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第10話 これからの事


 帰りは水音と奏音と三人で帰っていた。奏音は遠慮していたんだけど、半ば無理やり連れて行くことにした。


 理由としてはこれだ。


「本当にごめんね」

「ううん。大丈夫だってば」


 奏音がひたすら謝っているのだ。学校にいる間はずっと辛そうな表情をしていた。家に連れていく事にした後、生徒の目が無くなった瞬間からずっと謝り続けていたのだ。


 何度も大丈夫だと伝えたのだけど、その顔は晴れない。


 もちろん、奏音が謝る理由は分かる。錦君を止められなかったからだろう。もしかしたら私が泣きそうになってたのもバレてるのかもしれない。


 だけど、奏音は一切悪い事をしていないのも分かってる。


 そもそも、奏音が謝る必要性は無いのだ。だけど、それを伝えるにはちょっと水音に色々やってもらわないといけない。


 ……仕方ないか。


「水音、ちょっと奏音と話したい事があるから、聞かないでいてね」

「ん? 分かった」


 水音はそう言って、イヤホンを取り出して耳につけた。

 そして、スマホを弄ったかと思えばギリ音漏れしているぐらいの大きさで曲を流し始めた。耳に悪そうだけど、今だけ我慢していて欲しい。


「火凛、念の為喋ってみてくれ」

「ん」


 何を喋ろうか。考えていると、脳裏にある言葉が過ぎった。


「私は水音が好きです」


「ああ。聞こえない。今くらいの音量なら喋って大丈夫だ」


 ……すごい。心臓がバクバクしてる。聞こえてなかったと聞いて思わず長く息を吐いてしまった。


「……火凛、何やってるの?」

 奏音が驚いて目を丸くしていた。それはそうだろう。私だってこんなにすんなりと言葉が出てくるとは思わなかった。


「今なら言える気がして」

「聞こえてたらどーすんのよ! もう、火凛ってば」


 奏音が怒ったようにそう言った。良かった。さっきみたいな雰囲気は無くなってる。


「白雪。今のは少し聞こえてたから気をつけてくれ」

「ああ、もう……分かったわよ」


 そして、奏音は怒った表情から呆れた目線を向けられるが、気にしない


 それほどまでに今の私は気分が高揚していたから。


「ふふ。本当に奏音が謝る必要は無いんだよ?」


 思わず笑みが漏れた。すると、奏音は不思議そうな顔で顔を見てきた。今やっと、私がお昼と今で雰囲気が変わった事に気づいたのだろう。


 私は怒っても無いし、悲しんでも無いのだ。


「水音が連れて行ってくれた後の事なんだけど――」


 部室に連れていかれた後のことを話した。


 水音が私の意思を汲んでくれた事。そして、私の料理が食べたいと言ってくれた事。


 ……思わず抱きしめてしまった事。一緒にご飯を食べた事。


 さすがにふぇ……こほん。口でしたとまでは言わなかったけど、それ以外の事を全て話した。


「――という訳でね、もっと水音の事が好きになっちゃったの」

「……はぁ」


 最後まで話を聞いた奏音は、深いため息を吐いた。


「つまり、結果的に水音が火凛の事を理解してくれているのが分かったから、私は罪悪感を感じなくてもいい……って事で合ってる?」

「そ!」


 話していて恥ずかしくもあるが、同時に嬉しくもなる。


「なんというか……獅童君には感謝しないとね」

「それは本当にそう思う」


 実際、もし水音があの時私を連れ出してくれなければ私は確実に泣き出しただろう。そうすれば、私だけで無く奏音を傷つける事にもなってしまったはず。


 ああ。だめだ。また()()が溢れてしまう。ニヤけそうになる顔を抑え、咳払いをした。


 そして、奏音にあと一つ言わなければいけない事を思い出した。


 一度、顔をもにもにとして真面目な表情にする。そして、奏音の目を見た。


「奏音、お願いがあるの」


 私の言葉に奏音の表情も凛々しくなった。奏音の真面目モードだ。


「なに? 私の出来ることならやるよ」

 そして、そんな頼もしい事まで言ってくれた。


「ありがとう。私ね、水音に全然恩を返せてないの」


 これは水音には相談出来ない事だ。そして、奏音以外に相談する事も出来ない。


「今日みたいに水音は色々私の事を見て、手を差し伸べてくれる。今まで、何度も何度も……数えきれないぐらい助けられてきたの。だけど、私はどうしたら水音が喜ぶのか、とかプレゼントとか分からなくて。今まであげたものは喜んでくれてたけど……」


