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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
前章:生還、性転換、英雄譚!編
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6:巨人と退避と手掛かりと


 二人から漂う気まずい空気を取り払うように、受付嬢との会話を終えたネメアがクロの横に座ると、彼女はその料理に舌鼓を打ちながら、クロ達に事のあらましをざっくりと聞いた。


 「うんうん。ボクが彼女から聞いた話と殆ど同じだね。加えて言えば、それをこの街の衛兵は把握してるって事が気になるね。獣人の失踪者が何人も居るなら、この街に足を踏み入れるボクらにも忠告の一つくらいあっても良いだろう?」


 「確かに。それじゃあまずは衛兵達に話を聞きに行くか?」


 目の前の皿を丁度空にしたクロが、口を拭きネメアにそう尋ねると、彼女は首を横に振った。


 「いや、彼らに聞いても、目下調査中であります、の一点張りだそうだ。聞いてもあまり変わらないだろう」


 付け合わせの果実を口に放り込み、彼女がそう言うと、クロが溜息を吐く。


 「この街の問題をなんとかしてあげたい気持ちは分かるけど、それをするだけの時間は残されていないんだ。分かるね?ボクらの目的を忘れちゃいけないよ。厄介なのは魔王教を名乗る連中の話さ」


 「ああ。瘴気は魔王が残した遺産とか言って崇めてる奴らだろ?崇めてる分には問題ないが、時にはテロリスト紛いの事をしてるなんて聞くしな。まあ、瘴気を晴らすなんて儀式、邪魔するに決まってるよな」


 「そうだね。だからこそ、彼等の潜伏先を割り出す必要があるんだけど、なにせまだ噂程度だからねえ。本当に彼等が街に入り込んでいるのかすらも分からない」


 「手詰まりじゃねえか⋯⋯」


 「ところが実は、そうでもないんだよ。さ、丁度イリス君も食べ終えたようだね」


 先程から無言で口いっぱいに肉や野菜を詰め込み、もきゅもきゅと咀嚼していたイリスがそれを飲み込むのを見て、ネメアが立ち上がり、銀貨を数枚支払い会計を済ませると、扉を開けて出て行く。


 それに続いてクロ、イリスの順番で席を立って彼女の後に続いた。

 昼下がりの太陽光を受けて、彼女達は揃って目をしぱしぱと瞬かせる。


 「それで、こんな時間から私達は何をするんだ?」


 先頭を歩きつつ、ネメアがクロへ振り返った。


 「わざわざ見知らぬこんな遠い場所まで来たんだよ?それにこの活気だ。やる事は一つしかないんじゃないかな?」


 ん?と呟いてクロが頭を捻らせて考えるが、調査任務など今まで受けた事もない彼女に、今ひとつ答えが浮かばないまま数秒が経過した。


 「おや、本当にわからないのかい?それはね⋯⋯」


 ネメアが溜める様に一息入れると、クロがゴクリと喉を鳴らして続く言葉を待った。


 「観光だよ」


 「は⋯⋯?」


 「クロ⋯⋯鈍感すぎ」


 ポカンと口を開けてあっけに取られるクロに対し、イリスが待っていましたとばかりに声をかけた。


 「いやいや、イリスは分かってなかったろ!」


 「ううん。きづいてた。言わなかっただけ」


 「絶対嘘だ!」


 クロ達の言い合いを見て、ネメアは少し口角を上げた。


 「ふふ、そうしていると君たちはなんとなく姉妹みたいに見えるね」


 そんなネメアの声に、二人は声を重ねて否定する。


 「「誰が!」」


 「ふふ、そっくりじゃないか。と、まあ冗談はさておき、うんうん。街の散策はアリだと思うよ。丁度お金も工面できた事だし」


 そう言って、ネメアが懐から二つのズダ袋を取り出すと、彼女達に手渡す。一つは大きく膨らんだ袋で、それはクロに、小さな方はイリスに渡した。


 「とはいえ、獣人の失踪事件が絡んでいるし、個別行動は命取りだと思う。ここは慎重に、固まって行動しよう」


 彼女の言葉に、二人は神妙な面持ちで頷き、先を歩き始めたネメアの後に続いて歩き始め、先程の賑わいを見せていた大通りへ出ると、道を占領するかの様に広げられていた屋台や露天は畳まれ、道を歩いていた人々は何処消えたのか、閑散とした道のみがそこに残されていた。


