホワイトデーだ」
包装し終えたばかりの箱を水美へと渡す。
「わあ……! ありがとう! 兄さん!」
水美はその箱を受け取り、笑顔になった。
「水美にはあと一つあるぞ。今まであまりプレゼントとかして来れなかったし、寂しい思いをさせたからな」
「え!? ほんとう?」
キャラメルの箱の隣に置いていた紙袋を水美に渡した。
「開けてみていい?」
「ああ。もちろん」
水美は一度箱を置き、紙袋から中身を取り出した。
「わあ!」
そこから取り出されたのは、ペンギンのぬいぐるみだった。
「水美は昔から可愛いものが好きだったからな。……大丈夫か? 俺の感性が間違ってたりしていないよな?」
今更ながらに不安になってきた。俺みたいな男が思う可愛いと、水美のような女の子が思う可愛いは違うのではないか、と。
火凛にも相談するべきかとまで考え始めた時、水美が抱きついてきた。
「ありがとう……ありがとう! 兄さん! すっっごく可愛いし、嬉しいよ!」
「そうか。良かった」
水美の言葉に胸を撫で下ろす。そして、ぎゅっと抱きついている水美の頭を撫でた。
「本当にありがとう! 兄さん! 大好きだからね!」
「ああ、俺もだ。これからも寂しい思いをさせるかもしれないからこんな時ぐらいはな」
「大丈夫だよ! 兄さんが帰ってきた時にはいっぱい甘えるから!」
そう言って水美は顔を胸に擦り寄せてきた。妹に甘えられるのは兄としても嬉しくて頬が緩んでしまう。
「ああ。そうしてくれ」
そう遠くないうちに反抗期も来るだろう。それまでは愛情に応えてやりたい。
シスコンでは無いだろうと自分に言い聞かせながら、また頭を撫でたのだった。
ちなみに、キャラメルは水美にも、母さんにもかなり好評だった。
◆◆◆
「おかえり、水音」
「ただいま。火凛の父さんは?」
「明日の夕方までは帰って来れなさそうって。さっき連絡が来てた。今日は泊まっていくの?」
扉を開くと、火凛が出迎えに来てくれた。
「ああ。そうする。すまなかったな、最近こっちで泊まる事が少なくて」
そう謝ると、火凛はクスリと笑った。
「良いんだよ。私もだいぶ安定してきてるし、毎日電話してくれたから」
あの時に比べればかなり良くなっている。それにホッとしながら、手に持っていた紙袋を火凛へと渡した。
「ハッピーホワイトデー。火凛、バレンタインのお返しだ」
「……! ありがと、水音」
火凛はその紙袋を笑顔で受け取り、大事そうに抱き抱えた。
「手洗ったら部屋来て。一緒に食べよ」
「ああ。少し待っててくれな」
靴を脱ぎ、手洗い場へと急いだ。
◆◆◆
火凛の部屋の扉を開けると、火凛がニヤニヤしながら紙袋を眺めていた。
「……本当に嬉しそうだな、火凛。まだ中身は見てないんだろ?」
横に座りながらそう聞くと、火凛はこちらを見ながら頷いた。
「うん。まだ見てないよ。でも、水音がくれたって考えたら嬉しくなって……手作り…………なんだよね?」
「ああ。最近家に帰る事が多かったのは練習していたからだな」
やっぱり、スイーツやお菓子作りは難しい。料理はよく作るのでいけると思ったのだが、形が崩れたり甘さが控えめ過ぎたり、逆に甘くなり過ぎたり大変だった。
「……出してみていい?」
「ああ」
紙袋の中には箱が二つ入っている。二つとも包装紙で包まれているので中身は見えない。
火凛が一度こちらを見てきたので頷く。
火凛が包装紙を丁寧に開く。破らないよう、ゆっくりと。
そうして一つ目の箱が出てきた。
「……凄い。これ、水音が作ったの?」
その箱にはチョコレート味のマカロンがいくつも入っている。
「ああ。食べれる味にはなってるはずだ」
「先に一つ食べてみていい?」
火凛はそう聞いてくる。その顔を見る限り食べたくてうずうずしていると言った様子だ。
「もちろんだ」
箱を開け、火凛は一つマカロンを取った。
「……凄い綺麗に出来てる。いただきます」
そう言って、一口かじった。
「……美味しい!」
もぐもぐとマカロンを咀嚼し、ごくりと飲み込んだ火凛は目を輝かせながらそう言った。
「良かった」
思わず言葉が漏れる。火凛は笑顔で残りも食べた。
「……ん、すっごく……すっごく美味しかったよ! 今まで食べたマカロンの中で一番美味しかった!」
その言葉を聞いて思わずこちらも頬が緩んでしまう。
「……もう一つもマカロン?」
「いや、そっちには別のものが入ってる」
そう言うと、火凛の好奇心に火がついたらしい。またうずうずしながら俺を見てきた。
「もちろん開けていいぞ、火凛」
「やった♪」
火凛はまた丁寧に包装紙を開ける。
