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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
後章:崩壊境界のスターブレイク編
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29:錯乱の獣王


 己の手を見つめ直しグー、パー、と指を曲げ伸ばしして調子を確認したイリスは、未だにプルプルと揺れ続けるスライムを忌々しげに睨みつけて歯噛みする。


 「くっ⋯⋯!」


 「イリス!」


 メイメツを呼び出す事ができなかったクロは魔法の使用を諦めて、魔力を手足に纏わせてスライムに鋭い脚撃を浴びせ掛かる。


 「はぁぁぁぁぁぁあああッ!」


 掛け声と共に振り抜かれたクロのしなやかな脚は的確にスライムの中心部にある魔石を打ち砕き、スライムの身体はどろりと溶けて跡形もなく消え去った。


 「やけにあっさり消えたけど⋯⋯」


 クロが何か異変はないか、と周囲を観察してみると、先程の喧騒は変わらず、恐らく普段と同様に賑わっている獣人達の姿に胸を撫で下ろした。


 「ふぅ。まあ、スライム一匹だし、そこまで騒ぐ程でもないってこと⋯⋯?」


 「そんなわけないじゃない。街のど真ん中に魔物が現れたのよ! 騒ぎにならないなんておかしいじゃない。それに、魔法も使えないのに!」


 シャル、ミリィ、ネメアも揃って自身の魔法を放とうと魔力を掌に集中させるが、魔力の塊は魔法となる前に光となって霧散し、失敗に終わった。


 「さっきから魔伝石が使えないの!てっきり故障かと思ってたけど⋯⋯確信したわ。これは異常事態よ!」


 「ふむ。ざっと見たところ、そのようだね住民達の様子がおかしいのは気掛かりだね。ここは手分けとかはせず、固まって動いた方が良い、とボクは思うよ」


 目を細めて進言したネメアに、クロは軽く頷いて返し、レミとシフィに視線をやる。


 「だね。下手に動かない方が良いかも」


 大通りの隅に寄って立ち止まり、周囲の様子を窺っていたクロの耳に、邪魔だ!という怒号が飛び込んだ。


 「イリス!」


 クロはイリスの肩を掴んで引き寄せると、脇を通りかける男に声をかけた。


 「こんな人混みの中を掻き分けて、どこに向かってるんです?」


 「あぁ!?んなもん決まってるだろ! イリス様とアルマ様が婚約されたなんて話を聞かされちゃあ、のんびりもしてらんねぇだろ!」


 焦点の合わない目で周囲を見渡した男は、イリスの姿を視界に収めると、ハッと目を見開いた。


 「イ、イリス様! 何をこんな所でぼさっとしてるんですか!? ご成婚の儀は明日でしょうよ!」


 「んぇ?」


 突然耳元で喚き立てる大きな声と肩を掴まれた事に動揺し、気の抜けた声を出して肩を震わせたイリスは、そそくさとクロの背中に隠れる。


 「イリス様がご乱心だ! こんなにめでたい事なのに主役が恥ずかしがって逃げちまったら話にならねぇぜ!」


 男が、なぁ皆!と声をかけると、それに呼応するように己の手から牙や爪を剥き出しにした、大通りを歩いていた獣人達が次々とイリスに襲いかかってくる。


 「どうやら、少しばかりマズい状況だね。魔法も使えないうえに、市民に襲われるとは⋯⋯」


 ネメアがポツリと呟くと、レンが獣人達の前に立ち塞がり、彼らの首筋に手刀を叩き込み意識を奪った。


 「身体強化ができるだけまだマシじゃな。さぁ、クロよ!奴らの狙いはイリス殿じゃ。ここは任せよ。先とは状況が違うでな。多勢と無勢の優劣はお主がよく知っておるじゃろ? なれば、最善を尽くせ!」


 腕や足から魔力の淡い光を放ちながら周囲の獣人達を威嚇するネメアとレンを見つめ、動く事ができずにいたイリスの手を掴んだクロは、人混みを掻き分けて王城へ向かって走り出す。


 「イリス。その、大丈夫?」


 「ん、よゆー!」


 目をギラギラと輝かせたイリスはシフィを背負って走る速度を更に上げる。


 ネメアとレンが小さくなっていく姿を遠目に、脇道を通りながらレミを背負ったクロが奥歯を歯軋りながら走り続け、王城の目の前に辿り着いた。


 「こっちよ!」


 先に姿をくらませせていたシャルが手招きし、城を囲むように配置された茂みの中に飛び込むと、腕だけが草の間から飛び出して手招きをする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 草の間に隠された通路を通って辿り着いた先は、数日前、国王に叱責を受けた謁見の間だった。


 割れ散ったステンドグラスは見る影もなく片付けられ、陽の光に鮮やかな色をつけていた。


 「よく来たな。我が娘よ」


 声のする方向へ四人が顔を向けると、先日の生命力が漲る風貌はどこへやら、ひどく憔悴しきったファルガの姿がそこにはあった。


 「知っての通り、我はイリスの婚約者をアルマとして決めた。この獣王に、異論は許さぬ!」


 青白い顔にはそぐわぬ大きな声をあげたファルガに、イリスは頑として譲らず、否。それよも遥かに大きな声で毅然と立ち向かった。


 「わたしの道は、わたしで決める!」

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