 「なんか⋯⋯静か過ぎないか?」


 その光景を見て、口を開いたのはクロで、他の二人も戸惑いを隠せずにいると、突然、ラッパ隊のファンファーレに混じり、脇道から怒鳴り声が響いた。


 「おい!てめえら!そこに居たら危ねぇだろうが!早く逃げろぉぉ!」


 それは、クロが街に入る時にちらりと見た、軍服に身を包んだ肩幅が広く、中年程の顔の彫りの深い衛兵の姿だった。


 彼の怒声に戸惑いながらも、三人が彼の元へと駆け寄ろうと脚を踏み出したその時、地面が大きく揺れた。


 「なんだ!?」


 クロが驚いて声を上げると、その怒声の主は一層大きく声を張り上げた。


 「早く逃げろっつってんだよ!ミンチになっちまうぞ!」


 ズン、ズン、と大きく鈍い音を聞いて、クロがその方向に視線をやると、街の中心部、安寧の塔の手前に設置された騎士の駐屯地から、背丈が十メートルはあろうかと思われる巨大な、紫色の夢幻機兵(ルナティック・ギア)が脚を踏み出している姿を捉えた。


 量産機であるディピスの倍程のそれは、一歩、また一歩と踏み出す度に、相応の質量を持って地面を揺らす。

 その巨体が足を踏み出す毎に加速するのを見て、クロは急いでネメアとイリスに駆け寄った。


 「あいつ、この道を突っ切る気か!?あれはまずいぞ!」


 クロは彼女達の腹に手を回し、脇に抱えて持ち上げた。


 「わりぃ!舌噛むなよ!」


 「みゃっ⋯⋯」


 「わあ。大胆だねえ」


 脚を限界まで折り曲げ、魔力を込めると、収縮した力を一気に解放すると、石造りの民家の屋根へと飛び乗る。


 「ここまで来れば大丈夫だろ⋯⋯」


 クロがふう、と一息つくと、彼女達の目の前を先程の巨人が、地面を大きく揺らしながら猛スピードで通り過ぎ、大門を通って外へ出て行った。


 「怪我は無いか?」


 「うん。平気だよ。やっぱり獣人の身体能力は流石だね。助かったよ。ありがとう」


 「わたしは自分で乗れた」


 イリスが口を尖らせてそう言うと、クロは苦笑いを浮かべた。


 「そうだよな。つい体が動いちまった。すまん」


 「別に⋯⋯おこってない」


 「そうか?なら良いけど」


 クロは頭を一つ掻くと、ネメアを横抱きに抱えて民家の屋根から飛び降りる。

 難なく飛び降りた先で、足首をぷらぷらと振って、確認するように呟いた。


 「なんとなく慣れてきた⋯⋯かも?」


 「そうだね。もっと体を動かして慣らした方がいいと思うよ。緊急時にモノを言うのはやっぱりその肉体だからね」


 「ん。クロはもう少し体の使い方、上手くなった方がいい」


 後に続いたイリスにそう言われ、クロは誤魔化すようにその横に伸びた耳を触った。


 「おおい!大丈夫だったか!?」


 そこへ割り込むように、軍服に身を包んだ、先程叫んでいた大柄の男が声を掛けて駆け寄る。


 「見たところ怪我はねえようだな。⋯⋯黒髪の嬢ちゃんは獣人⋯⋯なのか?」


 男は、クロの事をまじまじと見つめてそう言った。


 「嬢ちゃん?⋯⋯あぁ、私の事か。そうですね。ちょっと事情は特殊ですが、獣人だと思いますよ。私はクロ・リュミナーレです。よろしくお願いします」


 胸に注がれる男の視線にたじろぎながらも、努めて丁寧にクロが手を出して握手を求めると、男は首を傾げた。


 「思う?まあ、あの身のこなしならそうか。⋯⋯悪いな。名乗りもせず失礼なこと聞いた。俺はワイズ・レストールだ。この街の騎士団で衛兵隊の隊長をやってる。よろしく頼むよ」


 クロの差し出した手を、ワイズと名乗った男が、がっちりと握りしめて握手に応じた。

 それにしても、と彼女は手を放して口を開く。


 「あの巨大な夢幻機兵(ルナティック・ギア)は凄いですね、毎回出撃の度にあんな仰々しくしてるんですか?」


 「そうだなあ。あの機体のの名前は“ジャルク”って言ってな、この街の名物みてえなもんなんだが⋯⋯」


 ワイズは言い淀むようにして言葉を区切ると、肩を揉みながら続ける。


 「いかんせん、あの巨体が仇になってんのか、乗り手の気質なのかは分かんねえけど、足元が全然見えてねえんだ。だから、あいつが出撃するときは、いつも駐屯地から音楽隊がファンファーレで知らせるようにしてるんだよ」


 へえ、とクロが感心を示すと、ワイズは顔を綻ばせる。


 「最近になって、大通りの通行人や露天商やらの退避誘導も増えてるからな。それに、検問や街の犯罪者の取り締まりも俺たちの仕事なんだぜ。どうだ?騎士はカッコいいだろ!花形の夢幻機兵だけじゃねえ、俺たち騎士団が一丸となってこの街を守ってんだ」


