35:執着の終着
『バカな!あり得ない!ボクがこんな所でエェェ!』
両翼は既にひしゃげ、大空を自由に飛ぶメイメツを睨みつけたアルマは、怒号と共に湧き上がる怒りの感情に身を任せ、正瘴気を次々と取り込む。
『誰かと手を取り合う事もしないで⋯⋯全部を自分の思い通りに作り変えるなんて間違ってる! それを今、証明してやる!』
『ふざけるナ! 僕は全てを超えて完全なるチカラを手に入れたんダ!下等生物は⋯⋯黙っていロ!』
抱えた頭を振ったアルマの指先から無数のスライムが解き放たれ、その一体一体に魔法を込められた弾丸としてメイメツに襲い掛かる。
『私は、誰かと共に歩もうとする姿は弱いとは思わない!』
メイメツの腕から瘴気が噴き出し、眼前を煙幕のように覆う。
『今更⋯⋯その場凌ぎの目眩しデ⋯⋯エ?』
腕を振るって風圧で瘴気を振り払ったアルマは目を剥いた。眼前には放ったはずのスライム達があったからだ。
弾丸というより、最早魔法を仕込んだ爆弾と化した臨界状態のスライム達は、周囲の魔力を取り込んで暴発する。
雨あられと降り注ぐ魔法の塊を受け、思わず唸りながら顔を覆い隠したアルマは、迫り来るメイメツの腕に気が付かなかった。
『ぐっ!⋯⋯おおおおおおおお!』
再び顔面を殴られて勢い良く地面を転がった虚瘴機兵は街の周囲を囲っていた城壁をぶち抜いて外の草原へと放り出された。
『アイツの力を借りるのは癪だが⋯⋯この僕に土をつけさせた事⋯⋯後悔させてやル!』
虚瘴機兵が腕を縦に振るうと空間に真っ黒な影でできた裂け目が発生し、躊躇いもなく巨腕を突っ込むと、中から無数の封玉を取り出して握りつぶす。
内側から湧き出た瘴気は傷だらけの虚瘴機兵をあっという間に覆い隠した。
『モットダ⋯⋯モット強ク! モウ誰ニモ奪ワセナイ! ⋯⋯ガアッ!』
許容量を遥かに上回る量の瘴気を取り込んだアルマは、アルマの乗る虚瘴機兵はメキメキと軋みを上げて彼の僅かに残った理性すらも飲み込んだ。
その様相はみるみるうちに変貌していき、赤黒いモヤは既にメイメツの何倍にも膨れ上がっていた。
夢幻機兵の中では平均的な大きさのメイメツではあるが、より強大にして強靭、そして巨大になったアルマを見上げてクロは冷や汗を指で拭った。
「全身がビリビリする位のプレッシャーだ⋯⋯どうや。見掛け倒しじゃないな⋯⋯」
「クロ。ちから、貸す」
震えるクロの頬を両家で包み、唇を重ねたイリスから魔力が吹き出したり
「イリス、ありがとう。⋯⋯これなら見える!」
瞬間。メイメツの眼が輝き、周囲数キロに渡って魔力の波動を可視化したクロは、巨大な虚瘴機兵に取り込まれたアルマの位置を見つけ出し、クロガネを振り上げる。
空中でなおも勢いを増す全霊を込めた冷気を纏う黄金の斬撃は、アルマの左胸をあっさりと切り裂いた。
徐々に光が収まり、薄らと開けた瞳でその巨体を見上げたクロはあまりの光景に目を見開く。
「な、無傷ッ!? いや、斬った瞬間は見たんだ。つまり⋯⋯」
「ん。超速再生」
「けど、アイツの位置は捉えてたはずなのに⋯⋯ッ!」
虚瘴機兵の胸部には見覚えのある五芒星が浮かび上がっていた。
「“咲星眼”⋯⋯それに、マリスの“影”か。やり難いな⋯⋯ッ!」
クロが一度呼吸を整えて戦況を分析していると、アルマの体から赤黒いモヤが噴射され、次の瞬間クロの視界から一瞬にして消え去った。
「なにっ!」
