38:怒号と判決と真実と
王城へと続く橋を渡った先で、クロは更に奥へ奥へと促されるままに歩き続けた。
「ここから先は、国内でも限られたごく一部の者のみ立ち入りを許可しておる場所じゃ。今のうちに、覚悟を決めておくことじゃな」
「確かに。私はここに来たことないね。開けていいの?」
グレンが小さく頷くのを確認し、五芒星を象った重厚な鉄扉の前に立ち、クロは荘厳な空気を噛み締めるように大きく息を吸い込み、扉を力いっぱい押し続けると、鈍い音を立てて扉が開かれた。
「ふむ。獣人の腕力はそのままか。であるならば、より一層の戒めを施さねばな」
「なにを⋯⋯!」
「暴れるでない。これより先は五王様の御前である。おとなしくせい」
親指同士に小さな輪をかけられたクロは、真っ暗な空間の先へと促される。
「ふむぅ? こやつが最近世間を騒がせていたクロ・リュミナーレか?」
しばらく歩いた先で足元から、扉に刻まれていたものと同じ五芒星の中心に立つと、上から声が降り注いだ。
クロは目を凝らしてその顔を睨みつけるように眺めるが、逆光により表情まで窺い知ることはできなかった。
「ふぅん。随分と大人しいんだな。もっとわめきたてるものかと思ってたが⋯⋯」
腕を組み、見下ろしている者に目を向けてみると、姿形と状況から察するに、人間であることが知れた。
つまるところ、彼こそが五王の内一人であり、レミの父親である、ファズ・シンフォニカなのだろうと、クロは内心小さく関心を寄せた。
「文字通り猫をかぶっているのやもしれませんな」
ファズの左隣に視線を向ければ、頭頂部に丸い二つの耳が立っていることから、獣人であると判断したクロは、彼の名前を記憶の引き出しから漁り出した。
「あぁ、そんな名前だったか」
獣人王ガラクに視線をやり、クロは小さく呟き、手を下に向けて様子を見ることにした。
「事前の挨拶など不要でしょう、ファズ殿。我々もかなり忙しい身。このような雑兵の判決に、時間を取られるわけには行かないのですよ」
「ふむ。そうだな。ガラクの言う通り、我々には話し合うべき議題は民の数だけあると言っても過言では無く、判断は迅速に行わなくてはならない⋯⋯と言うわけで早速本題に入るわけだが、コイツ、何やらかしたんだ?」
ファズの漏らした言葉により、その場に居た全員の胸の内に、冷たい沈黙が流れた。
「あん? なんで皆して首傾げてんだよオイィ!?」
「そこについては、我の方から説明致しましょう。では、本議題を挙げる。この者、クロ・リュミナーレ、またの名をクロスグリンベルト・シャジアルーグは以下の律に背いた事により、相応の処罰を求める次第である!」
そこでガラクは一度大きく息を吸い込むと、再び手元の紙を読み上げる。
「一つ。アルトシザースに於いて、待機命令を無視して突撃した事及び夢幻機兵の私的運用!」
「二つ。指名手配があるにもかかわらず、出頭を怠った事!」
「三つ。夢幻機兵の違法所持及び私的運用!」
「そして最後に、犯罪者である事を伏せ、清浄の姫園の活動に参加していた事。以上だ」
紙面にある事柄を並べ終えたガラクは、額の汗を拭いつつクロに向き直る。
「以上のことから、この者への銃殺刑を求める」
冷酷に、淡々と述べられた言葉にすかさずクロが手を挙げて発言の機会を求める。
「異論があるみたいだが?」
ファズが周囲を見渡して思案すると、ガラクが声を荒らげた。
「犯罪者の意見など聞く耳を持つ必要はありますまい!」
「まあそうカッカしなさんなって。俺は弁明の余地はありそうな気もするが?」