 胸を叩いてそう言ったワイズに、俺もその騎士なんだけど、と言う言葉は飲み込んで、クロはそうなんですね。と適当に相槌を打った。


 「隊長ー!ナンパなんかしてないで早く行きましょうよ〜!」


 ワイズを隊長と呼び、駆けつけたのは、門の前で身分調査をしていた青年だった。


 「ばっか!ちげぇよ!最近物騒な話が多いから注意喚起を含めてだな⋯⋯」


 「あー、はいはい、独り身は辛いっすもんね、気持ちはよーくわかるっすけど、こんな所で可愛いお嬢さん引っ掛けてたら領主様に怒られますよ?⋯⋯ん?あれ」


 ふと、視線をワイズから外し、ネメアの姿に気がついた彼は、目を丸くした。

 彼の様子を見たネメアは小さく会釈する。


 「先程はどうもありがとうございました」


 「いやいや、俺はただ自分の仕事してただけですから。どうです?この街の活気は?」


 「ええ。とても賑やかで楽しい街ですね。ただ、先程ギルドで獣人の失踪事件や、魔王教なんていう物騒な話が飛び込んできたもので⋯⋯私の部下二人も巻き込まれないか心配で⋯⋯」


 ネメアが胸の前で小さく指を組んで少し怯えた様に声を小さく震わせ、絞り出すようにそう言うと、青年の瞳に意志の炎が宿り、自然と彼は胸を叩いていた。


 「ご安心ください!その事件に関しましては、必ず我々、いえ、この俺、ガリム・ランフォードが解決してみせます!」


 「まあ。とても頼もしいです。ちなみに、事件調査に進展はあったのですか?」


 「え?⋯⋯えぇ!勿論ですよ!上手く隠されていましたが、実は安寧の塔には実は地下空間が⋯⋯うげぇ!?」


 ガリムが安心させる様に、キザっぽく前髪をかき上げてそう言いかけると、ワイズから拳が飛び、彼の鳩尾(みぞおち)へ刺さった。


 「てめえ!一般人になんてこと口走ってんだ!アホか!?」


 ゴホゴホとむせながら、ガリムがすみません、と謝罪しながら頭を垂れる。

 彼の首根っこを捕まえて、ワイズは彼女から遠ざける様に引っ張っていく。


 「ったく!おめえには機密情報の取り扱い方ってのをじっくりみっちり体に教え込んでやる!⋯⋯ああ、お嬢様方にはこのバカの言った事は忘れてくださると嬉しいのですが」


 ワイズが彼の首に手を回して締め上げると、青い顔をしたガリムがこくこくと頷いた。

 ネメアははコホンと一つ咳払いをする。


 「現在、安寧の塔は浄化の儀の準備で封鎖中ですものね。覚えていても栓無き事でしょう。あまり彼を責めないであげてください」


 「申し訳ない!口外しないでいて頂けるとありがたいです!⋯⋯代わりと言ってはなんですが、この大通りから東へ一本進むと、賑やかな通りがありますよ。そこは比較的治安も良く、宿が決まってない様でしたら、そちらで決めた方がおすすめですよ」


 「まあ。そうなのですね。情報、感謝します」


 「じゃあ、俺はこの辺で失礼します。このバカを躾けなきゃならねえもんで!」


 ワイズはぺこりと頭を下げてガリムの首を引っ掴んで連行すると、クロたちに振り返る事もなく、せかせかと去って行った。


 「ふむ、予想外に良い情報が出てしまったけれど、ボク達のやる事は変わらないよ。早る気持ちは分かるけれどもね」


 ネメアは安寧の塔へと足を踏み出したクロの襟首を掴んでそう言った。


 「なんで止める!目の前に手がかりがあるかもしれないんだぞ!」


 「さっきも言ったと思うけど、今あそこは封鎖中だよ。行って門前払いで済めば良い方だけど、最悪の場合、シフィ様達に迷惑がかかってしまう。それは看過できないね。それは、キミよりもイリス君の方が良く分かっているだろう?」


 ネメアの真剣な顔つきと、いつの間に隣に居たのか、焦りを押し殺す様に下唇を噛み締めるイリスの様子を見て、クロは少し落ち着きを取り戻し、自身の頬をぺちぺちと叩いた。


 「悪い。焦りすぎた」


 「いいさ。ボクも同じ気持ちだし、一人だったら同じ事をしていたかもしれないからね。さて、時間は有限だよ。さくっと終わらせようか」


 そう言って歩き出したネメアに続いて、クロとイリスも歩き出した。

 

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