 それでも、私が今まで水音から貰ったものに比べれば余りにも少ない。


「私、水音をもっと喜ばせたいの。でも、私じゃ全然思いつかなくて。それで、奏音に相談とか……他にも色々手伝って欲しいの」


 私は男の人は苦手だ。だから、今の流行とか、一般的に何が好きなのかとか全然分からない。ネットで調べても数が多すぎて余計に分からなくなってしまった。


 奏音も男の人が得意と言うわけでは無い。だけど、色んな人から彼氏の話とか聞いてるみたいだから。


 奏音は私の言葉を聞いて、ニカッと太陽のように笑った。


「ふふ。何を相談されるかと思ったら。もちろん! 親友の頼みならそれぐらいどうって事ないよ!」


 そう言って、奏音は胸を叩いた。その頼もしい言葉に私も笑顔になった。


 その後水音のイヤホンを外して、三人でお喋りをしながら家へと向かう。


 奏音が友人……親友で本当に良かった。



 ◆◆◆


 今現在、三人で火凛の部屋へと来ていた。荷物を端に置くと、火凛に手を引かれた。


「水音は座ってて良いからね」

「良いのか? 別に手伝っても……うおっ」

「良いから水音は待ってて。奏音も暇しちゃうし」


 強引に引っ張られて倒れそうになったが、火凛が体全体を使って受け止めてくれた。柔らかい。


「今日は私が美味しいの作るから」


 火凛はそう言って立ち上がり、とてとてと歩いて部屋を出ていった。



「……なんなんだ? 今日は」

「あはは。ちょっとテンション高めなんだよね、今日の火凛」


 呆然としていると、白雪からそう声を掛けられる。


「……まあいいか、俺も楽ができるし」


 大人しく小さなテーブルの前に座る。すると、対面に白雪が座った。



 すると、白雪は一度大きく深呼吸をした。何か話したい事でもあるのだろうか。話しやすくなるよう、俺も体勢を整えた。


 白雪は少し緊張しながら口を開いた。


「……今日さ。ごめんね、半治のこと止められなくて」


 半治……?



 ああ、あのチャラ男か。そういえば、あの時白雪が連れて行ってくれてたな。


「白雪が謝る必要は一切ない。というかお礼をいいたいぐらいだ。あの時は外に連れ出してくれてありがとうな」

「う、ううん。二人に協力するって言ったから……でも、丁度いいタイミングで邪魔しちゃってごめん」


 そういえば、帰りも白雪はこんな表情をしていたな。火凛と話した後は幾分かマシになっていたが。あの時もこの事を話していたのだろうか。


「白雪は悪くないだろ。悪いのはあのチャラ男……いや、一概にあの男が悪いとも言えないが」


 あのチャラ男も火凛の事が好きなのだろう。……なら、俺はそのジャマをしている事になるのだから。


「実際あのチャラ男の気持ちも分からん訳ではないしな。……火凛は可愛いから」

「あはは。やっぱさ。獅童君は独占欲とかあっちゃうの?」

 ふと、白雪にそんな事を聞かれた。その質問に俺は考え込んでしまう。


「……無い、とは言いきれないな。俺と火凛はただのセフレだとは分かっている。……だが、もし火凛が……いや、なんでもない。気持ち悪い事を言いそうになった」


 別に、セフレが一人とは限らない。


 物であろうと、人であろうが飽きれば別の所で気分転換をする。好奇心などもあるだろう。もし火凛が俺以外とそういう行為をしていたとしても、俺が咎める筋合いは無い。


 そう、無いのだ。


 彼氏でもない癖に、俺は何を言おうとしていたんだ。



 そう自戒していた時だった。


「――してないよ」

「ん?」


「火凛は獅童君以外の誰ともしてないよ。断言出来る」


 顔を上げると白雪が、じっとこちらを見ていた。心の底まで見透かされるようなほどまっすぐな眼。


「……そうか。気を悪くしたのならすまなかった」


 親友を悪く言われるのはあちらも嫌だっただろう。頭を下げると、白雪は慌てた様子を見せた。


「や、違くて。獅童君に悪気があったとか思ってないし。何なら獅童君が不安になるのもおかしくないなって思ってるし。実際火凛は可愛いもんね。でも、火凛がするのは、これまでもこれからも獅童君だけだって私は言いたかっただけ――」





「何を話してるのかな? 奏音」





 ふと、背筋に嫌な汗をかいた。


 振り向くと、包丁を持った火凛が。あ、久しぶりのエプロン姿だ。可愛い。


「ひっ」

「奏音? ちょっとこっちに来ようか」


 火凛が包丁を持つ手とは逆の手で手招きをする。


「ご、ご勘弁を」

「ふふ。水音に余計な事は吹き込まないでよ? 次はないからね」


 俺が注意された訳でも無いのに、ゾクリと背筋に冷たいものが走る。決して火凛は怒らせないようにしようと心に誓った。


「それじゃ、今から持ってくるから待っててね」


 そう言って戻ろうとする火凛に一声掛ける。


「火凛。次からは包丁を持って歩くな。危ないだろ。階段もあるんだから、せめてケースに入れるかカバーに入れてくれ」


 転んで刺さったりしては危ない。普通に見ていてヒヤヒヤするし、心臓に悪い。


「はーい」


 そう注意したからか、火凛はゆっくりと歩いて戻って行った。



「……ふぅ。怖かった。私から言えるのはこれぐらいかな。あんまり言うと火凛に怒られちゃうし」

「そうか……少しは気が楽になった、ありがとう」


 しかし、自分の浅ましさが目立ってしまった。


 俺は火凛にとって都合のいい男であり続けたいのだ。あまり深く考えすぎるな。火凛が色々と自由に出来るように動かなければ。


「いーのいーの、当然の事だから。火凛の親友として……獅童君の友達として、ね?」


 白雪の言葉に思わず目が丸くなった。そうだった。


「友達……だったな」


 俺の交友関係はかなり狭い。学校で多少喋る相手は居るが、それ以上……休日に遊びに行く相手ともなれば火凛ぐらいしか居ないだろう。


「そ、火凛の好きな物とかプレゼントする時とかさ。一人ぐらい相談出来る友達が居た方がいいっしょ?」

「確かに良いな」


 今まで、誕生日やクリスマスに何度もプレゼントはした事があるが、不安だったのだ。


「今まではぬいぐるみとかハンドクリームぐらいしか用意できてなかったからな」

「私が居ればアクセサリーとかも選べるね! 他にも流行の服とかさ!」




 そうして白雪と話している時、扉がカチャリと開いた。

誤字報告があったのでこの場を借りてお礼の言葉を申し上げます。ありがとうございます。


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