ファズが周囲を見渡すと、言葉に同意するように、竜人とエルフの人影が頷いた。
「て事だ。我々の理念に則り発言を許可する」
クロは目の前のファズへと敬礼を返し、背筋を伸ばす。
「ハッ! 発言の機会をいただき誠に感謝いたします! 私は今回の罪状について、全ての始まりである、第一項のアルトシザースに対しての待機命令の真意をお伺いしたく存じます!」
ファズは腕を組み、小さく頷いた。
「あぁ、あれね。俺も許可した覚えのない命令でビックリだったよ。その辺どうなってんの? アレの主導は確か、ガラクだったよな?」
態度を崩し、頬杖を突いたファズがガラクを見つめると、彼の雰囲気はがらりと変わる。
「我の出した命令には従えぬ、と申すか。良かろう⋯⋯」
ガラクは全身に怒気を纏いながら咆哮さながらに叫ぶ。
「あの時点で、アルトシザースの戦力は足りていたと判断したからに他ならぬ! 他にそう判断した者が二人居った。なれば、それ以上論ずる意味はない!」
「いやいや、ちょっと待てよ。説明になってねえぞそれ!」
「これ以上の説明はない! なぜなら、グレンの新兵器と言って寄越した、虚竜の存在があったからな!」
「ディミ⋯⋯テイト?」
オウム返しにしたファズの言葉を遮り、ガラクは組んだ腕を解き払う。
「ふん。これ以上の詮索はよしてもらおうか。まだ実験段階なのでな」
「いやいや、そんな大雑把な説明にもなってない物で満足できるわけ⋯⋯」
「くどい!」
ガラクが一つ大きく吠えると、周囲の空気がビリビリと音を立てて震えた。
「過半数の承認を得、これは絶対不変の決定である! なれば、この議題についてはこれ以上論ずる必要性もあるまい! なあ?」
ガラクが周囲を見渡し、視線を向けると、竜人の女性はゆっくりと、ドワーフの少女は身を震わせながら頷く。
「では一週間後、この者を“空喰い”にて銃殺とする! 以上、閉廷!」
眉間に皺を痩せ、怪訝な表情のファズを横目に木槌を持ち出したガラクは勢いよくそれをカンと打ち鳴らし、クロは側に控えていたグレンに身柄を取り押さえられ、退室を命じられるのだった。
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魔石の青い明かりがほのかに灯る、仄暗く肌寒い地下牢へと続く道すがら、先導していたグレンは振り向かずに口を開く。
「養子として拾ったとはいえ、数々の違反には擁護のしようがない。⋯⋯無力なワシを許せ」
「いや、オヤジが謝る事じゃない事は分かってるし、こうなる事も覚悟して進んできたんだ」
「ふむ。それは重畳じゃな。なれば、その浮かない顔の理由はなんじゃ?」
「そんなに顔に出やすいかな?⋯⋯それじゃあ、単刀直入に聞くけど、虚竜って何?」
「それが最期の質問で良いのか?」
長く白い顎髭を撫でたグレンは、ふむ、と呟いて続けた。
「あれは、ワシの全てじゃよ。⋯⋯まあ良い。それよりも、もっと気になる事が⋯⋯いや、無意識的に気にせなんでおったか?その全ての始まりを疑問には思わなかったのか?」
「何をブツブツと!」
「何故お主が清浄の姫園に拾われたかという事じゃよ」
「な、何を言って⋯⋯あれはネメアがたまたま通りがかったからって⋯⋯」
「そんな都合の良い偶々があるわけなかろう! ふん、あやつの尻拭いをさせられていたとも知らず、哀れな道化よ⋯⋯そこで真意を聞いてみるがよかろう」
ガシャン!という上の閉まる音に、クロが耳を畳み、眉間に皺を寄せていると、背後から聞き覚えのある声が掛けられた。
