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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
前章:生還、性転換、英雄譚!編
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39:潜入と急転と乱入と


 「ラスティ! 悪いけど、この玉をとにかく遠い場所へ捨てて来て!」


 「ガッテン承知! それじゃあ、コレは貰ってくね! また来るから!」


 そう言い残し、ラスティは水でできた腕で封玉を持ち、再び水の中へと沈んで行く。


 「大丈夫かな⋯⋯?」


 心配かい? と聞き返したネメアに、クロは小さく頷いた。


 「だって、ラスティはこの辺の土地勘無いでしょ?」


 「ああ。つい勢いで渡してしまったけれど⋯⋯そう言われると心配になってくるじゃないか」


 騒音に気がついた看守を誤魔化しつつ、暫くラスティの帰りを待っていたネメアだが、不意に彼女の長い耳は、便座の中の水の沸き立つようなゴポゴポという音を拾い上げる。


 「ただいまー!」


 「おかえり、ラスティ。押しつけてごめん! 大丈夫だった?」


 瞳を輝かせたラスティを胸で受け止め、クロはその場で四、五度と回りその勢いを削ぐ。


 「うん、もう平気だよ! このお城のてっぺんにある浄化石に全部の瘴気を吸わせて来たから!」


 えへへ、と笑い鼻先を擦るラスティは、更に続ける。


 「もうお姉ちゃんのいる場所は分かったし、本体で来ちゃった!」


 そう言い放つラスティへと改めて視線をやれば、確かに先程とは違い、彼女の体は実体を持っていた。


 「へぇ。やっぱり水を操る魔法って便利なんだねぇ」


 「転移の魔法を持ってるお姉ちゃんにだけは言われたく無い言葉だよ!?」


 「確かに便利は便利だけどね⋯⋯何をどうしたのか、そんな便利屋さんも、今じゃこのザマさ」


 クロは自虐的な笑みを浮かべて手元の鎖を上下に揺すり、鎖の擦れ合う音を奏でた。


 「それなんだけど、お姉ちゃん達、一体何をしたの?」


 クロの手をまじまじと見つめたラスティの疑問に応えるべく、ネメアがこれまでの経緯を要約して語った。



 「わかった! なら私はアレだね、そのガラクとかいうおじさんをお城の堀の中で溺死に⋯⋯」


 決意の灯る瞳を天井へと向け、拳を握りしめたラスティに、クロが手で制す。


 「まってまって! 一応アレでも五王様だから! その物騒な考えも一歩間違えれば反逆罪だからね!?」


 むう、と首を捻るラスティは、眉間の皺を深める。


 「けど、ガラクおじさんの暴走はどうして誰も止められないの? 他の五王様⋯⋯ファズ様とかは反対してるんだよね?」


 「それについては、ボクから話そう。まず、獣人代表のタルシャ様だけれど、彼女は何か弱みを握られている可能性があるね。そうでなければ、彼女がガラク様に賛同する理由が見つからないよ」


 「ソレ、会議になってないじゃん!? ⋯⋯まあそれは置いといて、竜人代表の五王様⋯⋯うーんと⋯⋯」


 「シエン様の事だね。彼女は⋯⋯いや、()()()()()()()()と言うのは、聞いたことあるかな?」


 クロは小さく首を横に振り、ラスティも首を傾げる。


 「ははっ。まあそうだよね。うん。彼らの中で合言葉のように言われる言葉があるんだよ。それはね、“失われた翼を我らが手に”と言う言葉⋯⋯端的に言えば、夢幻機兵に頼らない、単体での飛行をしたいって言う事だね」


