11:霧中の模索
瘴気の中に突入してから数十分が経った頃、クロ率いる一行は無数の魔物に囲まれ、その進行を阻まれていた。
メイメツと相対している魔物の半数以上は、石像のように硬い灰色の全長2メートル程の体躯に、その身体の倍はあろうかと思われる大きな翼をはためかせたガーゴイルと呼ばれる魔物だった。
「分かってた事だけど、こんなに魔物の巣が出来てるなんて⋯⋯この量の魔物が解放されたれたら⋯⋯」
ぶるり、と身を震わせたクロの背中に、シロがしがみついて声を掛ける。
「そんな事にはさせないために来た⋯⋯だよね!」
「シロ⋯⋯うん。そうだ。知っちゃったからには、私達でどうにかするしかないんだ!」
クロの決心を表すかのように一歩踏み出したメイメツは、そこ両手が青白い光を生み出した。
「来い!シンクウ!」
メイメツの伸ばした手の中には、転移の際に発せられる輝きと同じく、青と白の装飾が施された巨大な槌が握られていた。
「震えろ!」
メイメツが大きな槌を振りかぶり、横薙ぎに一閃を繰り出すと、その一振りは振り抜かれる事なく空中でピタリと止まる。
次の瞬間、その衝撃が放射状に広がり、空高くで様子見をしていたガーゴイル達を次々と石片へと変えて行く。
「ママ! 凄い!」
目をキラキラと輝かせ、嬉しげな声をあげるシロには目もくれず、クロは再び集中すべく魔力を練り上げると、先のガーゴイル達がキィキィと威牙を剥き出しに吠える。
ガーゴイル達が石片に手を添えると、それは徐々に形を変えていき、瞬く間に三又の槍へと変化する。
一際身体が大きく、真っ黒な体色のガーゴイルが手に持った槍を掲げると、灰色の悪魔を模った石像達は一斉に動き出した。
襲い来る槍先を避けつつ、メイメツがガーゴイルの一体を粉砕するが、数秒とかからず粉が集い、再び醜悪な顔をした石像が出来上がる。
『クロ。この敵、めんどい』
防壁の上からメイメツを援護していたイリスから通信が入り、クロはゆっくりと首元のチョーカーに魔力を込める。
『ネメア。何か分からない?』
『ふむ。まだ観察が足りないけれど、この魔物は自然発生するモノじゃないんだ。そして、瘴気を動力源として何度でも立ち上がる⋯⋯そして、彼らの動力源はボクらにとっては毒だよね。つまり、ボクたちが瘴気に侵され、動けなくなるまでの時間稼ぎこそが、彼らをここに置いた者の思惑って事だね』
ネメアの推察通り、ガーゴイル達はメイメツが一定以上離れるとそれ以上の追撃が来ることはなかった。
『何かを守ってる? でも、あの奥にいるのって⋯⋯ひゃっ!』
一際大きなガーゴイルと目が合い、思案しながら一歩踏み出すと、メイメツの足元から突然大きな石柱がせり上がった。
『クロは守る!』
タン、タンと連続で銃声が響くと、石柱にヒビが無数に生まれ、やがていくつかの石片へと分解された。
『乗って!』
四肢を地面につけ、獅子の姿をとったステラがメイメツの前で止まる。
『ありがと! アイツらが守ってるのはあの大きなリーダー格のガーゴイルだ』
メイメツを背中に乗せたステラは地を蹴って駆け出し、崩れ始めた石柱を足場に、小気味よく空高くに駆け上がる。
『クロ。行く!』
イリスが両手の魔石に魔力を注ぎ込むと、ステラの腕や頭が分裂し、クロの乗るメイメツへと吸い寄せられるように迫る。
やがてメイメツの腕、足の装甲としてステラのパーツが組み上がると、それはまるで初めからそうであったかのように、黒と青の機体が出来上がる。
一寸先すら霞むほどの瘴気の霧の中、その機体は鮮烈な輝きを放っていた。
「クロ。魔力はある?」