クロは咄嗟に魔力の探索網を周囲へと張って上を見上げると、上空から真っ暗な雲にも見える巨大な脚が迫っていた。
メイメツは短距離の転移を繰り返して巨足をすり抜け、アルマの反応が見られる虚瘴機兵の右胸へと飛び上がった。
「あー。うん、なるほど。私の転移までか⋯⋯」
右肩、左足、頭、腹部と、次々と転移を繰り返して場所を変えるアルマに、メイメツは両手で握ったクロガネを振り上げ、再び黄金の斬撃を放つ。
しかし、アルマは超高速の明滅を幾度も繰り返して全ての斬撃を見切り躱すと、拳を虚空に向かって振る。
クロが目を凝らすと、その巨大な腕は肘から先が無くなっていることに気がついた。
「クソッ!」
背後から近付く拳に、クロもまた転移を使用して空を駆けて避ける。
拳とマリスの影魔法も織り交ぜた連撃を躱しながら、赤黒い空を彩るような軌跡を残すメイメツとは裏腹に、クロは苦悶の表情を浮かべていた。
「斬っても直る。弱点も移動する。未来を見る。こんなのどうすれば⋯⋯」
「でも、負けられない!」
いよいよ仕留めようと決意したのか、アルマの数十メートルという巨体の周囲には、数多のスライム達が放出され、その一体一体に魔法文字が刻まれていた。
『この瞬間を⋯⋯待ってたのぉぉぉぉ!』
舌足らずな声が響いたその瞬間、赤黒い空を切り裂くような真っ赤な軌跡が刻まれると、アルマの背中で何十回にも及ぶ爆発が起き、瘴気でできた強靭な体に穴を穿つ。
更に通常の何倍もあるレミの浄化の歌が響き渡り、瘴気を取り込めなかったスライム達は形を崩し、ボトボトと地面に虚しく吸い込まれていった。
『不覚にも取り逃してしまうたわい。じゃがホレ。土産はもぎ取ってきたのじゃ』
バチバチと火花を散らし、激戦を潜り抜けたディピスの胸部ハッチが開き、中から大量の封玉が溢れ出す。
『ふう。ただでさえ手狭じゃというのに⋯⋯これだけあれば少しはマシになるじゃろ』
ディピスの内部に格納されていた魔力炉が限界を迎えたのか、メイメツの足元でぐったりと倒れ込んだディピスはそのまま微動だにしなくなった。
『ミリィ! レミ、メルナ、レンにマリアさん!』
次々に現れた救援に、クロは心の中に暖かな熱が湧き出す。
「クロ!」
「分かってる! 来い!“シンクウ”!」
メイメツは腕の再び幾度もの明滅を繰り返し、天から地へ。何度も、何度も自由落下の速度を乗せて機体の身の丈よりも更に巨大な大鎚を振り下ろす速度を倍々に増していく。
『扱いにくいわぁ!』
クロの文句を他所にメイメツの速度は更に上がり、遂に音を置き去りにした。
「クロ!これ!」
イリスが一生懸命になって生成した氷の塊は、メイメツの頭身の数倍は推測された。
「このまま行く!」
クロが気合いを込めて声を張ると、メイメツは渾身の力を持ってシンクウを振り抜き、目の前の巨大な氷の塊を打ち砕き、砕かれた氷塊はまるでショットガンのように散乱してアルマへと襲い掛かる。
『『当たれぇぇぇぇぇ!!!』』
尚も虚瘴機兵の様々な場所に転移して足掻くアルマに、クロが氷塊を砕くの、イリスはクロの指差す方へと一つだけ氷柱を生成して放つ。
体の修復に意識を割かれた虚瘴機兵の中から、アルマの体が排出された。
「ああ、願わくば、もう一度キミと⋯⋯」
天空を照らし出す太陽を掴むように手を伸ばしたアルマは、激しい衝撃音と共に地面へと叩きつけられるのだった。