 「それじゃあ、今回ガラクに賛同している理由って⋯⋯」


 クロが言いかけた言葉を繋げるように、ネメアは頷く。


 「そう。自らが虚竜(ディミテイト)となる事でその悲願を達そうと言うわけだ」


 けれど、とこぼすネメアは顔を顰めて続けた。


 「それを達成するには、あまりに犠牲が多過ぎるんだ。実際、成功例はほとんど無いからね。よしんば成功しても、その自我はいつまで保つかわからないんだ。だから⋯⋯」


 「うん。虚竜を使って何をするのかは知らないけど、ガラクを止めなくちゃ!」


 「そうだね。それにマリスの言っていた小細工、というのも気になるね。王都の警備は厳重なはずなんだけれど⋯⋯」


 ネメアがそう言うと、それなら、と返してラスティが小さな手をうんと上へ伸ばす。


 「私がお城の中を見てくるよ!」


 「危なくない? さっきも封玉を押しつけちゃったし、これ以上の負担は⋯⋯」


 「へっちゃらだよ! それに、クロお姉ちゃんはファウンティを守ってくれた人だもん! 少しでも恩返しさせてよ!」


 決意を瞳に宿したラスティに、クロはしばし考え込むと、やがてゆっくりと頷き口を開いた。


 「⋯⋯分かった。今の私たちじゃ何も出来ないし、お願いするよ」


 「わかった! じゃあ早速行ってくるね。絶対何か見つけてくるから!」


 「くれぐれも、無茶はしないようにね。 成果は必ずしも必要じゃないから、とにかく自分の安全を⋯⋯」


 「分かってるよ! パパみたいな事言わないでよね!」


 にへら、と笑みを浮かべたあとラスティは身体を水と化して再び便座の中へと飛び込んで消え去って行った。


 「心配だなぁ⋯⋯」


 顎に手を置き唸るクロに、ネメアが手をぱんと一つ大きく叩いた。


 「なら、追いかけてみるかい?」


 「そんな事ができるの?」


 「もちろん。と言ってもまあ、今のキミならって言う事だけれどね。魔力の流れが阻害されていると言っても、その感知能力まで失われたわけじゃないのさ。試しに、耳に意識を集中してごらん」


 ネメアに促されるまま、クロは瞳を閉じて耳を澄ませて集中する。


 「ああ、ホントだ。この地下牢にある魔力の流れが見える⋯⋯」


 彼女の瞼の裏には、幾つもの魔力の流れが青い流線となって見えていた。


 「そのまま感覚の幅を広げるイメージで⋯⋯ゆっくり。そう、ゆっくりとだよ⋯⋯あまり一気に広がると脳の処理が追いつかなくなって大変な事になるからね⋯⋯」


 ネメアの言葉に背筋から嫌な汗が流れるのを感じながらも、それを意識の外へと追いやり、深い呼吸と共にその感覚を徐々に研ぎ澄ませ、探知の範囲を広げていく。


 「見つけた」


 やがて城内を素早く動く一本の流線が見えると、クロはそれを追いかけるように探知の範囲を絞る。


 「確かに移動速度は速い⋯⋯けど、迷子になってる?」


 同じ場所を行ったり来たりとしているうえに、アストラーダ城は広大でありその探索は思うようには進まなかった。


 「ん? こっちに来る⋯⋯」


 ラスティの反応が近寄るのを認識し、クロは魔力探知を切り、彼女を迎える体勢を取る。


 「お姉ちゃぁぁぁぁん!」


 ザバァと勢いよく水面から飛沫が立ち昇り、クロは両手を広げてラスティを受け止める。


 「おかえり! 怪我はない?」


 クロの腕の中に飛び込んだラスティは、頭を撫でられつつ小さく頷き微笑み返した。


 「うん、大丈夫! それよりも、一つの部屋の周りだけ異常に寒い場所があってね、それで、もしかしたら、そこにイリスお姉ちゃんが捕まってるんじゃないかなって思ってるんだけど⋯⋯」