「えっ、と⋯⋯うん。大丈夫。今ステラに残ってた分で補充させてもらったから⋯⋯んむっ!?」
「予備分。もってけどろぼー」
クロが言い切るる前に、イリスが自身の唇をクロのそれと重ね合わせた。
「⋯⋯ぷはっ! イリス! こんな、人前でなんて!」
「ん。やりたいことは、やりたい時に。わたしのモットー」
送り込まれた魔力が反発しあい、クロは体内で暴れ狂う魔力を抑え込むと、それは次第に馴染み、クロの普段持つ魔力の何倍もの大きさを持つ魔力の塊となった。
「ん。ちょっと休む。クロ。頑張れ!」
「あぁ。今なら負ける気がしないね!」
青い光を帯びたメイメツが手元の大槌を振りかぶると、氷の結晶がメイメツの前に現れる。
「ほいっと」
クロの軽い掛け声とは裏腹に、凄まじい衝撃によって生み出された推進力を得た無数の氷のつぶてがガーゴイル達に襲いかかる。
声にもならない叫びをあげた彼らは氷塊によって次々と粉々に砕かれる。
「おまけだ!」
クロの声に合わせ、メイメツが更に大槌を振り回すと、空気を打った衝撃に冷気が加わり、ガーゴイル達の破片を氷の中に閉じ込める。
「ふぅ。さて。残るはお前だけだな!」
メイメツが槌を一際大きなガーゴイルに向けると、クロの声を聞いてか、彼は威嚇するように牙を剥き出しにして大声をあげ、地表に降り立つと手を地面に添えて瘴気を練り上げる。
「ん。近づけない」
吹き荒れる瘴気は極大化したクロの魔力探知ですらかき消すほどの嵐となってメイメツに襲いかかる。
「まだこんな力を残してたなんて!」
メイメツが更に濃い瘴気に飲み込まれ、完全に視界を塞がれ、動けずにいたそのとき、クロの背後から凛とした声が響く。
「クロさん。私が行きます」
美しい銀色の髪を振り乱し、レミがメイメツの開閉ボタンに触れると、ハッチががぱりと口を開ける。
「ダメだ! こんな中に生身でなんて!」
ふ、と笑みを浮かべたレミはクロに視線を向けつつ、背中から倒れるように飛び降りる。
「守って⋯⋯くれますよね?」
ハッチが無機質な音を立てて閉まり、クロは自身の頬を赤くなるほど叩く。
「はぁ⋯⋯分かった。全部どうにかしてみせる!」
覚悟を瞳に宿したクロは、首元のチョーカーに手を触れ、即座に魔力を流し込む。
『レン! 聞こえる!?』
『なんじゃ。急に前が見えなくなったと思ったら⋯⋯全員無事かのう?』
『率直に言う。ピンチだ。瘴気が濃くなった場所にレミが単身で突入した! レミの落ちる場所は視える?』
『ほう? ワシに頼るのは正解じゃな。どれ、あの子はワシに任せよ!』
『ありがと! それじゃあこっちは⋯⋯』
と、クロはレミの歌声による淡い銀色の光によって照らされたガーゴイルの姿を見据え、魔力を練り上げた。
「親玉を叩くだけだね!」
メイメツが渾身の力で大槌を振り下ろそうとしたその時、クロの背後からふわりとシロの声が響いた。
「んー。ママ。それじゃあレミお姉ちゃんが先に瘴気に飲まれちゃうよ。でも大丈夫。ここには僕がいるからね。少しだけ手伝ってあげる⋯⋯だからママ。思いっきりやっちゃえ!」
シロが手をかざすと、瘴気を振り撒いていたガーゴイルの側にいるディピスが白銀の光に包まれる。
「ぉぉぉぉぉおおおおおお!」
クロの雄叫びと共に振り下ろされた冷気を帯びて更に硬質化した大槌が、瘴気すら無くなったガーゴイルの頭部から、下半身にかけて一片すら残さず捉え、胸部に格納されていた封球がパリンと音を立てて割れた。
ふと、クロが空を見上げると、先ほどの赤黒い霧は晴れ、雲ひとつない空が広がっていた。