第12話 現実はそう甘くない
「まあ、そうぽんぽんと話が進むわけなかったよな」
あの後、白雪が申し訳なさそうな顔で戻ってくると、パンっと良い音を鳴らしながら手を合わせて謝ってきたのだった。
『ごめん! 今叔父さんのとこテレビで紹介されてちょー忙しいみたいで、話は落ち着いてから詳しく聞きたいって!』
その言葉に俺と火凛は目を丸くしていた。
「……それで、落ち着いてからって具体的にいつぐらいなの?」
先程よりは落ち着いた火凛がそう聞くと、白雪はぴくりと肩を跳ねさせ、目を逸らした。
「……分かんない」
「ダメなやつじゃん」
……それは遠回しに断られたと考えて良いのだろう。火凛もそれを悟ったのか、ふうと息を吐いた。
まあ、分かってはいた。心の底ではそんな簡単なことではないと理解していたはずだ。
それでも、火凛と働いてみたかったというのが本音だが。
「じゃあ、そうだな。もし連絡があったら知らせて欲しい」
少しはしゃぎすぎた事もある。それに、まだ完璧に断られた訳では無いはずだ。本当に向こうが死ぬほど忙しい可能性だって低くは無いだろうし、気が変わって話を聞いてくれる可能性も……無くは無いだろう。
そこから話が変わり、雑談を始めた。
――と言うには少々過激な話ではあったが。
「獅童君ってどれぐらいの大きさのおっぱいが好みなの?」
から始まり、
「どんな下着がタイプなの?」
となり、
「攻め? 受け?」
とかなり深い所まで聞かれた。
ちなみに回答としては、
「……どちらかと言えば大きい方」
「特になし」
「気分による」
と随分と日本人らしい答え方になってしまった。その他のどうしても答えられない質問は答えなかったし、火凛も嫌なら止めるだろうと思っていたが、白雪の隣でニコニコと微笑んでいるだけだった。
……のだが、好きな下着の質問から火凛が参戦し始めた。
「水音は黒とか赤よりも白の下着の方が色々と出が良いよね」
火凛がそう言ってしまったので俺は無事死んだ。自分でもそんな事知らなかった。
その後、火凛を含めての猥談が続いた。今まで一番凄かったプレイだとか、好きなプレイだとか。
火凛も恥ずかしがっては居たのだが、俺が答えにくい質問などは代わりに答えてくれた。
「ってうわ、もうこんな時間じゃん。ごめんね、長居しちゃって。あと結構プライベートな質問しちゃって」
「ううん、良いんだよ。結構楽しかったし……水音が好きなのとか知れたし」
白雪が荷物を取ると、火凛は立ち上がった。
「玄関まで送っていくよ」
「いーよいーよ、大丈夫だから。これ以上二人の時間奪う訳にもいかないしさ」
「でも……」
「だいじょーぶだって。ほら、座った座った」
白雪が火凛の肩を掴んで座らせる。
「あ、それとも鍵閉めれないと安心出来ない感じだった?」
「いや、そういう訳じゃ無いけど……」
「じゃーだいじょーぶ! それじゃ、明日ね! 火凛、獅童君!」
「……ん、明日ね」
「あ、ああ。また明日」
びっと片手を上げて別れを告げる白雪にそう返すと、最後にニカッと笑って出て行った。
「……嵐だったな」
「あはは。普段はいい子なんだよ?」
火凛は苦笑しながらそう言った。俺としても、別に悪い意味でそう言った訳じゃない。
「火凛の親友だからな。俺も少ししか話してないが、いい人だと思ってるぞ。賑やかなのも嫌いじゃないしな」
と言うと、火凛の苦笑が崩れ、口元が緩み始めた。
それはどこか妖艶で蠱惑的な笑みである。
そして、火凛はゆらりとこちらに来て、対面する形から肩に顎を乗せて耳元に顔を寄せてきた。
「水音のそういう所、嫌いじゃない……ううん、好きだよ」
その言葉にゾクリと背筋が震える。
「今日は水音が助けてくれたから、いっぱいごほーしするね♡」
そう言って彼女は俺の下腹部に手をやり、手馴れた動作でズボンを下ろした。
「ちょっと待っ「待たないよ」」
そして、止める暇なく俺のモノは晒し出された。それを火凛は愛おしげに撫で、顔を突っ込んだ。
「ちょ、火凛。俺まだ風呂にも」
「ん、こっちの臭いも好きだから……んぁ」
当然、それに興奮しないわけが無い。すぐに俺のモノは大きくなった。
「あは、おっきくなっ――」
その時、扉がガチャりと開いた。
「ごめーん、ハンカチ落としてなかっ…………た……?」
