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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
前章:生還、性転換、英雄譚!編
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5:調査と活気と空腹と


 「とまあ、クロ君とイリス君にとっては最初の任務だからね、その指導役として、ボクが名乗りを上げたわけだ。⋯⋯仲良くというのは難しいかもしれないけど、街の調査は真剣にやっておくれよ?」


 船を降り、街の壁に据え付けられた巨大な正門へ歩いて行く途中、不機嫌な様子のイリスと、その横で気まずそうにしているクロを見て、ネメアが宥めるようにそう言った。


 「あの、イリスさん?私的にはもう少し心を開いてくれると⋯⋯」


 「むり。ありえない。そもそもたいちょーのディピスに乗ってるのが気に食わないし、乗りこなしてる風なのも気に入らない」


 「ハハ、嫌われてるねぇ、キミ」


 茶化すネメアに、クロは最早怒る気にもなれず、項垂れた。

 そんな彼女達に大きな影を落としながら、大型戦艦フューリーが空を飛んで、街の方向へと抜き去って行った。


 「一旦、向こうの騎士団の訓練所で停泊する手筈になっているのさ。さあ、ボクらも急がないと彼女達に迷惑がかかってしまうよ」


 そう言って歩を早めたネメアに、クロとイリスも合わせるように早足で門へ向かう。


 数分歩くと、遠目で見たよりも遥かに大きい門に、二人は圧巻された。


 「でか⋯⋯」


 「お⋯⋯」


 自身の十倍は軽くあろうかと思われるその佇まいに、感嘆にあんぐりと口を開けたクロと、同じ感想を漏らすのさえ嫌悪感を感じたイリスは対照的に、自身の口を押さえ、その言葉を飲み込んでしまった。


 その門の前には荷馬車を連れた人や、荷物を背負った人々が、長蛇の列を作り上げていた。

 何事かと思い、クロが小さく跳ぶと、どうやら衛兵による入門の手続きに手間取っている様子だった。


 「いやあ、眼福なんだけど、クロ君。キミはもう少し恥じらいという物を覚えた方が良いと思うな」


 「見たくない物みせつけられた⋯⋯」


 ネメアが少し呆れ気味に、イリスの冷めた表情を見て、クロはきょとんとした表情を浮かべたが、足元に視線をやって、自分の服装を改めて思い出すと、そのヒラヒラとした丈の短い白黒のスカートの裾を伸ばし、頬を真っ赤に染めた。


 「支給された服になんでズボンが無いんだよ!」


 「そりゃあ、国への支給品リストを作っているのがシフィ様だからね。あの方は可愛い子には可愛い服を、がモットーだからね、そうなるさ」


 そう言って、お気に入りのダボダボの白衣を強権によって強奪されたネメアが、自分の格好を見下ろしながらため息を吐くと、イリスも同感といった様子で顔を顰めた。


 「次の方ー!」


 待っている間、暫く談笑を繰り広げていると、数分で列が消化され、すぐにクロ達の番になった。

 衛兵に呼ばれた彼女達は背筋を張ると、彼らの前に出た。


 「こんにちは。身分を証明するものはお持ちですか?」


 丁寧な対応を見せたのは、濃緑色の軍服に身を包んだ、朗らかな笑みを浮かべる好青年であった。


 「これで良いかな?」


 ネメアがクロの背負った鞄から、小さな手帳を見せると、彼は両手で受け取り、中を開いた。


 「学者の方でいらっしゃいましたか。お二方はお弟子さんですか?」


 ネメアの後ろの二人を見て、青年がそう言うと、彼女はこくりと頷いた。


 「ああ。この地方の瘴気について調査に来たんだ」


 ネメアがそう言うと、衛兵は背筋を張って敬礼をした。


 「でしたら優先してお通しするべきでしたね。なにせ年々瘴気の範囲が広くなってきておりまして。それに伴って我々の生活圏は狭くなる一方ですよ。この街に移住を考える人も跡が立ちませんからねえ。盗賊や街を追放された犯罪者なんかも紛れ込むことも少なくないんですよ。そこで我々がこうして未然に⋯⋯」


