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第13話 毎日更新されていく

「うわー、すっごい視線集まってる。さすが火凛達だね」

「……ああ。正直めちゃくちゃ居心地が悪いんだが」

「そうかな?」


 学校に近づくほど視線が増え始め、校内に入ってからは常に監視されているような気分になった。


「くそ、俺の火凛ちゃんを……」

「ああ……俺の奏音ちゃん、どうしてあんな男と……」


 当然ながら白雪のファンも居るらしい。良い意味でも悪い意味でも目を引くらしいからな。……悪い噂のほとんどはデマだと思うが。


「ね、思ったんだけどさ。獅童君は私の事引いたりしないの? 色々聞いているんでしょ?」


 タイムリーな事に白雪がそんな事を聞いてきた。


「引く、と言われてもな。かり……竜童さんから話は聞いていたし、人の噂は本人が認めない限りは気にしないって中学の時に決めたからな」

「あ……そっか。そうだったね」


 白雪はそう言って目を細めた。中学時代を思い出しているのだろうか。


「……じゃあさ、その噂が本当、って言ったらどうするの?」

 そして、そんな事を聞いてきた。


 白雪の噂。その代表的なものと言えば、体を売っている、というものだ。


 ホテル街でおじさんと歩いている所を見た、毎週違う男を引き連れてる所を見た、など。酷いものだとお金を積めば誰とでもヤるとか言われている。


「本当、なのだとしたら心配だな。それだけお金の工面が必要って事だろ?」

「へ?」


 白雪はポカンとした表情をした。


「さっきも言った通り、竜童さんから話は聞いている。変に高そうな服を着けてるだとか、ブランド物のアクセサリーとかも着けてる事は無いとな。だとしたら生活面で苦労してるとしか思えない。相談ならいつでも乗るぞ?」


