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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
後章:崩壊境界のスターブレイク編
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38:守った物の価値


 クロは頭につけた薄紅色の可愛いリボンを手で弄びながら、腕を物凄い力で締め付けて離さないイリスに視線を向ける。


 「あ、あのさイリス? 確かに私達は正式に想いも確認し合えたし、あの国王様にも認めてもらったけど⋯⋯まだ私たちには早いんじゃないかな?」


 「余裕。クロ、どれがいい?」


 イリスは少し屈んでメニューとにらめっこを始めると、手持ち無沙汰となったクロは顔を上げて再三に渡るため息を吐く。


 大通りに面したそこそこに大きな喫茶店は数多の客が押し寄せていた。


 見渡す限りカップルに囲まれたオシャレ空間に、引き攣りそうになる顔を押さえたクロはポツリと呟く。


 「そういえばさっき、ギルドを見つけたな〜。ほら、私達の持ってるお金にも限りはあるわけで⋯⋯ッ!」


 びゅん!と空を裂く音に反応し、放られた茶色のズダ袋を掴むと、手の中からジャラ、という金属の擦れる鈍い音がした。


 「うっわ、全部金貨? どうしたのコレ」


 「ネメアから。スライムの魔石、お金になるって」


 町中の魔力を吸い込むだけのスライムから採れた魔石は相当の価値があるだろう、とクロは納得顔で頷いた。


 「だから、早くいこ」


 イリスはクロの腕を掴み、店の扉を引いて中へと入る。


 ドアに括られたベルが小気味良い音を奏でると、店の奥から鈴を転がすような声が聞こえる。


 「え、すごい。本物だぁ」


 水色のエプロンドレスに身を包んだ給仕係(ウェイトレス)たちがせっせと料理を運ぶ姿があり、彼女たちの頭の上には兎の耳がピンと天に向かって伸びていた。


 「ん。ここ、制服が可愛い」


 ふんす、と鼻を鳴らしたイリスはクロの腕を取って、従業員の指示に従い通された席で、早速イリスはメニューを指差す。


 「これ」


 メニューを読んでも分からないクロは、その選択をイリスに任せて周囲を見渡して呟いた。


 「それにしても、随分カップルが多いんだね」


 「ん。カップル限定メニュー。多い。性別不問」


 なるほど、と頷いて手元の水に口をつけたクロは、眉を顰めた。


 「あれ、その言い方だとイリス、ここに来たことあるの?」


 「ん。シャルと一回だけ」


 「へ、へぇ〜。ちなみに、その時に注文したのはカップル限定メニューだったのかな?」


 クロの乱れた感情を顕すかのように、彼女の指先から赤黒いモヤがコップへと滲み出し、水を染めていた。


 「ん〜。ひ、み、つ」


 と、唇に人差し指を当てて片目をパチリと閉じたイリスに、クロの左目が暗く淀んだ。


 「ごめん。嘘。だからソレ仕舞って」


 ソレ、と指差された視線の先を見てみると、左手に持ったグラスからは天へ向けて細長く赤黒いモヤが立ち昇っていた。


 「うっ、わぁ!?」


 クロは左腕を右手で掴みゆっくりと抑え込むと、瘴気のようなモヤは空気に溶けて消えた。


 「ごめん。今、不安定なのに」


 しゅん、と肩を落とすイリスの頭を右手で撫でたクロは、ゆっくりと首を横に振る。


 「大丈夫。コレは絶対に制御してみせるから」


 手の甲に残った黒いアザを見つめた後、平気と言わんばかりに叩いて揺れるクロの胸を眺め、イリスは少し頬を朱に染めて目を逸らす。


 「無茶、しすぎだよ」


 「けど、イリスが居る。だから私は()になっても生きていられるし、また戦えるんだと思う」


 「⋯⋯ずるい。そんな事言われたら⋯⋯」


 「あ、あの、失礼します!当店では“番ドリンク”をご注文をいただいた場合は、コレをお二人同時に召し上がって頂く規則でして⋯⋯」


 動かず見つめ合ったままの二人は、遠慮がちに差し出されたグラスと料理によって現実へと引き戻された。


 「え、コレを?」


 給仕係の女の子は兎耳がへし折れんばかりにブンブンと首を縦に振ると、クロはゴクリと生唾を飲み込んだ。


 クロは再び卓上のグラスに目を向ける。


 容器の大きさはそこそこあり、なみなみと注がれた桃色の液体からは甘い香りが放たれていた。十分に一般的な飲み物とは一線を画していたが、更に目を引いたのは植物の茎を利用して作られたストローだった。