 と、そこまで発した青年の言葉に割り込むように、少し離れた場所から、野太い声が響いた。


 「オオイ!新入りー!てめ、なに綺麗なお嬢さんたち口説いてんだ!とっくに身分調査終わってんだろ!こっち来て早く手伝えや!」


 「おっと、すみません、呼び出しが掛かってしまいました。では、自分はこれで⋯⋯あ、しまった。言い忘れていましたね。ようこそ!フォゲルナの街へ!」


 彼がそう言って立ち去ると、巨大な門ではなく、右下に設置された通用門が開かれ、そこからクロ達は、街へと足を踏み入れた。


 「今回はどんな連中だった?」


 クロ達を見送った先で、先ほど野太い声を上げた屈強な男が衛兵の青年に声をかける。


 「一人はエルフの女の子で、学者だそうです。それと、獣人の女の子が一名、それと⋯⋯隊長は耳がエルフみたいに横に長くて、それがふさふさの毛に覆われてる獣人って見た事あります?」


 隊長と呼ばれた男は、眉を顰める。


 「あ?なんだそりゃ?まあいい。俺たちがやる事はいつも通り、変わらねえよ」


 「へへ、そうですね」


 男達は、三人の少女が向かった門の先を見据え、笑みを浮かべた。


 「わぁ⋯⋯」


 門を抜けた先の光景に、クロは思わず感嘆の声を上げる。


 緻密な計算により敷設された大通りに面し、建ち並ぶ石造の建物の前で、多くの屋台や露天商が呼び込みをしている。

 それに行き交う人々が時折足を止めて、露天の商品や屋台で軽食を購入していく。

 その人々を見て、クロのお腹からキュルルという音が盛大に鳴った。


 「うぅ⋯⋯お腹すいた⋯⋯」


 そう言ってクロは、音の響いた自身のお腹を摩ると、頬を朱に染め、尻尾を萎れさせた。


 「うん。丸三日以上何も食べてなかったからねぇ。そうなるのも分かるよ。さて、まずは食事にしようか。それで良いかな、イリス君?」


 ネメアが自身の左側を歩くイリスに声をかけるが、彼女はその青い髪を傾げた。


 「別に⋯⋯なんでもいい」


 「そうかい?それじゃあ、適当にお店に入って食事にしよう」


 クロ達が一向が更に奥へと足を踏み入れると、大道芸人が、大きな球の上に乗り、両手に持った複数の魔法文字の刻まれた球を宙へ投げ、それが破裂し、中から花びらが舞い、観客からわっと歓声が上がる様子が目についた。


 「随分活気のある街なんだな、衛兵の話じゃ、生活圏は狭まってるらしいのに」


 クロが、ポツリとそんな事を溢すのを、長い耳で捉えたネメアが答える。


 「だからこそ、なんじゃないかな?物資が分散せず、ここに集まるからこそ、活気が付いているように()()()()()だけじゃないかな?ま、なんにせよお腹が空いていてはまともに頭も動かせやしないからね」


 そこまで言うと、他よりも、頭ひとつ抜けて大きく、石と木で造られた建物の前で、彼女は足を止めてクロ達の方へと振り返った。


 「ここが街の中でも一番情報が飛び交っていて、お腹も満たせる。それでいてクロ君のポケットの中の魔石も換金できる。ボクらが今まさに欲している建物、“ギルド”さ」


 「げっ!?」


 ピタリと言い当てられたクロは、渋い顔をしつつ、観念した様に肩を落として、拳大の魔石をそのスカートのポケットから取り出し、ネメアに見せると、その様子に、イリスが目を細めた。


 「ちょろまかしてた⋯⋯?」


 「ひ、人聞の悪い事を言うな!何をするにしてもまず金は必要だろ?必要経費だよ」


 「随分と開き直ったねえ。うん、持たせてもらった資金にも限りはある。ツケにするにしても結局素性を明かさなきゃならないからねえ。街の調査どころじゃ無くなってしまうよ」