そこには白雪が立っていた。いつもニコニコしていたはずの顔が固まってる。
まずい。これは非常にまずい。
そう思ってズボンに手を掛けようとしたが、掴まれた。
「火凛!?」
「あ、ハンカチなら机の上に置いてあったよ……はい」
あろう事か、火凛は俺のモノを擦りながらもう片方の手(まだ汚らわしい所は触れていない)でハンカチを取り、白雪へと手を伸ばした。
「ぅあ、ありが……と……し、失礼しましたあああああ!」
白雪は惚けながらハンカチを手に取った。しかし、その瞬間ハッキリと見てしまったのだろう。顔を赤くして部屋を飛び出して行った。
「……色々とやらかした気がする」
「ん? 大丈夫だよ、奏音はこういう事に興味津々だし、昨日だって見ていられるなら見てみたいって言ってたじゃない?」
そういえばそんな事も言っていた気がする。いや、違う。
「それは本気で言ってた訳では無いだろ」
「そうかな? 多分、私が良いよって言ってたら見てたはずだよ? ……多分、さっきもね。私は許可を出すつもりは無いけど」
火凛はそう言いながら頬擦りをする。もちもちとしていて柔らかい。
……って違う。あと一つ気になる事があったんだ。
「なら、どうして今止めなかったんだ?」
「事故なら仕方ないかなって。ちゃんとまだ触ってない方の手で渡したし、奏音も私の事を考えてなるべく見ないようにしていたし」
「しかしだな」
「もう、言葉はそれぐらいにしよ? 水音も見られて興奮してたくせに」
「は!?」
思わぬ言葉に驚いていると、火凛はつんつんと突いてきた。
「ほら、もうカチカチだよ?」
俺は何も言い返せなかった。
その言葉通りになっていたから。
「話はこれぐらいにして続き、やろ♪」
火凛はそう言って、モノを口に含み始めたのであった。
◆◆◆
「あはは……腰ガックガク。明日体育無くて良かった」
様々な体液の混じった淫らな香りの混じる部屋を片付けていると、火凛が寝転がりながらそう言った。
「……大丈夫か? 無理はしない方が良いぞ」
「寝れば回復するもん。……それに、お弁当も作らなきゃ」
時刻は十一時。いつもならもっと遅い時間まで起きるのだが、昨日が徹夜だった事もあって早めに終わらせる事にしたのだ。
「火凛はゆっくり寝ておいてくれ。腰のマッサージもしておくから」
換気を終え、シーツを変えてからそう言うと火凛は嬉しそうに目を瞑った。
「……でも、水音もちゃんと眠ってよ? こっちで」
ぽんぽんと自分の横を手で叩く火凛に適当に頷いて、しゃがんでマッサージを始めた。
力を込めすぎて怪我をさせないように、しかし弱すぎないように火凛の顔を観察しながら続ける。
「だいぶ凝ってるな。さすがに徹夜した後にこれだけやるのはきつかったか」
「んーん、らいしょうぶ」
既に眠気で呂律が回っていない火凛を見て、一旦手を止めた。
「……ん」
寂しそうに目を開けようとした彼女の髪に優しく手を置く。
「お前が寝てからやる。今は寝ろ」
「んぅ……」
そうして幾度か髪を撫でつけるように頭を撫でれば、すぐに寝息が聞こえた。
「おやすみ、火凛」
◆◆◆
ピピピ、と嫌にうるさいスマートフォンを操作し、ぽすり、とベッドの上に置く。
「んぅ……っ!」
腕を上げて伸びをすると、昨日あれだけ痙攣していた腰が何ともなくなっていた。
寝ぼけ眼を擦り、隣を見る。すると、水音がすやすやと眠っていた。
水音はかなり寝相が良い。いびきなんて聞いたことも無い。
「みなと」
彼の腕にすっぽりと収まるように移動すると、彼の匂いに包まれて幸せな気分になる。
ふと見上げれば、すぐそこに水音の顔が。
(……キスしても気づかないんだろうな)
そうは思っても、絶対に行動には移さない。初めては彼から、と言った想いが無い訳では無いけど、他に理由があった。
「卑怯……だもんね」
彼にキスをしないでと言ったのは私だ。こんな関係になってはいるが、唇は一度も塞がれていない。
精々、首や手足に跡をつけるぐらいしか。
一度、彼を抱きしめる。すると、体に活力が漲るのを感じた。
「よし、ご飯作ろ」
彼から離れ、立ち上がろうとした。
しかし――
「あ」
その時、私は気づいてしまった。
水音のとある部分が肥大化している事に。
「……一回、一回抜くだけ。ちゃんと歯磨きするから」
自然と手がそこに伸びる。昨日、自分の中に入っていたモノを愛おしげに撫でた。
