47:逆行傲慢のセレス
「セレス様から話は聞いている。着いてくるといい」
軽装に身を包んだ騎士たちに銃を突きつけられながらも、巨大な門へと足を踏み入れたクロは、その様子に圧倒された様子であんぐりと口を開いた。
「はえぇ。こんなフカフカのカーペットも初めて踏んだかも」
絢爛豪華な装飾を施された城内を物珍しそうに眺めて歩いていたクロはふと、足元の柔らかな感触に足を止める。
「そうだね。この敷物は耐火耐熱はもちろん、防刃性も抜群で、簡単にはへたらないのさ。というのも、元々この城はエルンのプロトタイプとして⋯⋯」
ネメアが語りかけた途端、彼女の額に真っ黒な銃口が突きつけられた。
「何を語っている! 無駄口を叩いていないでキビキビ歩け! ふん。貴様は我々エルフから追放を受けた身。この地を踏む権利すらないのだからな。ルルア様を置いてさっさと蛮国へ帰るがいい」
「アストラーダの人々を蛮族だと言うのかい?⋯⋯キミこそ、その武器の出所を知っているのかい? これは元々ボクがイノリ君と共に作り上げた物だ。こんな愚かな脅しに使うためじゃない!」
ネメアはパチンと指を鳴らすと、銃にかかる重力を増加させ、騎士は突然のことに手放したそれは暴言を吐いた彼の爪先に直撃する。
「き、貴様ぁ!」
「ね、ネメア。撃たれちゃうから⋯⋯」
「大丈夫だよ。こちらには人質がいるからね。こうして背中を負けている間、ボクたちは無敵さ」
顔を真っ赤に染めた騎士の男から逃げるように走り出したネメアの背中を追って、クロとイリスはひたすら走り階段を登り続け、ついにこれでもかと華美で過激な装飾の施された扉の前にたどり着いた。
「ボクが追い出される前にはこんな装飾過多な扉じゃなかったんだけどね」
ネメアが扉の取手に指先で触れると、扉は重厚な音をたててひとりでに開く。
「やぁ。権力の上に胡座をかいて“切り札”を無くした気分はどうだい?」
「ふん。もうすぐ用済みになる予定だったのモノを今更返されてもねぇ。まぁ取り敢えずお前の言う主張を一通り聞いてやろうじゃないか」
ネメアが大仰に腕を振りつつ歩みを進めると、周囲の騎士が腰に差していた銃を引き抜こうとするが、セレスはパン!と手を叩いて制した。
「おや、随分とご慈悲を見せてくれるんだね。それじゃあ遠慮なく⋯⋯と言いたいところだけれど、一つ確認させてもらえるかな」
そう言ってネメアはなおも歩みを止めず、数段階段を登った先にある玉座を睨みつける。
視線の先にはネメアを一回り小さくした程度の身長とは裏腹に、妖艶かつ勝ち誇った笑みを浮かべる幼女が嵩上げのための台座に脚を乗せ座っていた。
「キミの言う“鍵”はまだ不完全なんだろう?⋯⋯あぁ。今の反応で大体分かったからね。この質問には答えなくてもいいよ。ただキミの余裕の表情が曇る愉快な様を見られたからね」
セレスは余裕という言葉を体現するような笑みとは一転。怒りを露わに真っ赤な顔を押さえた次の瞬間、血走った双眸がネメアを睨みつける。
「全てはお前が悪戯に成果を焼き払ったせいじゃないかい! あの研究にどれほどの金と時間とヒトを費やしたと思ってる!」
玉座に響き渡る罵声と猛り狂った舌足らずな声に、クロとイリスはどこか涼しい顔を浮かべ、顔を見合わせ笑い合う。
「なんか、毎回玉座で怒声を聞いてる気がする⋯⋯」
ボソリと呟いたクロにつられるように肩をすくめたネメアはため息を吐いて更に一歩前進。
「やれやれ、キミのいつも言うエルフの誇りとやらはどこへ行ったんだい? そんなにみっともなくはしゃいでいると、また重ねる時間を逆行して、今度こそ赤ん坊レベルまで縮んでしまうよ。まあ、その方が国のためだからボクは止めないけれどね。永遠の命なんていう愚かな思想に魅入られた先で、今度はこんな無様を晒しているのは愉快としか言い様がないからね」
ネメアの煽るような口ぶりにさらに激昂したセレスは顔を朱色に染めてブルブルと肩を震わせる。
「お前に何がわかると⋯⋯! 我らエルフがどれほどの苦境「立たされたことか!」
「うん。そんな半端な言葉を口にするからどうしようもない末路に⋯⋯と、すまないね、クロ君。つい熱くなってしまったよ。ありがとう」
袖を引かれる感触にハッと我に返ったネメアは、首をぶんぶんと横に振ってセレスに再び視線を向ける。
「いけない。話が逸れて行くところだったよ。それで、ボクからの要求だけれど、この城の地下にあるボクの研究施設を少しの間貸して欲しい」
セレスは顔から表情が抜け落ちたように硬直して暫く経ち、フン、と鼻で笑って一蹴する。
「アレは今やこの国の全てと言っても過言ではない。お前みたいに凶悪な者を入れてたまるものかッ!」
「そうかい。それじゃあこの話はここまでだね。ルルアはボクが連れて行くよ」
「ならぬ!その子は我らが悲願のための宝!返してもらう!」
終始怒声を轟かせていたセレスは腕を振り上げると、脇に控えていた騎士達が腰に差していた長銃を引き抜いてクロ達に向ける。
「要望が通らなければ暴力に訴えるのかい? ハハッ。精神まで幼児レベルまで落ちているじゃないか」
ネメアが大仰に腕を広げ、指をパチンと鳴らした途端、騎士達の銃口から爆炎が上がり、彼らは一斉にそれぞれの武器を取り落とした。
「ボクが開発した武器の心得がないほど間抜けに見えたのかい? まあ、欲に溺れてそんな事もわからなくなる程に頭に血が昇っている相手とはお話にもならないようだからね。三日後、またここに来るから、それまでに答えを出しておいておくれよ。セレス様」
ネメアは倒れ伏す騎士達に目もくれず、足早に謁見の間を後にすると、クロとイリスもそれに倣って退室する。
「良かったの? あんな風に煽ったまま帰ってきちゃって⋯⋯」
暫く歩き続けて城を後にしたクロは、前を行くネメアに声をかける。
「ん?ああ。問題ないさ。彼女が条件を飲めばキミの魔石は元通り。飲まなければ別の手段を考えるさ。とにかく今は、選択肢を与える事の方が大事だよ。ふふ。焦って最も愚かな判断をしないといいけれどね」
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ネメアの背中を見送ったセレスは、玉座にもたれかかりため息を吐いていた。
「あいつ⋯⋯手ぶらのくせに色々と準備してきているじゃないかッ!クソッ!どっちを選べば⋯⋯」
セレスの頭の中では二つの未来が浮かんでいた。
一つはこのままネメアの要求を飲んで研究室をネメアへ明け渡す事。しかしそれをすれば、国自体を揺るがしかねない事実に即座に却下する。
二つ目はネメアの要求を棄却してネメアを退ける事。しかしそれをすれば、後に待つのは終わりの見えない研究の日々だ。
状況はまさに今───────
「ヨホホ!ずいぶんと絶望ですねぇ!」
一人の男によって変えられようとしていた。