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第15話 料理の工夫は家族のために

 ふわりと柑橘系の芳香剤の匂いが漂う。屋内なのにこうして慣れない匂いを嗅ぐと、人の家に来たんだと改めて実感する。


「ただいま!」

「おかえり、もうすぐ出来るから手洗って部屋で待っててくれ」

 奥から獅童君の声が聞こえてきた。昨日も来たはずなのに、どこか緊張してしまう。


 ……事故とは言え、見てしまったからかな。……やめやめ、火凛にも悪いし忘れなきゃ。


「お、お邪魔しまーす」

「白雪も手洗って待っといてな」


 火凛に続いて家に上がると、獅童君が台所で食材の用意をしていた。


 その姿に思わず目を(しばたた)かせた。


「おお……獅童君ってエプロン着けるんだ」


 獅童君は、青と黒のストライプ柄のエプロンを身につけていた。男子のエプロン姿など調理実習ぐらいでしか見た事がなかったから驚いてしまった。


「ああ……貰い物だからな。使わないと勿体ない」


 目の前にいて顔を見せない火凛だけど、その耳が赤くなってるのを私は見逃さない。


「へえ。火凛から貰ったんだ」

「ッ、奏音!? どうして分かったの!?」

 案の定な反応を見せる火凛に思わず頬が緩んだ。


「……火凛って顔に出やすいんだよね。ね、獅童君」

「まあ……否定はしない」

「えっ!」


 まさか獅童君からも裏切られるとは思っていなかったのか、火凛は非難の眼差しを向けている。


「そんな事は良いから早く手を洗ってくれ。作ったら部屋に持っていくから」

「……はーい」

 獅童君に催促され、火凛は渋々洗面所へと向かった。私はそんな火凛の背中に着いていった。



 手を洗っていると、つい忘れていた疑問が湧き上がってきた。

「ね、火凛。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? 色々とさ」

 なんとなく何をするのか察しは付いている。でも、どうして急に私を呼んだのか、とか分からないことがたくさんある。


「んー。そうだね……秘密かな♪」


 鏡越しに見ると、火凛はいたずらっ子みたいに笑っていた。火凛は美人でありながら、こうした子供みたいな笑顔を時折見せる。それはギャップが物凄くて非常に……ひっっじょーーーに絵になっている。


「もー、火凛のけち」

「……ふふ♪ でも、そうだね。()()はいくらしても良いよ」

 その意味深な言葉で余計訳が分からなくなってしまったのだった。



 期待、獅童君、サンドイッチ。ある程度予想は着く。だけど、分からない。想像通りならなぜそこまで頑なに教えようとしないのか。そして、もう一度言うけどどうして私を誘ったのか。


「じゃ、行こ!」

 タオルで手を拭き、煮え切らない気持ちのまままた火凛に続いた。


 階段を上り、火凛の部屋に入る。こうして見るとやっぱり火凛の家は大きいし広かった。


 部屋の隅には少し大きめのベッドがある。ここで二人が……と考えてしまいその考えを消し去ろうとため息を吐いた。


 どこか落ち着かない。火凛はニコニコとしたままだし、私も話を切り出そうとしたけど上手く頭が回らない。


 その時、がチャリと扉が開いた。


「お待たせ、出来たぞ」


 やっと獅童君がやってきた。その手には大きいお皿を持っている。


 とん、と机に置かれたそれを見て、私は目を見開いた。



「な、なにこれ」


 美しい。その一言に尽きた。



 まずはサラダの挟まれたサンドイッチ。

 レタスやトマト、その他野菜が挟まれたそれはシンプルながらも綺麗な作りだ。野菜ははみ出さず、綺麗にカットされている。中にかかっているドレッシングは黄金色に輝いていた。


 続いて、ハムチーズ。


 普通のハムチーズサンドとは少しだけ違った。何せ、これは作りたてで、獅童君はすぐに美味しく食べられるように作っている。

 とろとろのチーズがパンの中から溢れだしている。思わずごくりと唾を飲み込んだ。


 そして、肉。

 ステーキサンドではなく、薄切りの肉を挟みソースを掛けただけのシンプルなもの。しかし、かかっているソースと肉のいい香りが食欲を増進させて来た。



「す、すご……食べてもいい?」

「ああ、もちろんだ」

 私が頼んだのはハムチーズと肉サンド。獅童君から許可を貰って、まずはハムチーズを手に取った。パンの間からとろりとチーズが垂れた。


「い、いただきます」

 ぱくり、と一口齧った。



「おいふぃい!」

「そりゃ何よりだ」


 ガツガツとサンドイッチを食べ進める。


 凄い。ハムチーズって結構味が濃いイメージがあるんだけど、全然そんな事ない。

 ……違う。味が薄いとかそんなのじゃない。ハムの塩味もチーズの味もあるし、ちょっと入ってるサラダも……ん?


「サラダに何かかかってる?」

「お、よく気づいたな。柑橘系のソースだ。ハムとチーズの塩味を弱めて、油っぽさも減って胃もたれしづらくなるんだ」


 獅童君はニコニコと笑いながら説明をしてくれた。


 ……凄い。


「柑橘系って、どこの奴? 私も結構料理はするんだけどさ……良かったら教えてくれない?」


 酸味は弱いし、メインとして使うには少し物足りない。だけど、味の濃い物と組み合わせる事で良い感じになるし、野菜の青臭さも無くなっていて縁の下の力持ちとなっている。


 そう尋ねると、獅童君は少し困ったような顔をした。


「……それ、自家製なんだよ」

「え!?」

「じいちゃんの所が農家でな。野菜はもちろん、果物もよく送られてくるんだ。……それで、母さんに頼んで作り方を教えてもらった」

「何それ凄い。……獅童君はなんで料理でそこまで力を入れてるの?」

 そこで、獅童君は火凛をちらりと見た。


 ……どうして火凛を見たのだろうか?