◆◆◆
「……ふぁぁっ」
横であくびを漏らすのは、十人いれば十人が振り向くような美少女。
「やっぱり休んだ方が良かったんじゃないか?」
そう聞くと、火凛はふるふると首を振った。
「お弁当……作るって言ったから。あと、奏音の事も一応気になるし。……今思えばちょっと刺激が強かったかなって」
バツが悪そうに火凛はそう言った。こうした火凛は珍しい。火凛が友人と話しているのをちゃんと見た事が無かったからだろう。
「ちょっとどころじゃない気もするが……まあ、火凛が居た方が俺も謝りやすいから助かる」
そう言うと、火凛は首を傾げた。
「水音が謝る……どうして?」
「いや、なんでも何も原因は俺のだろ」
「でも、止めなかったのは私だし」
「どっちにしろ俺も謝るべきだ」
そう火凛と話している時、タッタッと後ろから走ってくる音が聞こえた。
「おはよー!」
「おはよ、奏音」
「ああ。おはよう、白雪」
そして、元気よく声が掛けられる。件の少女だ。
普段の様子と変わらない事にほっとしていたが、気を緩めてはいけないと奏音を見る。
「白雪、昨日は色々「待って」」
頭を下げようとした瞬間、白雪に止められた。
「謝るのは私の方、ごめん」
そして、白雪は頭を下げた。
「……し、白雪?」
「昨日のは完全に私の不注意だった。ノックをすれば良かったし、火凛に一言連絡を取っておけば良かった。獅童君、恥ずかしい思いをさせてごめん」
白雪はそう俺に向けて誤り、次に火凛を見た。
「火凛もごめん。でも、私も火凛から獅童君を奪おうとかそんな気持ちは無いから。……言葉でしか証明できないけど」
「奏音、頭を上げて」
そんな白雪に、火凛は優しく声を掛けた。そして、俺を一目見てきたので頷く。
「白雪が謝る必要は無い。俺は気にしてないから頭を上げてくれ」
「ん、私も奏音が水音を取るなんて思ってないから……それに」
火凛はクスリと笑った。
「水音の、凄かったでしょ?」
「…………うん、噂に聞いてたより大きかった」
白雪は、頬を赤く染めながらそう言った。
「噂?」
「中学の時、男子が話してたからさ……『隣のクラスに凄いデカい奴がいる』って」
「ああ……」
そういえば、一時それでからかわれた事があったな。
「まあ、白雪がそこまで不快に思ってないなら良かったよ」
「不快になんてなってないし。……なんなら最初に見れたのが獅童君ので良かったと言うか、や! 違うからね! 火凛」
「そんなに慌てなくて大丈夫だよ。奏音がそんな人じゃないって事は分かってるから」
火凛がそう言うと、白雪はホッとした表情を見せた。
「……ありがとう、二人とも」
「いや、何なら謝るのは俺の方だったしな」
「……私も。ちょっとやりすぎたかなって思ってたし」
俺と火凛がそう言った事で、白雪はふっと笑った。
「……私がこれ以上気にしてたら二人も気にしちゃうって事ね。分かった、じゃあ昨日の事はここまでにする」
そう言って白雪はパンっと自分の頬を叩いた。すると、次の瞬間にはいつも通りに戻った。
「てかさ。ずっと思ってたけど、よく今までバレてこなかったね」
そして白雪がそう言いながら指を指してきたのは、俺と火凛を繋いでいるもの。
即ち、手である。当たり前のように恋人繋ぎをしていた。
「……正直な所、ご近所さんにはそう思われてる気はする」
「お隣の米田さんとか私達を見る度にニヤニヤしてるもんね」
一時火凛とは距離を置かれていたのだが、入り浸るようになって少ししたら『やっと仲直りしたのね』とすれ違う人皆に言われた。もう隠すことでもないと外では割とこんな調子なのだ。
「……やっぱり夫婦じゃん。新婚夫婦じゃん」
「うるさいぞ」
そう白雪に言って、歩き出す。手を離すかと思って一瞬手の力を緩めたが、余計強く握られただけであった。
◆◆◆
学校の近くまで来た。何事も無かったかのように火凛が白雪と会話をしているが、その手はきっちりと握られている。
「火凛。そろそろ離すぞ」
「……離さないとだめ?」
「……………………だめだ」
その魅力的な提案に思わず首を縦に振りそうになるが、鋼の精神で抑える。
「ちぇっ」
仕方ないと火凛が手を離す。そして、流れるように俺は二人から離れようと試みたのだが、二人は当然のようにすぐ横を着いてきたのであった。




