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第11話 将来の展望

「お待たせー、なんか楽しそうだね、二人とも」

「おかえりー、火凛。獅童君ってあんまり女子と話せないイメージだったんだけど違うんだね。距離感とかも見誤らないし、ちゃんと会話出来るし。精神年齢高そう」

 白雪の言葉を聞いて、火凛は嬉しそうに頬を緩めた。


「私と話してるから慣れてるんだろうね。水音は人をよく見るタイプだったから、パーソナルスペースとか分かってるんだよ」

「えー。でもあんまり女子と話してないよね? もったいなーい。女子に話しかけてたらモテてたんじゃないの?」


 白雪の言葉に驚く。今の会話でそこまで高く評価されてるとは思わなかった。


 俺からしてみても、白雪はかなり話しやすい方だと感じた。火凛という共通の話題があるし、ちゃんと人の目を見て話している。案外これは出来ていない人が多いのだ。


 目は口ほどに物を言う、との言葉がある。これは本当にその通りだ。


 視線の動きが多ければ注意が散漫している事が多い。顔を見て話さないのならば、人と話す事が得意で無い事が分かる。もちろん全てが当てはまる訳では無いのだろうが、ある程度距離感を測る物差しになる。


「他の女子と深く関わる必要性を感じなかっただけだ。変に気を遣ったり遣わせるもな」


 女子とあまり話さない理由は火凛にも言った事が無かった。実の所それだけでなく、クラスの女子と話すよりも火凛と話している方が楽しいというのもある。しかし、それを火凛の前で言う訳にもいかない。


「ふーん」


 ……白雪は意味深に相槌を打った。余計な事を聞かれる前に口を開く。


「そういう白雪こそモテるんじゃないか? なんなら彼氏とか居てもおかしくなさそうだが」

「無い無い。生まれてこの方彼氏なんて出来たこと無いって。私が今まで友達だと思ってた男子って皆体目当てだったから。しょっちゅう視線が下に行くし、どさくさに紛れて体触ってこようとする奴も居たしさぁ……はぁ」


 白雪はそう言ってため息を吐いた。なかなか苦労がありそうだ。

「……大変だったんだな」

「ま、獅童君はそんな事無さそうだからね。相当な事が無い限り目を見て話してるしさ」

「相手に不快な事をしない限り敵視される事は無いからな。自衛手段の一つだ」


「水音って気配りの鬼って影では言われてたからね……さ、食べましょ」


 火凛は机にお皿を置き、優しく微笑んだ。俺が火凛を褒められて嬉しく思うように、火凛も俺が褒められると嬉しいと昔言われた事を思い出した。


 しかし、そんな考えもすぐに吹き飛んだ。


 その皿に乗っていたパンケーキがあまりにも見事なもので。


「なにこれ、すご!」


 白雪が目を見開いて驚いているが、その気持ちは分かる。


「……本当に凄いな」


 ふわふわの生地に、溶けかかったバターが乗っている。その横にはちょこんと生クリームが備え付けられていて、食欲を掻き立てられた。


 俺は流行に疎い方だが、よく女子高生が投稿している映えるお店のパンケーキと同じ……いや、それよりも美味しそうに見える。


 火凛の料理が上手い事は知っていたつもりだった。しかし、ここまでとは思わなかった。


「えへへ……たまにはこういうのも良いでしょ?」

「ああ。凄い……本当に凄いな」


 火凛の料理が美味しくない訳が無い。今までがそうだったから。

 見た目も良いし、味も良いだろう。もしお店で出せば大繁盛になるはずだ。だから、思わずこんな事を口走ってしまった。



「将来は二人でカフェでもやってみたいな」


 言葉にしてから自分が何を言っているのか理解する。



 これではまるで――




「楽しそうだね、二人で働けたら」




 ――良かった。火凛は気づいていない。


 しかし、その油断が隙を生んでしまった。


「……ちょ、ちょ! 二人とも、それって……!」

「白雪! 頼むから黙っててくれ!」



 だが、やはり止めるには一歩遅い。


「あ……」


 火凛の顔がどんどん赤くなり、耳まで真っ赤になる。


 真っ白になりそうになる頭を無理やり働かせる。


「ち、ちが、違くて、わ、私、今のは」

 半ばパニック気味になる火凛を落ち着かせるため、まずは俺が落ち着かねばならない。


 一度、大きく深呼吸をする。頭の中が少し……本当に少しだけだが、冷静になった。


「……今のは俺が悪かった。互いに忘れよう」


 そうだ。それで全て解決する。……確かに、二人でカフェを経営する事が出来たら楽しそうなのだが。


 そんな事を一瞬考えてる隙に、白雪がニヤリと笑った。


 悪い笑みだった。


「いやー、獅童君も大胆な事言うねー。付き合うとか通り越してプロ――むぐっ」

 全力で白雪の口を全力で手で塞ぐ。女子の口を塞ぐなど明らかにマナー違反だが、今だけは許して欲しい。後で全力で土下座するから。


「白雪。お前も忘れろ。そうすれば全てが丸く」

「……やだ」

「収ま――え?」


「……絶対忘れてやらないもん!」

「火凛!?」


 顔を真っ赤にしながら火凛はそう叫んだ。俺も白雪も目を丸くして火凛を見た。




 なんだ? どうして火凛は意固地になった?