 俺の言葉を聞いて、白雪はどこか呆れたようにため息を吐いた。


「……はぁ、本当にいい人なんだ、獅童君って」


 すると、隣から火凛が話しかけてくる。


「……獅童君をからかっちゃダメだよ? 言っとくけど、奏音の噂は全部嘘だからね? いくら本人が言ってるからって信じようとしないでよ?」

「そうなのか?」

 白雪の方を見ると、うんうんと頷いていた。


「……や、ちょっとからかって反応を見たかっただけなんだけどさ。あとこの質問すれば男子に下心あるかどうか分かるし。なんかごめんね?」


 白雪は申し訳なさそうに苦笑している。


「いや、嘘なら良いんだ。本当だったと言われるよりはな」


 火凛の友人が胸糞悪い目に遭ってるなどなるべく考えたくない。そういえば白雪は自分で処女だと言ってたな。よく考えればすぐ嘘だと気づけた訳か。


 そんな事を考えているとすぐに教室に着いた。すると、すぐにクラスの男子に囲まれてしまった。


 ◆◆◆


 教室に入った瞬間、水音は色んな男子に囲まれてしまう。そのせいで離れてしまった。


「うわあ、すごい数の人。どうする? 助け行く?」

「んー……あ、こっち見て首振った。いらないみたい」


 水音はこういう時、頑なに私達の助けを必要としない。たまには頼ってくれても良いんだけどな……


「ね、火凛」

「んー?」


 奏音に名前を呼ばれたので振り向くと、真面目な表情でこっちを見てきていた。


「どうかしたの?」

「獅童君って本当にモテなかったの?」

 奏音は急にそんな事を聞いてきた。


「ん? 女子と話してる所は見た事ないけど」

「ふーん……アレでねぇ……」


 どこか意味深に奏音は腕を組んだ。そして、不意に私の背中を押して教室の外へ向かおうとしてきた。


「よし、火凛。作戦会議しに行くよ! GO!」

「えぇ? ど、どうしたの? 急に。ちょ、転ぶ、転んじゃうから!」


 ◆◆◆


 うるさい野次馬は全て無視し、席に着いて本を読んでいた。

 しばらくすると野次馬は続々と引いていく。その事に安堵し、本を読み進めていた。

 集中して読んでいたから、後ろから忍び寄ってくる影にも気づけなかった。




 ふいに視界が真っ暗になった。


「だーれだ?」


 瞬間、背筋が凍った。聞きなれた声。一瞬白雪を交えてのドッキリかと思ったが、その手の形は、体温はよく知っているものだ。


「… か……竜童さん?」

 また家でのノリで名前を呼びそうになった。即座に苗字で呼ぶと、目の周りがぎゅっと抑えられた。


「……ね、獅童……ううん。水音君って呼んで良い? 私のことも火凛って呼んで良いからさ」


 息を飲んだ。視界は塞がれているが、周りからも強い視線を感じる。



 これには理由がある。火凛は異性に名前を呼ばれる事に忌避感を抱いているからだ。だから、基本的に火凛は仲が良い異性の友達相手でも苗字で呼ばれるし、自分からも苗字でしか呼ばない。


 ……あのチャラ男の事は諦めてるらしいが。


 そして、俺の事は今まで幼馴染だと公表して来なかった。中学時代も、仲が良くない事をアピールするためにお互い苗字で呼んでいたのだ。


 しかし、火凛は今それを辞めようとしている。


 補足すると、今まで火凛が男子を名前で呼んだ事……名前で呼ぶよう言って来た事も無かった。


 ――つまり、遠回しな言い方になっているが、火凛は俺の事を『特別な存在』だと周りに公表した事になる。俺からしたら大変嬉しいことだ。



 ……嬉しいことなのだが、それに伴って問題も生じる。視線の中に交じっている殺意がそれだ。



「……分かった、火凛……さん」


 どうにかそう声を絞り出した。火凛はジトッとした目で見てきたような気がする。まだ視界は見えないのだが。


 その後、諦めたようにため息を吐かれた。


「……今はそれでいっか、水音君」


 そしてやっと視界が開放された。強く押さえられていたため多少視界が濁っていた。目を擦ろうとした瞬間だ。


 頭がぐい、と引かれた。自然と上を向く形になる。


 視界がぼやけていても分かる。吸い込まれるような綺麗な瞳。そして、何もかもを忘れてしまうその美貌に息を飲んでしまう。



「今日もお昼、一緒に食べようね」

「あ、ああ……」


 吐息すら交わるほどの距離。あと少しでも上を向けばキスが出来てしまいそうだ。



 そんな爆弾を残して火凛は去っていく……と思われた。


「そういえばさ、数学で分からないところがあるんだけど教えてくれる?」


 しかし、火凛はそう言って前の席に着いた。その手には数学の問題集が。



「あ、ああ。良いぞ」


 頷くより他に道はなかった。


 ◆◆◆


 すっごい心臓がバクバクしてる。理由はわざわざ言わなくても分かる。学校であれだけ水音と顔を近づけた事は初めてだからだ。


 家だとあれぐらいの距離でいる事は珍しくない。私が一番好きなのは水音の顔を見ながら出来る体位だし、吐息が交わるぐらいの近さならほぼ毎日あった。


 ただ、学校でそれをするのはまた違う。周りからもすっごい見られたし、水音に拒否されるんじゃないかって心配もあった。それは杞憂に終わったけど。


 というか、やっぱり水音はすっごくかっこいい。奏音の言っている意味も分かる。


『うかうかしてると周りに取られるからもっと仲がいいアピールをして』


 なんて言われて驚いた。だけど、言われてみれば水音にモテない要素はほとんど無かった。女子と喋らない事だけが致命的なのだけど、一人でも女子と仲良くしてしまえば水音がモテる事がバレてしまうだろう。