 「イリスが!? そうか、迷子になった訳じゃなかったのか⋯⋯」


 「あれ? 私そんな事言ったっけ?」


 「いや、なんでもないよ。うん、今日はもう暗いし、何処かに帰る場所は⋯⋯?」


 「ないの! ⋯⋯えっと、それでね、一晩ここで泊めて貰えるかな?」


 「それは⋯⋯どうしよう? ラスティのご両親も心配してるんじゃないかな?」


 「ううん。クロお姉ちゃんの所に行くって言ったら、喜んで送り出してくれたよ!」


 「そんな無責任な⋯⋯」


 「うぅ。お姉ちゃんイヤなんだ⋯⋯じゃあ私はもうその辺で野宿するしか無いんだ⋯⋯」


 じわり。目尻に浮かぶラスティの涙を見て、クロは慌てて手と首を振って宥める。


 「そんな事は言って無いってば! えっと⋯⋯」


 言い淀むクロの目の前を、ネメアが手で制しながらラスティへと向き直った。


 「ふむ。ここは看守の巡回もあるし、何より不衛生だ。キミのような子が来る場所じゃないよ」


 「え〜⋯⋯じゃあ、寝るときはお姉ちゃん達二人の間に入って寝るから!ね? あと不衛生って、汚いとかって事だよね? それこそ、私に任せてよ!」


 言うや否や、ラスティは瞳を閉じると、二度三度と腕を振り回し、彼女から深い青色の光が発せられ、周囲を水が駆け抜けていく。


 「これは⋯⋯」


 驚きに声を漏らすクロとネメアを横目に見つつ、ラスティは更に魔力を練り上げて水の勢いを増していく。


 ゴツゴツとした岩肌や鉄格子の上を走る水は、こびりついた汚れを綺麗に削り取り、表面は磨かれた艶やかな岩肌が露出する。


 「はい、これでキレイになったね!」


 「おや、これはまた⋯⋯はは、上手くこちらの危惧を跳ね除けたね。ボクからは反対する理由がなくなってしまったよ」


 肩をすくめたネメアに、ラスティが目を輝かせて跳ねる。


 「これで、ここに居ていいよね!?」


 「ボクからは反対しないよ。野宿よりはマシだからね」


 「ここが牢屋じゃなければいつでも迎え入れたんだけどね⋯⋯まあいいや。巡回が来ると面倒だし、今日はもう寝ようか」


 窓もない周囲を見渡して、クロは牢屋の中に設置された簡易的なベッドに横たわると、その上にラスティがのしかかる。


 「うえっ!?」


 「えへへ。クロお姉ちゃんの上は貰ったぁ!」


 「じゃあ、ボクは床で寝るかな」


 「そんなのダメ! 皆一緒だよ!」


 薄い布切れを肩から掛けたネメアの背中から水が湧き出し、彼女の体を持ち上げ、クロの横たわるベッドへと押し上げる。


 「えっ、ボクもなのかい!?」


 驚愕に目を見開いたネメアはなす術もなくベッドの上へと移動させられる。


 「これで仲良し〜! それじゃ、寝よう!」


 「ふむ、まあこれも悪くはないか⋯⋯おやすみ」

 

 仄暗い室内の環境も相まって、三人はあっという間に微睡の中へと落ちていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その後、数時間の睡眠を経て、ラスティは再び探索へと向かい、クロがそれを追いかける日々が三日目に突入した。


 「それじゃあ、今日も行ってきます! お城の東側を中心に見てくればいいんだよね?」


 「うん。ボクが城に忍び込んで細工するとしたら、食糧庫か夢幻騎兵の格納庫。それか五王様への危害だけれど、周りには国守の五将(ペンタグラム)が警備していて手は出しにくいと思うんだ。つまり、昨日の探索で分かった通り、食糧庫には特に不審な点は無かった。そうだろう?ラスティ君」