 落ち着いていたはずの頭の中が真っ白になる。そのせいで白雪から手を離してしまった。


「じゃーさ、やればいいじゃん」

「……やるって何を?」

「カフェに決まってるでしょ」


 脳が全くと言っていいほど働かない。白雪の言葉の意味を理解するのにかなりの時間を要した。


「獅童君が経営やって火凛が料理。二人で接客やれば良くない? え、待ってこれ良くない?」


 その言葉に思わず妄想してしまった。


 俺と火凛がカフェで働いている姿を。


 それはまるで――いや、これ以上考えるのはだめだ。頭を振ってその妄想をかき消す。




「……夫婦みたい」


 しかし、火凛は軽々とその言葉を口にした。


「…………火凛?」


 火凛はあっと声を出して自分の口を両手で塞いだ。


 ボンッと音が立ちそうなほど顔が赤くなった。俺も思わず顔を手で隠してしまう。


 当然、嫌だとかそんなマイナスな感情は一切無い。それどころか、火凛の言葉に高揚してしまっていたから。


 それがバレないようにしたまでだ。出来ることならここから逃げ出したい。


「水音と……私が……」

 火凛がぶつぶつと何か言っているが、上手く耳に入って来なかった。


 すると、白雪はニヤニヤとしながら近づいて脇腹をつついてきた。


「ひゅーひゅー! 二人とも乗り気じゃん!」


 そうからかってくる白雪に自然と否定したい気持ちが出てきてしまう。別に白雪は間違ったことを……言っていないはずなのだが。


「待て待て。確かに……楽しそう……実現したら楽しいだろうが、色々問題があるだろ」


 ……俺達はただやってみたいとしか言っていないのだが、そう口にしてしまった。


 そこで話を終わらせておけば話が深堀りされる事も無かったのだと気づいてももう遅い。


「てゆーと?」

「……経営は最悪勉強でどうにかなるとしても、そもそもカフェを経営するための場所がない」


 俺は学生だ。金もバイト代ぐらいしか持っていないし、あったとしても不動産屋が場所を貸してくれるとは思えない。大学を卒業してすぐ、と言うのも難しいだろう。


 ……だめだ。変に話が拗れる。すぐにこの話題は終わらせよう。


「こういうのはツテでも無い限り現実的では」

「あるよ、ツテ」

「ない……え?」


 白雪は当然のようにそう言った。


「ま、そういうのは後にしよ、バターが溶けきっちゃう」

「いやいやいやいや、は? え? ある? 今あるって言ったのか?」

「あるよ。でもほら、熱くて美味しいうちに食べたいから。火凛もそろそろ戻ってきなー」


 白雪が火凛の肩に手を置いて揺らす。すると、次第に火凛の瞳の焦点が合ってきた。


「はれ? 私……」

「もー、火凛ってば獅童君との幸せな家庭生活をしてる妄想から戻ってきなって。火凛のパンケーキ食べたいの! 早く食べよ!」

「な、なんで分かって……! べ、別にそんな事考えて無いから! もー!」


 目の前で火凛と白雪がそんな会話を繰り広げる。下手に口を挟むと墓穴を掘りかねないので黙って見ていいた。



 ◆◆◆



「「ご馳走様でした」」

「はい、お粗末さま」


「いやー、めちゃくちゃ美味しかった」

「ああ。俺も料理はする方なんだが、火凛の作るパンケーキは美味いな。俺とは比べ物にならん」


 俺が普段作るのはもっと普通のパンケーキに蜂蜜やバターを掛けたもの。あんなに生地もふわふわに出来ない。


「そんな事ないよ」


 だが、火凛は即座にそれを否定した。


「水音のご飯もすっこく美味しいよ」

 そう、まっすぐ目を見つめながら火凛は微笑んだ。


「……ありがとう」


 そうだ。いつも火凛は美味しいと言って食べてくれるじゃないか。俺の言葉はそれを否定しようとしていた。


 無駄に自分を下げる行為はやめるべきだ。


「……あ、そうそう。さっき言ってたカフェなんだけどさ」

 どこか微妙な空気になりそうな所で白雪が話を戻す。


「私の親戚でさ、もう六十過ぎた人がカフェのマスターやってるの。奥さんはいるけど子供もいないし、あと何年かしたら店閉じるって言っててさ」

「じゃ、じゃあもしかして……」

「その人も二人で経営してるみたいだし、引継ぐまではバイトしながら経営についても教われると思うよ?」

「そんな都合のいい話が……」


 と、そこまで聞いて気がついた。


 そもそも、カフェについて火凛はどう思っているんだ?


「勝手に話を進ませてしまったが、そもそも火凛にも交友関係があるだろ。バイトの時間は取れないんじゃないか?」


 平日はともかくとして、休日はそこそこの頻度で遊びに行っていた。その間俺は家で本を読んだり妹に勉強を教えたりしている。


「……私は良いと思ってるよ? さっきは思わず言っちゃったけど、ちゃんと考えたら私も将来の夢も決まってないし。料理をするのも好きだよ」


 思っていたより肯定的な返事に驚く。すると、火凛が不安げに見つめてきた。


「そ、そうだよね、こんな短期間で決めることじゃない……ね」

「……その意見には賛成だ。しかし、俺もやってみたいと思っているぞ」


 将来何をやりたいか、と聞かれても俺はすぐに答えられない。大人になって中小企業に勤める。そんな人生も悪くないとは思う。


 しかも、今にも話している事は所詮、高校生の雑談の延長でしかない。不安要素はいくらでもある。失敗すれば多額の借金が残るだろうし、俺か、火凛。どちらかに恋人が出来ればそんな話も無くなるとは分かっている。


 だが、それでも。


「……火凛と働けたら楽しいだろうな」


 そう、一度でも思ってしまった。


「ならやれば良いんだよ! はい、決まり! その人白木さんって言うんだけど、めちゃくちゃ良い人だから! 話通しとくね!」


「いや、だが心構えとか諸々を……」


 火凛と働きたいからカフェを継ぎたいだなんて失礼極まりないだろう。そう思って火凛を見たが、ニコリと微笑まれた。


「だいじょーぶ! 任せとき!」


 そして、白雪も話を聞く様子は見せなかった。

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