 だから、先に水音ともっと仲良くなって周りを牽制しろと、奏音は言ったのだ。


 というか、なんで周りの女子生徒は気づかないんだろう。気づかれたらライバルが増えてしまうけど、なんかモヤモヤする。



「……りんさん……火凛さん?」

「ひゃい!」

 ボーッと水音の横顔を見ていたら、名前を呼ばれてた事に気づいた。思わず変な声を上げてしまった。


「……大丈夫か? 体調が悪いなら保健室に「大丈夫! 大丈夫だから!」」


 水音に勉強を教えてもらう。家では時々やっていたけど、学校で出来る。その事実だけでニヤけそうになってしまう。


 こんな小さな事でも、私からすれば大きな一歩なのだ。


 こんなチャンスを棒に振りたくない。少し慌てながら教科書の問題を見た。


「そ、それでだけどさ。ごめんだけど、もう一回こっちを」


 その時だった。




「おいコラァ! 何俺の火凛と話してんだ!」



 また、私は邪魔をされた。



「ちょっと! 邪魔しないでって前から言ってるでしょ!」


 それにいち早く反応したのは奏音だ。机をバンと叩き、錦の元へと向かっている。


「うるせえ! テメェには関係ねぇだろ!」

「関係ないってなによ!」


 目の前で二人の口論が始まろうとしていた。私は口を挟むことが出来ない。


 しかし、彼は違った。


「なあ、錦。ちょっといいか?」


 荒れた声色が飛び交う中、少し場違いな優しげな声色が耳に心地良かった。


「あ? うるせえ!」


 錦君は凄んでみせるが、水音の顔色は変わらない。




 ……少し怒ってる?


「錦にとって、火凛さんはなんなんだ? ()()なら怒る理由は分かるが、白雪……さんの反応を見る限りそうでもなさそうだ」

「うぐっ!」

「という訳で……火凛さん。錦は火凛さんの恋人なのか?」

「違う!」


 声を張って否定する。その勘違いだけは絶対にされたくない。特に水音には。


「らしいが……まだ何か言いたいことはあるか?」


 水音がそう言うと、錦君は顔を真っ赤にしてぷるぷると腕を震わせた。


「そ、そういうてめぇこそ何なんだよ、あ?」


「俺か? 俺は……」


 水音は一度私を見て、そして笑った。



「俺は火凛さんの()()()だな」




 心臓がとくん、と跳ねた。じわりと胸に暖かいものが広がっていくのが分かる。



 その時、鐘が鳴った。


「……チッ」


 錦は舌打ちをして自分の席へと戻って行った。場に沈黙が訪れる。



 それと同時に先生が入って来た。


「……ん? どうした? お前ら。なんか変な空気だな。まあいい。早く席に戻れー」



 先生の言葉を聞いても、私はすぐに動くことが出来なかった。



 心臓がずっとバクバクしてる。


 どうして? いや、理由は分かってる。分かってるはずだ。



 水音が助けてくれた。そして、私のために怒ってくれた。


 そして――皆の前で『幼馴染だ』と公言してくれたから。


 水音の魅力は知り尽くしていたって思ってたはずなのに、ここ最近は毎日更新されてしまう。


 毎日、()()が大きくなっていく。


「火凛さん? 早く席に」

「あ……」

 そこで、私はやっと朝のHRが始まる事に気づいた。早く席に戻らないといけない。


 ……戻らないと、いけない。


「火凛さん?」

「ほら、早くそこも席につけ」


 一拍置いて立ち上がる。そして、水音の隣を通る時に屈む。



 周りからは耳打ちをしてるように見えるように、手で水音の耳を隠すようにして顔を近づける。


「ありがと。大好き」


 そう言って、耳に軽いキスをした。


 ◆◆◆


「な……」

 思わず言葉が出そうになったが、手で抑え込む。


「なんだなんだ?なにを言われたんだ?」

「くぅ〜。気になる」

「お前らうるさいぞ! ちゃんと前を向いて座れ!」


 そうだ。周りからは耳打ちをされたようにしか見えないはずだ。



 視界の端で火凛がニコリと微笑んでいた。

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