6:交渉の舞台
「それで? お前さん達の目的は二つって事で良いのか? 一つ目は獣幻粉の製造、輸出の経路を遮断。そして二つ目は拡大しつつある魔王教の武力に対抗するため、俺らガルドニアに泣きついてきたって感じか」
窓から見える真赤な月光に、魔力を全て奪われて倒れ伏すウルグ達に視線をやり、ハンスは口から白い紙の棒を剥き出しにして腕を組み、鼻を鳴らせた。
「悪いが戦力は間に合ってるし、人間と今更手を組むほど、俺たちは弱くない」
「え? 降伏したのに?」
イリスのボソリと呟いた一言は、ハンスの小さな強がりを容赦なく切り裂いた。
「イリス様⋯⋯くっ!」
悪態をつきつつ、口から飛び出した白い棒を噛み締めるハンスを眺め、ネメアが手を挙げる。
「コホン。ボクからも良いかな。ボクらは国境にある瘴気の壁を越えてきたわけだけれど、以前はあんな様子ではなかったことを覚えているよ。それは⋯⋯本来であれば、交渉の場に憶測で物を言うのは控えたいことだけれど、正直に言わせて貰えば、魔王教幹部の男、マリスという道化師がこの国へ逃げ延びた可能性があるんだ」
「魔王教⋯⋯それはオレも聞き覚えがあるな。ヒトの絶望を食らい、災厄を撒き散らす厄介な集団らしいな。それで、目的は分かった。それなら、俺たちにどうしろって言うんだ? イリス様を人質にされている以上、要求は全て飲まなきゃいけないわけだが⋯⋯」
ハンスの真正面に座るシフィがゆっくりと瞳を開き、小さく頷いた。
「私達の要求はこれから向かうガルドニア王城までの道中の安全の保障をお願いします」
「ほう?俺たちに後ろ盾になれってか。他人様の土地を無断で踏み荒らすような奴らに与するのは相応のリスクがある。それなりの対価はあるんだろうな?」
「もちろん、タダでというわけにはいきませんものね。でしたら、我が国、アストラーダからは浄化石のレシピを差し上げる⋯⋯というのはいかがでしょう?」
その言葉を脳内で反芻し、ハンスの脳内では様々な算段がよぎる。
「いや、それは⋯⋯こんな小市民の手に負える物じゃないだろ⋯⋯」
「でしたら、このレシピの輸送を、我々が護衛する。というのはいかがでしょう? ここからでは魔伝石で声は届きませんわよね?」
「見返りが大きすぎるな。どうしてそこまでして王都まで行きたいんだ?」
「目的は先にお話ししました通りです。我々の目的は戦ではありませんもの。この条件であれば、飲んでくださるかしら?」
「⋯⋯あぁ。分かった。その条件で受けよう。ただし、そのレシピが本物なら⋯⋯な」
ニヤリ、と口角を上げたハンスに、シフィは小さく頷き返す。
「ええ。それなら早速、このレシピを用いて浄化石を作りましょう。⋯⋯材料を集めて来なくてはなりませんので、一旦失礼いたしますわ」
席を立ち、退室をしようと背を向けたシフィが再び身を翻して小首を傾げる。
「私達の到着から出動まで随分と早いように見えましたけれど⋯⋯何か理由がございまして?」
「ん? ああ。お前達を見つけたのはただの偶然なんだ。実は、この辺に大きな魔力反応が出て⋯⋯」
ふと、ハンスが窓の外に目を向けると、地に伏すウルグを飲み込むようにアリ地獄のようなすり鉢状の窪みが徐々に広がっていく様子が見えた。
「くそっ! ここら一帯の魔力は全部吸収したんじゃないのか!?」
レミの手に握られた豪華な装飾の施されており、ファウンティの街の幼女騎士であるラスティから借り受けた“幻影の杖”と、フューリーの動力である魔石による周囲一帯の魔力吸収。
それがウルグ達との戦いに終止符を打ったのだった。
「赤い月を見て、瘴気の満ちる時と勘違いしたようだ。⋯⋯おや」
ふと、外を眺めていたネメアが赤い光に抗うように閃く青白い光を見て口角を上げた。
「さすがボク達の主力だ。これからの展開をよくわかってるね」
その視線の先には、無数の足を動かし、鋭い牙を剥き出しにウルグへと襲い掛かるムカデのような魔物を斬り伏せるメイメツの姿があった。
その姿はまさに明滅閃姫の名に相応しく、一つ光が迸れば、二つの魔物の死骸が生み出され、二つ閃けば四つの死骸が生まれる。
その光景はハンス達に、これまで見てきたどんな光景よりも鮮烈に刻まれた。
「こんな奴らを相手にしてたのか⋯⋯よく死人が出なかったもんだ」
喉を鳴らして唸りを上げたハンスに、ネメアは強く頷き返す。
「あぁ。それもそのはずさ。何せ閃姫も響きが同じだけで、あの子の昔の呼ばれ方は戦の鬼。それも、鈍色の機体を真っ赤に染めて帰ってくる様から“戦鬼”と呼ばれていたんだからね」
「その呼び名はしっくり来るな。可憐な嬢ちゃんかと思ったが⋯⋯なるほど確かに。イリス様も惚れ込むわけだ。あんたらの要求を全面的に聞こう。これを見せつけられたら断るなんてできねえよ」
あっという間に蹴散らされた魔物の残骸と、両手を上げて歓喜の声をあげるウルグ達を見て、ハンスは鼻を鳴らすのだった。




