51:酒場の噂
それから、各自で選んだ魔道具の操作や、改良点を話して過ごし、ふとクロが外を見てみれば、日がとっぷりと暮れていた。
「姫様方。外は暗く、この時間から宿探しは困難かと存じます。この二階に使っていない部屋がたくさんあるので、今日は泊まっていきなされ」
「ん。わたしたちも、いいの?」
「ええ、構いませんとも。こんなに賑やかなのは久しぶりで、ワタシも嬉しく感じていますし、その相手がまさか別れの言葉も残せぬまま去られた姫様であるとは⋯⋯感慨無量とはこの事でございます」
「それじゃあ、お言葉に甘えようか。彼との魔道具議論はとても有意義なものだからね」
と、満足げに語るネメアにクロとイリスは目を合わせて肩を竦めた。
「ん。好きにさせたらいい」
「だね。あの場にいてもついていけないし⋯⋯折角の再会だもんね。邪魔しちゃ悪いか」
と、未だに議論を繰り広げている二人を尻目に、クロが二階へと繋がる階段を踏み締めたそのとき、ネメアから声が上がる。
「あぁ、クロ君。その首から下げた魔道具なんだけど、まだ少しボクに貸してくれないかな?」
と、すっかり首元にあるソレの存在を忘れていたクロは二つ返事で了承の意を返し、代わりに、とやや重みのあるズダ袋が投げ返された。
「そこにシャム爺のお気に入りの店が書いてあるメモが入っているよ。良かったらそこで食事を済ませてくるといい」
投げられたズダ袋を開けてみれば、そこには確かに街の地図らしき物が描かれた紙が入っており、現在地からさほど遠くない場所に目的の場所があるようだ。
「それじゃ、この魔道具はネメアに預けておくよ」
桃色のチャームがついた首飾りを渡したクロは既に食事を催促する腹に手を当てて身を翻した。
「それじゃあ、改造を始めようか」
直後、扉の向こう側から不穏な声が聞こえた気がしたが、どうする事もできないと悟り、クロは静かにシャムの魔道具店を出た。
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クロが店を出てから少し街の様子を楽しむように歩いていると、薄暗い路地から一転して鮮やかな光に包まれた豪華な通りに出た。
「夜だと雰囲気が違うねぇ。なんだかオトナな気分⋯⋯?」
「クロ。見すぎ」
あちらこちらに光る薄桃色の看板に目を向けたクロはむに、と頬をつねられて我に帰る。
「ふぁい。けど、イリスはあれが何の店かわかるの? 私はエルフの文字は読めなくてさ。それに、あんな派手な魔法文字で看板の文字なんて珍しくてつい、ね?」
「夜の店、クロには早い」
「え、イリスはエルフの文字読めるんだ。それにしても、夜のお店ねぇ⋯⋯」
「ん。よそ見、厳禁な」
そう呟いたイリスはクロの尻尾に自身の尻尾を絡み付かせ、手を握る。
「んひっ! ちょっと、イリス?」
「へーき。これ、誰にも見えない」
クロはイリスの腰に差している幻影の杖の存在を思い出し、あぁ、と目を細めた。
「それじゃあ遠慮なく⋯⋯」
夜の風に紛れるように手と尻尾を絡めあい街を練り歩く二人は、次々と現れる勧誘を跳ね除けた末にシャムの描いた地図通りの店へと辿り着いた。
「もっとひっそりしたお店が好きなタイプに見えたけど⋯⋯私たちに合わせて紹介してくれたのかな?」
そう呟いたクロの視線の先には、老若男女問わず木製のジャッキを掲げて喧騒を生み出すエルフの姿と、忙しそうに駆け回る給仕の姿が窓からチラリと見えていた。
「ん。限界」
ポツリと聞こえた声に耳を傾けて隣を見れば、イリスの口元からは涎が滝のように溢れ出していた。
「あぁうん。最近は携帯食ばっかりだったもんね。早く入ろうか」
重い木扉を開けると、外へ漏れ出していたよりも一層大きな喧騒が二人を包み、たまらずクロは耳を畳んだ。
「クロ」
しかめ面を浮かべたクロにの髪を括っているリボンへ自身の尻尾を巻き付けて魔力を流し込んだイリスは、クロの表情が和らいだことに安堵の息を漏らす。
「楽になったよ、ありがとう。イリスは賢いね」
「ん。どういたしまして」
などと言い合っているうちに二人の空間に見入っていた店員が慌てて駆けつけ、向かい合うようにクロとイリスは空いている席へと通された。
「当店は初めてのご利用でしょうか?」
「ええ。シャム、という魔道具を製作している方から紹介を受けて⋯⋯」
「えっ! シャムさんと知り合いなんですか! 実はウチのお店も彼にはとてもお世話になってまして⋯⋯この床も彼の開発した文字列を埋めているんですよ!」
と、金色の髪を振り乱し鼻息荒くまるで地団駄を踏むように足元へと注目を集めた店員に、クロは面食らいながらも足元の木床に目を向ければ、確かに節目に魔法文字が薄らと刻まれていた。
「あの人にはどうお礼をしたらいいか⋯⋯親しいのでしたらよろしく伝えておいてください。あ、その呼び鈴ですぐに参りますので、ご注文が決まりましたらお呼びください」
と言い残して忙しなく去って行った店員の後ろ姿を見届け、クロは椅子の背もたれに身を預け、周囲の声をゆっくりと遮断していく。
その過程で、セレス、という言葉が不意に耳に飛び込み、クロはギクリ、と背中を伸ばして耳を澄ませる。
「怖いよなぁ。瘴気を纏う女だってさ。まさか結界を潜り抜けて街中にまで入って来るなんてなぁ」
どうやらクロの背中側に居る向かい合って座る男達の会話から、その言葉は飛び出したようだ、とクロは高鳴る胸を押さえて手元の水に口をつける。
「しかしよくセレス様も無事だったよな。城に忍び込まれるまで気付かなかったなんて、騎士共は平和ボケでもしたか?」
「いやいや、擬態する魔物は何種類か知ってるが、今回のはかなり特殊らしくて、言葉まで喋るらしいぞ。後の特徴はそうだな⋯⋯あぁ。黒い瞳に黒い髪、それと髪に飾りがついてたって聞いたぜ。まあ、その特徴ならすぐに捕まるだろ」
二人の会話から現状を薄らと把握したクロはすぐさまテーブルに敷かれていたクロスを空へと舞い上げ被る。
「イリス!」
「ん。一大事」
イリスは腰から下げた幻影の杖に手を触れてクロの頭に触れる。
クロの夜を思わせるような艶やかな黒い髪は一瞬にして周囲のエルフ達同様、金色の髪へと変わる。
何事かと視線を静まり返った周囲に対し、クロは立ち上がり、頭を下げて口を開く。
「フォークを落として気が動転しちゃいました⋯⋯お騒がせしました!」
てへ、と小さく舌を出して見せれば、先ほどの喧騒の倍はあろうかという宴が始まり、クロは安堵の息を漏らす。
「く⋯⋯屈辱⋯⋯」
「ん。クロ。可愛かった」
うっとりと自身の手元のスマホを眺めるイリスに、クロは何も言い返す事ができなかった。




