第98話 水美の幸せ
昨日は投稿出来なくて申し訳ないです……
「……ふふ」
「どうしたんだ? 火凛」
火凛は俺の腕の中で笑っていた。思わず聞けば、火凛は俺を見て……微笑んだ。
暖かく、優しげな微笑み。その笑顔からは嬉しさがヒシヒシと伝わってくる。
だが、その唇から紡がれた言葉は随分と威力の高いものだった。
「さっきの言葉。プロポーズみたいだったなって」
「おまっ……えな」
言われてから自分が何を言葉にしたのか理解した。
『俺が、俺達が火凛を幸せにするからな。これからも……ずっと!』
……誰がどう聞いてもプロポーズじゃないか。しかも本気の奴だろこれ。
「……」
思わず黙り込んでしまい、かく必要の無いはずの冷や汗が垂れた。
「ふふ。分かってるから大丈夫だよ。水音」
火凛がそんな俺の頬を優しく撫でた。
「私も頑張るよ。忘れる……ううん。乗り越えられるように」
「……ああ。頑張ろうな。皆で」
そうして、俺達は微笑みあったのだった。
◆◆◆
「うん、やっぱり水美も料理のセンスはあると思うわよ」
「ほんとほんとー!? やったー!」
母さんは僕達に嘘はつかない。つまり、僕にも料理は出来るって事だ!
「バレンタインの時、水音にクッキーを作ったでしょ? あの時から思ってたわよ」
「そういえばあの時も褒めてくれたもんね!」
お母さんに頭を撫でられた。……そして、ふとお母さんが僕を見てくる。
「ねえ、水美。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「……? なになに? 何でも聞いて!」
そう言えば、お母さんは少しだけ躊躇った後に……口を開いた。
「水美はさ……辛くなかった? 水音達から聞いたのよね」
お母さんの言葉。僕はその言葉に疑問しか生まれなかった。
「どうして?」
そう言葉が漏れた。お母さんは驚いた表情をしている。
僕はお母さんの言葉をちゃんと理解した訳では無かったけど……言葉を続けた。
言葉にしないと伝わらないって言われてるから。
「そりゃ……僕も驚いたよ? でもさ。……その、大好きな兄さんと姉さんが僕が思ってたよりもっと仲良しでさ。大好きな人達がお互いも大好きなんだよ。嬉しくない訳が無いよ」
あの時……確か、僕が中学一年生の時。兄さんと姉さんが仲が悪くなったって聞いて……
悲しかった。
辛かった。
苦しくなった。
心が痛かった。
しかも、兄さんの笑顔がどんどん貼り付けた物になって……自分を取り繕えないぐらい傷ついて。それでも僕に優しくしてくれて。それが辛かった。
でも、姉さんが悪いとも思わなかった。だって、兄さんがこんなに辛い思いをしているって事は姉さんも同じ思いをしているって事だから。
だからこそ……仲直り出来たって聞いて、僕は嬉しくて泣いてしまった。
兄さんに抱きついて、嬉しくて泣いて、今まで僕がどれだけ不安だったのか。姉さんともう会えないんじゃないかって苦しくなって、兄さんがずっと辛い顔をするんじゃないかって。
その全てを兄さんに言って、それで兄さんも謝ってくれた。
もう姉さんと離れる事は無いから安心しろって言ってくれた。
だからこそ……二人の仲が良いって事は僕にとって嬉しい事だったんだ。
お母さんは、僕を見て……真面目な顔をした。
「……水美。一つ聞かせて欲しいの」
僕はお母さんの眼を見た。
「水音は……お母さんが知る限り一番かっこいい男の子よ。お父さんは別としてね」
「うん! 僕もそう思う!」
「そう……そうなのよね。水音は《かっこよすぎた》。……それで、水美。今の気持ちを聞かせて欲しいの」
お母さんから眼は離さない。なるべく気持ちが伝わるように。
「水美は将来、水音以外の男の子と結婚できると思う?」
……僕は思わず…………一瞬だけ、お母さんから眼を逸らしてしまった。
「……する、よ。大丈夫。ちゃんとする」
「水美」
お母さんが僕の頬を優しく包んだ。
「質問が悪かったわね。水音以外の男の子と結婚したい?」
……逃げられない。やっぱりお母さんを誤魔化す事は出来ない。
「…………したくない」
「そう……やっぱりね」
お母さんは僕にニコリと、微笑んでくれた。
「水美。世の中、結婚する事が女の幸せなんだとか言う人も居るわ。……お母さんも実際にお父さんと結婚して、水音と水美を産んで幸せよ」
「……うん」
お母さんの言葉に少しだけ……ほんの少しだけ辛くなる。
「でもね」
だけど、続きの言葉は予想していなかったものだった。
「全員が全員そうだとは思わないわ。世の中結婚して後悔した人も少なくないんだから。自分がそうだったから水美に結婚しろだなんて絶対に言わない」
「……え?」
お母さんの眼は……とても優しい眼をしていた。