 「じゃあ⋯⋯」


 問題ないだろ、とクロが言いかけるのを、ネメアが切り捨てた。


 「申請をしないのはどうかと思うけどね。曲がりなりにもボクらは組織だ。シフィ様だって魔石の一つくらい快く渡して下さるだろう」


 「う、すみません」


 クロが小さく頭と、耳を下げると、ネメアはうん、と一つ頷いて腕を組む。


 「お説教垂れていても話が進まないからね。さて、ここは元々、魔物を狩ったり、珍しい植物や鉱石なんかを集めてくる、“冒険者”と呼ばれた人々が集まって、素材の換金や、仕事の仲介なんかを担っていた、冒険者ギルドと呼ばれていた建物なわけだけれども⋯⋯魔物の巨大化に合わせて、ボクら騎士団と入れ代わる様に、彼らの存在は次々と姿を消して行ってしまった為に、今は単に“ギルド”と呼ばれる様になった歴史があってね⋯⋯と、ああ、そんな興味のなさそうな顔をしないでおくれよ⋯⋯」


 クロは欠伸を噛み殺し、目尻に涙を浮かべているのを、目敏い彼女に見つかった。


 「クロ、飽き性?」


 イリスが呆れ気味に視線を向けると、クロは胸の前で手をぶんぶんと横に振って否定した。


 「いや、ちが、くはないが⋯⋯あんまり堅っ苦しい話はなぁ⋯⋯」


 クロが困った様に右後頭部を掻くと、イリスはふんと鼻を鳴らすと、そっぽを向いた。


 「なんなんだ一体⋯⋯」


 そう呟いて、彼女の落ちた肩を叩くと、追い討ちのようにネメアがその手に握られていた仄かに暖かい魔石を取り上げた。


 「これはボクらの活動資金に充てさせてもらうからね?」


 「うぅ⋯⋯はい」


 クロが尻尾と耳を萎れさせ、項垂れるのを尻目に、ネメアがギルドの両扉を勢い良く開けた。


 中から、酒器を帯びた臭いと、人々の声が喧騒となって一緒くたに彼女達に降りかかる。


 「うっ、くちゃい」


 開口一番、辛辣な声を上げたのは鼻を摘み、苦悶の表情を浮かべるイリスで、後に続いたクロも同じく鼻を摘んだ。


 「うん、そうなるだろうね⋯⋯我慢しておくれよ。今後はキミ達二人でこの仕事をするようになるんだから」


 ネメアの言に、二人が顔を見合わせるが、イリスがすぐに顔を背けた。


 「いらっしゃいませ。ご新規様ですか?」


 そんな彼女達に歯牙にも掛けず対応を見せたのは、その茶色の髪を下げ、綺麗なお辞儀をする人間の女性だった。


 「はい。新規なのですが、素材の買取をお願いします」


 ネメアは先程とは打って変わって、外向きの高い声を絞り出すと、懐からクロから預かった魔石を取り出して彼女へ渡す。


 「おお!完全浄化された魔石なんて久しぶりに見ましたよ!⋯⋯ですが、一体これをどこで⋯⋯?」


 彼女の訝しげな視線に、ネメアがクロの背中の鞄を漁ると、先程衛兵に見せた手帳を取り出すと、彼女へと提示した。


 「これが身分証になると良いのですが⋯⋯」


 「ああ!学者の方でいらっしゃいましたか!?では、この魔石はまさか⋯⋯!」


 受付嬢の驚く様に、ネメアはしたり顔で答えた。


 「ええ。これは我々が様々な実験を繰り返し、どうにか瘴気の浄化に成功したほんの一握りの魔石なんです」


 「それは素晴らしいです!是非買い取らせてください!」


 ネメアの深刻そうな表情を見て、この魔石の価値を更に認めた彼女は、爛々と目を光らせてそう言った。


 「それで、幾らで買い取ってくれますか?」


 「そうですね⋯⋯銀貨六十⋯⋯いえ七十六枚でいかがでしょう?」 


 「おお、最初から良い価格で来たね。それはボクらが三人で分ける事も見越してだね?良いよ良いよ!交渉成立だ」


 ネメアが受付嬢に魔石を手渡すと、彼女は交換で、ズダ袋の中に手元の小型金庫から銀貨をごっそり取り出し、落としながら数えた。