 「ん〜と、多分そう!」


 僅かに首を傾げ即答したラスティに、ネメアは苦笑いを返す。


 「はは。今ボク達が頼れるのはキミしか居ないからね。押しつけてしまって、申し訳ないとは思うけど⋯⋯」


 「ううん。全然へっちゃらだよ! それじゃあ、もう行くね!」


 体を水へと変えて、天井の隙間から染み込む様に天井へと吸い込まれたラスティの姿は、あっという間に二人の前から消え去る。


 「さ。クロ君。今日は探知範囲を倍にしてみようか」


 「分かった。やってみるよ⋯⋯」


 クロが目を瞑り、集中力を高めている一方で、ラスティは城内を駆け巡っていた。


 「えーっと⋯⋯こっち!」


 ラスティは直感のみを頼りに進み、やがて彼女の身の丈の数倍はあろうかという大きな扉の前へとたどり着いた。


 「ここが⋯⋯」


 ゴクリと喉を鳴らしたラスティは、ゆっくりと扉の隙間からぬるりと体をねじ込んだ。


 「さて、不審な物を探せって⋯⋯うわぁ」


 赤い魔石による明かりに照らされた、ズラリと並ぶ無数のディピスを見つめ、ラスティは感嘆の吐息を漏らした。


 「流石王都って感じだねぇ。ん?」


 夢幻機兵を眺め、自身の知るソレと見比べていたラスティは、違和感に首を傾げた。


 「夢幻機兵の魔力が⋯⋯無い?」


 全ての動力が落とされ、その呟きすら反響する静かな格納庫内で、とある声がラスティの耳に響く。


 「首尾はどうじゃ?」


 「ヨホホ。順調も順調。これも、貴方様が手引きをしてくださるおかげですね」


 マリス! と漏れそうになる口を押さえたラスティは、静かに息を殺して二人を見つめていると、ツカツカと足音を立てて獣人の男が後ろから歩いてくる。


 「ふむ。二人ともよくぞ参った! して、計画の方は?」


 「ヨホホ! 今、丁度お話をさせて頂いていた所でございますよ。事は順調そのものでございます!」


 マリスが恭しく礼を取ると、気をよくしたかのようにガラクはフンと鼻を鳴らして腕を組んだ。


 「どうやらそのようだな。なれば、後は其方の虚竜次第だが⋯⋯」


 「問題ありません。マリアの体調もすこぶる良く、“演舞”はこれからすぐにでも行えましょう」


 「ならば良い。では、俺は戻って民衆を集める準備を整える! 邪魔したな」


 そう残して踵を返したガラクは、足速にその場を後にした。


 「ヨホホ。せっかちですねぇ。一体何をそんなに急いでいるので?」


 「演舞のどさくさに紛れて愚息の処分をしたいのじゃろう。相当嫌っておったしのう」


 「あぁ、なるほど。それならワタクシめも大歓迎でございますよ!」


 「あの子には、悪いことをしてしまったかのう⋯⋯」


 「ヨホホ。とんでもない! 父の為に命を散らせるというなら、あやつも本望でございましょう!」


 「本人の口から聞ければ文句はなかったのじゃが、致し方あるまい。⋯⋯して、そこなネズミはいつまでそこに居るのかのう?」


 伏せた瞳を一転、グレンはラスティの隠れる場所を睨みつける。


 「うぇっ!? バレてた!」


 瞬時にラスティは自身の身体を水と化し、逃れようと扉へと駆け出す。


 「まだまだじゃのう」


 グレンは持っていた杖を一つ、トンと地面を突くと、周辺の魔力が一気に消失する。


 「なんで!?」


 ラスティは自身の身体をペタペタと触り、驚愕に目を見開いた。


 「ふむ。迷い子にしては逃亡の判断が早い⋯困ったのぅ」


 「ヨホホ。でした、ワタクシめの影の中に仕舞うというのはいかがでしょう?」


 「ふむ。それが良いじゃろう。では頼もうかの」


 「⋯⋯ヨホホ。あのぅ、ソレ解除して頂きませんと⋯⋯」


 「むっ? これは失敬」


 グレンが再び杖で地面を叩くと、周囲に魔力が溢れ出す。


 「ヨホホ。ありがとうございます」


 「んっ! 私からもありがとう!じゃあね!」


 溢れた魔力を取り込み、ラスティは再度身体を水に変えて逃げようとする。


 「ヨホホ! やらせませんよ!」


 逃げた先にディピスすら丸呑みする程大きな黒い穴が出現し、ラスティを捕らえようと大口を広げて佇む。


 「ごめん、クロお姉ちゃん、これは無理かも⋯⋯」


 黒い影に触れそうになる寸前、瞳を強く閉じたラスティは衝撃に備える。


 「こんなに粘らないで、すぐに撤退してくれれば良かったのに」


 「クロ⋯⋯お姉ちゃん⋯⋯?」


 ラスティの怯える瞳の中には、困り顔のクロが映っていた。

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