「お母さんは水音と水美。二人が心から幸せだって思えるような未来を掴み取って欲しいと思ってるのよ。いいえ。お母さんもお父さんも、ね」
「おかあ……さん」
「もちろんこれから水美も心変わりをして好きな人が出来るかもしれない。それはそれで良い事だし、その時はお母さんに報告してね。一緒に喜ぶから」
僕は思わず深呼吸をした。荒ぶる心を落ち着けるように。
「お母さん。僕はね。しばらく人と付き合うとか、そんな事は出来ないと思ってるんだ」
「……理由を聞いても良いのかしら?」
「もちろん。……僕は兄さんと姉さんが大好きなんだ。……多分尊敬とは違う意味で。そんな気持ちを持ったまま他の人と付き合うってさ、とっても失礼な事だって思うんだ」
今まで誰かと付き合わなかった理由。その全てをお母さんに打ち明ける。
「……なるほどね」
「うん。僕もさ。努力はしたんだ。相手を好きになろうと、知ろうとする努力は。でも、相手が本気で自分を好きになってくれているのに、自分が相手の事を本気で好きになれなかった。それなのに付き合うのは間違っていると思うんだ」
お母さんは僕へ向かって微笑んでくれた。
「……うん。そうよね。とても良い考えだと思うわよ」
そして、お母さんは僕の頭を撫でてくれる。
「水美の想いは一般的に考えれば封印しておくべき事よ。でも、お母さんはね。水美には妥協した幸せを掴み取って欲しくないの。だから、何かあれば相談して。水音の説得でも、火凛ちゃんの説得でも手伝うわよ。……二人とも水美が大好きだから大丈夫だとは思うけどね」
お母さんの言葉に思わず涙が出そうになった。
「それと、誰かに何を言われても自分を曲げない事。……兄妹愛は倫理的に良くないって教えこまれているから、味方も多くないわ。でも、お母さんは応援するし、ずっと味方よ。誰かに押し付けられる幸せじゃなくて自分の幸せを掴み取りなさい。……子供を作るのは推奨しないけどね。障害を持った子供が産まれやすいって話だし」
ずっと、人に話しちゃいけない事だって分かってたから。だから、誰にも言えなかった。
……でも、お母さんは真剣に受け止めて、僕の幸せを考えてくれている。
「……お母さん。一つだけ。相談したい事があるんだ」
だからこそ、僕もお母さんに話したいと思った。
◆◆◆
「おかえり! 兄さん、姉さん!」
「ああ。水美。ずっとキッチンに居たのか」
先程通った時も母さんと二人でキッチンに居たのだが、今もキッチンでお鍋とにらめっこをしていた。
「うん! お母さんから色々とご飯の作り方教わってたんだ!」
「ああ。そうだったのか」
お鍋の中身はホワイトシチューだろう。良い香りが漂っている。
「あ、そうそう。火凛ちゃんのために別の料理も用意してるからね。シチューが入らなさそうなら食べといて」
「……あ、ありがとうございます!」
見れば、コンソメスープや鮭のムニエルなども用意しているらしい。
「あ、そうそう。水美が本格的に料理を習いたいらしいから二人も時間がある時に見てちょうだい」
「……そうなのか?」
水美を見ると、少し照れながら頬をかいている。
「え、えへへ……僕も料理がしたくなっちゃって」
「おお。やる気があるのは良い事だ。なら近いうち一緒に作ろう」
「わーい! 姉さんも一緒に作ろうね!」
「うん。作ろうね。一緒に」
火凛が水美の頭を撫でると、嬉しそうに目を細め……だらしなく頬を緩めた。
「よし、それじゃ一足先にご飯食べよっか」
「……父さんを待たなくて良いのか?」
「ええ。ご飯を食べてくる事になったって連絡もあったわ」
その言葉にふと、不安な気持ちが押し寄せてきた。
「……大丈夫なのか?」
思わずそう聞けば、母さんが笑った。そして、俺を見て微笑んだ。
「お父さんは大丈夫よ。『自分の妻と子供くらいは護れる父親になる』って言ってお母さんより強くなったし……いざとなればお父さんの友達が助けてくれるわよ。お父さんは人との繋がりを大事にしてるからね」
「…………なるほどな」
父さんなら言いそうな事だ。……よく考えてみれば、父さんは随分ガッチリした体つきをしている。見た目では分かりにくいが、着痩せしていると言えばいいのだろうか。ハグをされた時などは分かりやすい。筋肉の塊のような硬さだった。
「それじゃ、温めるだのなんだのしないといけないから三人とも座って待っときな」
「手伝うぞ、母さん」
しかし、母さんは俺達をリビングの方へ向かうよう肩を押してくる。
「良いから座ってなさい。料理は提供するまでがお母さんの仕事なんだから。水美も立ちっぱなしで疲れただろうし待ってなさい」
「はーい。行こ、兄さん、姉さん」
水美が俺と火凛と手を繋いでリビングへ向かおうとする。
俺は悩む暇も無く、そのまま水美に連れていかれたのだった。