 植物の特有のしなりを見せた二本のストローは折れることなく、中間あたりでハートの形を描き片側をクロへ、もう片方をイリスへと向けていた。


 「クロ?」


 「あぁごめん。少しボーっとしてた」


 躊躇いを見せていたクロだったが、周囲の熱に浮かされたのか、ドキドキと早鐘を打つ鼓動を押さえながら、ストローへと口をつける。


 鼻同士が触れそうになる程の至近距離で頬を赤く染めるイリスに、クロの鼓動は更に加速する。


 獣人の舌には甘すぎるほど甘い飲料は、その味を二人の舌へと感じさせる間もなく飲み下された。


 「ぷぁ⋯⋯キスよりドキドキしたかも」


 「ホント?」


 そう首を傾げたイリスはクロの頭をぐいと引き寄せて唇を重ね合わせる。


 まぁ、と両手を口の前に広げて見守る店員に目もくれず、たっぷりと十秒をかけて二人だけの空間が出来上がる。


 「ん、甘い」


 「ふへへぇ」


 兎耳の少女は甘い空間に当てられた様子で二人の姿を眺めると、途端に彼女の足元から小さな光が湧き出すように空へと立ち昇る。


 あの甘さを堪能するように自身の唇をペロリと舐めたイリスと、顔を真っ赤にして茫然としていたクロは共に、傍にから昇る光を見てギョッと肩を跳ねた。


 「⋯⋯失礼致しました。我々兎の獣人は周囲に広がる幸せな感情を取り込み、可視化、凝固する事ができるのです」


 コレを、と差し出された手のひらを見ると、その小さな手には収まりきらないほどのゴツゴツとした鉱石が握られていた。


 「私たちはこれを“幸石”と呼んでいます。幾人もの幸せエネルギーを注ぎ込んだコレは、瘴気を鎮める力と圧倒的な強度を誇るのです」


 へぇ、と相槌を打って手のひらの上にある石を眺めてみると、確かに魔力とも瘴気とも違う、暖かな力を感じた。


 「こちらを、差し上げます!」


 「う、受け取れないですよ、私達⋯⋯」


 と、拒もうとしたイリスとクロは頭をかばりと抱えられ、耳元に甘い吐息が通り過ぎる。


 「この街を、ありがとうございました。英雄様方。これはちょっとしたお礼です。それと、お会計は結構ですので」


 と、小声で囁きながら二人の手に幸石を握らせると、兎耳の少女は「ごゆっくり」と頭を下げて足早に去っていった。


 まるで嵐のようだ、と同じ感想を抱いた二人は顔を見合わせると、クスりと笑う。


 「まるで嵐みたいだね」


 と、クロが笑いかけ、イリスが前にもこんな事あったよね、と切り出してからは会話が盛り上がり、卓上の料理が綺麗になる頃には、すっかり満足げな二人の姿があった。


 「クロ。こっちに来て」


 ズダ袋から金貨を一枚取り出して机の上に置いたイリスは、クロの腕を取って店を出ると、再び賑やかな大通りを通って真っ直ぐ天を突く王城へと足を踏み出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 警備にあたっていた人々はイリスの顔を見るや敬礼を繰り出して城内へと通され、玉座のあった方とは別の塔の階段を登っていく。


 魔力で身体能力を強化できないクロは、涼しい顔をしたイリスとは対照的に、汗ばんだシャツを摘んでパタパタと扇いでいた。


 「はぁ、はぁ。最近魔力に頼りっきりだったから、いい訓練には⋯⋯わぁ」


 イリスの視線の先には、先ほど歩いてきた大通りと、破壊された家屋を建て直す獣人たちの姿が無数に広がっていた。


 「聞こえる?復興の音だよ」


 クロの髪を括っていたリボンを解き、イリスはゆっくりとクロの指と自身のそれを絡め合わせる。


 クロの耳には金槌を振り下ろす音がとイリスの甘い声が響く。


 「クロ。この街を、皆を、ありがとう」


 重ね合わされた唇は、仄かではあるが、確かな熱を帯びていた。

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