 「丁度七十六枚です。お確かめください」


 「うん、ありがとうございます。見てたので問題ないですよ。適当に注文しておいてくれ」


 その膨らんだズダ袋を受け取ると、ネメアは魔石を彼女に手渡し、クロへと手渡した。

 クロは右手でそれを受け取ると、イリスと共に、ギルド内に併設された酒場のテーブルに着くと、給仕の女性を呼び、幾つかの料理を注文して待機した。


 「おい、聞いたかよ!?この街にもついに歌姫様が来てくださったらしいぞ!」


 「ああ、あのでっけえ空飛ぶ船だろ?見た見た!」


 待っている最中、クロの長い耳が、喧騒に混じって聞こえる、男達の会話を拾った。


 「これでこの一帯も助かるな!」


 「それじゃあ、俺たちの栄光に、改めて」


 「「かんぱーい!」」


 ギャハハと笑う彼らに、クロは頭を抱えた。


 「いや、呑気すぎるだろ⋯⋯」


 「ううん。ちがうと思う。あれは元気なように見えてるだけ」


 「え?あぁ⋯⋯」


 笑い声のした方向にクロが目を向けると、彼らの手は震え、その不安を吐き出すまいと、エールごと呷る姿が酷く印象的だった。

 更に耳を澄ますと、意識を向けているためか、より鮮明に聞こえる男達の声が響く。


 「とはいえ、こんな調子で連日連夜大騒ぎしてて大丈夫なんかねえ?街に魔王教の連中も入り込んでるなんてきな臭え話も湧いてるしよお」


 「それなあ⋯⋯他にも獣人が失踪してるなんて話も湧いてるぜ?噂じゃあ、そいつらが魔王復活の供物にされてるなんてのも⋯⋯」


 はあ、と顔を突き合わせてため息を吐いた男達に、すかずイリスが駆け寄った。


 「その話、詳しく教えて」


 「おわ!?なんだお嬢ちゃん!驚かすなよ⋯⋯」


 突然現れたイリスに、男達は大袈裟に仰け反った。


 「その前に、聞きたいこと、ある。この街に最近、黒目黒髪の男は来なかった?」


 「ん〜?うーん⋯⋯多分来てねえと思うぜ。黒目黒髪なんて珍しい色、見たら覚えてるはずだからよお。なぁ?」


 髭面の男が、対面に座る、スキンヘッドの男に問いかけると、彼も同意して頷いた。


 「ああ。黒髪なんてアンタの連れの子くらいしかこの街に居ねえんじゃねえか?っとと、アンタら獣人だろ?最近じゃあ獣人の失踪が増えてる⋯⋯って聞いてたんだったか。まあ、用心するに越した事はねえと思うぜ」


 「そう。分かった。ありがと」


 肩を落として項垂れるイリスに、そうだなぁ、対面の男が髭をさすりながら、彼女の様子を見に来たクロの方を見ると、割って入った。


 「それ以上知ってる話はねえなあ。ま、アンタは目につきやすい髪の色してるからな。今は人一倍注意した方がいいってのは確かだな」


 そうですか、と一言置いて、イリスの様子を見に来たクロは丁寧にお辞儀をする。


 「はい。忠告ありがとうございます。イリス。そろそろ飯も来るし一旦戻ろう」


 トレイに料理を乗せた給仕係の女性が彼女達の席へやって来るのを指差して、イリスに戻るよう促すと、男達に再度礼を言うと、クロも自分の席に着いた。


 並べられた料理の前で、イリスと対面に座り、クロが諭すように言う。


 「イリス、クロスさんは殉職したって⋯⋯」


 「しんでない!たいちょーはどこかで生きてる!知った風に言わないで!少なくともわたしはまだ死体を見てない!」


 「イリス⋯⋯」


 そこまで想ってくれる事への感嘆か、明かす事のできない正体への葛藤か、クロはそれ以上何も言う事はできなかった。

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