 火凛は獅童君を見ながら一つ頷き、口を開いた。


「……奏音。今まで黙ってたんだけど、私ね……」

 一つ間を置いて、火凛は続けた。


「野菜が苦手なの」


 頭の中が?で覆い尽くされた。どうして急に火凛がそんな事を言い始めたのか気になったけど、それよりも衝撃の事実だった。


「……え、え? だって火凛お弁当とかめちゃくちゃ野菜入ってたじゃん。美味しそうに食べてたし……」

「中一の時の私は……まだ奏音と会ってないもんね。あの時は毎回水音に野菜を食べてもらってたぐらい野菜が嫌いなの」



 その言葉に驚く……ってうわっ、チーズが垂れた! 勿体ない!


「火凛、その話ちょっと待って! 冷める前にサンドイッチ食べたい!」


 火凛と獅童君はずっこけた。しかし、花より団子、色気より食い気。それが私だ。


 ハムチーズサンドを食べ終え、肉サンドを口にする。


「……美味し! え、このソースも獅童君が作ったの?」

「作った、というと違うな。市販の物に少し……まあそこそこアレンジしたものだ」


 ソースは甘いのとしょっぱいのどっちが良いのか、と聞かれて甘いのと答えた。


「……獅童君のは?」

 対して、獅童君の食べていた肉サンドにかかっていたソースはどちらかと言うと黒っぽいものだ。


「こっちは塩強めだな。醤油をベースに少し薄めて香辛料なんかを足した。さすがにそれだけだと塩が強すぎるから少しだけ砂糖を入れてるぐらいだな」


 ……凄い。その一言に尽きた。


「……一口貰うか?」

「貰う!」


 私の視線に気づいたのか、獅童君はそんなことを言った。私が即座にそう返すと、獅童君は一度ナイフを取りに行き、少量切り渡してくれた。


「おいしっ!」


 こちらもとても美味しい。そうして食べ進める間、また火凛に話を振った。


「そうそう。火凛が野菜苦手って話聞きたい!」


 一瞬火凛はキョトンとした顔をした後に苦笑いをした。


「……奏音ってやっぱり凄いよね」

 呆れた様子で言っているが、本気で言ってない事ぐらいは分かってる。


 ……本気じゃないよね?


「まあいっか。それで、私が野菜が嫌いなのだよね」


 こくこくと食い気味に頷くと、火凛は話し始める。


「私が野菜のことが嫌いな理由は色々あるんだけど、一番は青臭い所なの」

「ということはサラダとか野菜スティックみたいな生野菜が特に苦手ってこと?」

「そーいうこと」


 しかし、だとすればおかしい。火凛はお弁当によくサラダを入れているし、今持っているサンドイッチはサラダサンドだ。火を通した様子は無い。


「まあ……おかしいって思うよね。一口食べてみて。そしたら分かるよ」

 そう言われてサンドイッチを突き出される。お言葉に甘えて少し齧った。


「……! なにこれ、あまっ!」


 想像していた味とかなり違っていて思わず驚いてしまった。しかし、咀嚼していると甘ったるい感じはしない。爽やかな甘さだ。



 ……というか、これって


「りんご?」

「お、すごい。やっぱ分かるんだね」


 火凛は驚いた顔をし、そしてどこか和らげな笑みを浮かべた。


「これね。水音が作ってくれたんだ。私のために」

「……え?」

「ほら、私って甘いものが好きじゃない? だから、甘くなれば食べやすいかなーって水音が考えてくれてね」

「え? いや、ちょっと待って。獅童君が作った?これを?」

 獅童君を見れば、苦笑しながらも頷いていた。


「リンゴをベースにして、なるべく野菜らしさが抜けるよう色々調節したんだ。……母さんの手も少し借りたけどな」


「……まじか」

 自分でご飯を作れる高校生ってだけでも珍しいのに自作ソースって……


「そういう事。……それで、高校生になって、お弁当はほとんど水音が作ってくれてたから」


 思わず呆れた顔を向けてしまった。火凛ではなく、獅童君に。


「……どれだけ火凛の事が好きなのさ」

「うるさいぞ」


 もう好きじゃん。大好きじゃん。なんでこいつら付き合ってないの? 結婚してないの?


 ……早くどうにかしないといけない。


「はあ……ま、いいや。ちょっと待ってて。電話しないといけない所があるの忘れてた」


「……え? 今?」

「ん、ちょい待っててね」

 自分の分のサンドイッチを食べた私はそれだけ言って部屋から出た。二人とも急すぎて驚いた顔をしていた。



 部屋から出て、二人に声が聞こえなさそうな所まで行く。そして、電話の呼出ボタンを押した。


 コール音が数回鳴り響いたが、すぐに電話が取られる音がした。


「もしもし、白木おじさん? あのさ――」

20時頃にホワイトデー記念の過去の話を投稿すると思います

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