こちらの箱は白く、中が見えない形となっている。火凛は中身に気を使いながら箱を開けた。
「……え?」
中に入っていたのは、少し大きく作られたバームクーヘンだった。
「これも……水音が作ったの?」
「ああ。少しがんばってみた」
火凛は俺を見て、驚いた表情をした。
「凄い……凄いよ、水音!」
今日はよく褒められる日だ。そして、皆にかなり喜ばれているからか、ずっと頬が緩んでる気がする。
「それだけ喜んでくれるなら俺も嬉しい。こっちは切っておいたからそのまま食べれるぞ」
一つ手に取り、火凛の口元へ持っていく。火凛はぱくりと食いついた。
「……ん! 美味しい!」
また口元へ持っていくと、二口。三口と食べ進めた。
火凛は頬を手で押さえながら咀嚼し、飲み込んだ。
「すっっごく美味しいよ! ありがとう、水音!」
火凛は勢い余って抱きついてきた。倒れないよう踏ん張り、背中をぽんぽんと叩く。
「どういたしまして、火凛」
手に残っていた残りのバームクーヘンをそのまま口に放り込んだ。
自分で言うのも何だが、かなり美味しく、今までで一番の出来栄えだった。
◆◆◆
「ふふふ」
どうしてもニヤニヤが止まらない。水音が横で疲れて眠っている間、私は気分がまだ昂っていて眠れなかった。
マカロンとバームクーヘンが美味しかったのもある。それに加えて、水音が私のために頑張ってくれたんだと考えれば幸せすぎて吐息が漏れてしまった。
決め手にこれだ。
『バレンタインは俺の好きなようにしてくれたから……今日は火凛が好きなようにしてくれ』
と、そう言われ、思わず理性が途切れて襲いかかってしまった。
手錠をして好き勝手に水音を気持ちよくさせる事が出来た。恥ずかしそうな顔を間近で見ながらするのとかすっごく良かった。
しかし、少々やり過ぎてしまった。水音は『俺もバレンタインの時はやり過ぎたからこれでお相子だ』と言ってくれたけど。
「……ふふ。それにしても美味しかったな」
と、その時私はふと疑問に思った。
「どうしてマカロンとバームクーヘンだったんだろう」
どちらも定番スイーツとは言いにくい。……いや、確かに美味しかったし私も好きなんだけど。
「……そういえば、ホワイトデーって意味あったんだっけ」
そんな事をクラスの人が話していた気がする。
スマホを取り、調べようとしたが手が止まった。
「……もし、マイナスな意味だったらどうしよう」
たとえば、もう別れたいとか嫌いとかそんな意味だったら……そんな事を考えてしまったが、首を振る。
「大丈夫。水音ならそんな遠回しな事はしない。私が傷つくようなやり方は」
一度深呼吸をし、調べる。
【ホワイトデー マカロン 意味】
思わず私は心臓のある位置を握りしめた。
【ホワイトデー バームクーヘン 意味】
そして、目を瞑った。
◆◆◆
「……ごめん、水音。起きて」
「ん……? どうした、かり……うおっ」
火凛は俺に抱きついてきていた。そして、目を開ければすぐ目の前に火凛の姿があった。
「私も……水音の事、ちゃんと大切に思ってるからね!」
そして、その顔が近づき――
頬にキスをされた。
「ちょ、火凛!?」
「こうしないと抑えられそうに無かったの。……でも、寝てる水音にするのは嫌だったから」
その言葉を聞いて、俺はやっと理解した。
ああ、ちゃんと意味まで調べてくれたのか。
そう思うとなんだか恥ずかしい気持ちが出てくる。
「……ね、お願い。あと一回だけさせて欲しい。……それで、中に全部出し切って欲しい。今日は大丈夫な日だから!」
「いや、それは……」
先程までかなりの量を火凛に絞られている。
「お願い。あと一回だけ。中で水音を感じたいから」
……だが、そんな言葉を言われれば男として反応してしまうのが世の常だ。
「……分かった、一回だけだぞ」
背中を引き寄せ、抱きしめながらそう言った。
酷く甘く、火凛の事以外考えられなくなる。火凛も同じようで、何度も何度も俺を求めてきた。その度に疲れきっていたはずなのに活力が漲ったのだった。
ホワイトデーのお返しは大成功となった。
「高校に入ったらめちゃくちゃ可愛い彼女作るからな! そん時は水音達と一緒にダブルデートするぞ! バレンタインとホワイトデーにはイチャイチャしてるところ写真に撮って送ってやるからな!」
その後、卒業式の時に玉木はそんな事を言っていた。
……未だ、彼女が出来たとの連絡は無い。
ちなみにですが、バレンタイン編はカクヨム様にて掲載されてます。一章が終わり次第番外編としてこちらにも載せる予定です