「やぁ。ここに来たってことは、五王様⋯⋯いや、ガラク様に一方的な会議⋯⋯にもなってないか。それで、ここに押し込まれたと言う事だね」
簡素なベッドの上で両膝を抱え座る、先の話題の中心人物だった。
「ネメア! どうしてここに!?」
「いやぁ、ボクは何故か議会も通さず一発処刑らしくてね? ご覧の通りやる事もなく、こうして揺れていたわけだ」
じゃらりと手首の手錠と鎖を見せ、ネメアは再び膝を抱えて前後に揺れる。
「ふむ。イマイチ納得いかないという顔をしているね」
「当たり前だよ! どうしてネメアが⋯⋯もしかして、私のせい?」
「あはは、違うよ。うん。そうじゃない。ただ、そうだね、コレは君に知る権利のある話だ。巻き込んでしまったわけだし。少しだけ老人の昔話に付き合ってくれるかい?」
「それは構わないけど⋯⋯」
「まあ、暇つぶしだとでも思って聞いておくれよ。ほら、隣にでも座ると良い。とはいったものの、何処から話したものか⋯⋯」
クロを座らせるだけの空間をあけ、揺れの勢いを増したネメアは考え込んだ末に、そうだね、と口を開く。
「全ての始まりは、五十年前の“人魔大戦”だった。ボクは一応、勇者君⋯⋯いや、イノリ君と一緒に世界中を回ったメンバーだったんだ。あぁ、そんなに畏まらないで、楽にしておくれよ」
背筋を伸ばし、神妙な表情で話を聞くクロに、ネメアは小さく手を振り続ける。
「イノリ君はボク達を置いて、魔王との一騎討ちを挑み、相打ちになったのは聞いたね?」
ネメアに瞳を覗かれ、クロは小さく頷き返す。
「そう、ボクはあの日、イノリ君を止められなかったんだ。一緒に世界を回った仲間だっていうのにね、最後の最後で力が足りず、結局あの子を一人で行かせてしまった⋯⋯」
やがて、とネメアは更に独白のように続ける。
「瘴気が魔王の居城から発せられ、魔物が凶暴化。ボク達はわあの子の乗っていた無限機兵を礎として脅威に抗う術⋯⋯すなわち夢幻機兵を生み出したんだ」
けれど、と更に口を開くネメアに、クロは口を挟まずに居た。
「ボクは当時、別の方向から力を得る術を研究していたんだ」
「別の方向⋯⋯?」
「そう。ヒトがヒトの身でありながら、魔物の如き力を手に入れる術、コレはキミの身体にも関係する事だけれど、つまりは、魔物の細胞や魔石をその身に取り込む方法を研究していたんだ。魔王討伐の功績として、資金はたんまりあったからね。ここ、アストラーダ城の地下を間借りしてね」
「それじゃあ、私にイリスとネメアの細胞が移植できたのって⋯⋯」
「そう。その研究があったからこそだね。けれど、それもあまり上手くは行かなかったんだ⋯⋯だからこその夢幻機兵が研究されるようになったんだけれどね」
「上手く行かなかった?」
「うん。適正を持たない者は意思とは関係なく暴れたり、体が動かなくなったり、魔物に身体を乗っ取られたり、まあ色々と不具合が報告されていたんだ。だから、人体では行わず、小動物だけの実験で難航していたんだ⋯⋯」
けれど一つだけ、と更に口を開いたネメアに、クロは喉を小さく鳴らせて見守る。
「メリットが有ったんだ。それは、瘴気の影響を受け辛いという事。まあ、魔石が二つあるわけだからね。あぁ丁度、今のキミと同じ状況だね」
「瘴気の影響⋯⋯」
呟くクロを横目に、ネメアが更に続ける。
「この話をする前に、グレン君の妻である、マリア・シャジアルーグの話をしないとね。彼女は勇敢だったよ。誰もが立ちすくむ中で、一人ディピスに乗って戦場を駆けたあの姿はまさに、一騎当千だったよ」
「でも、あの人は亡くなったって⋯⋯」
「それは表向きの話だね。彼女は瘴気の吸入過多によって、自我を無くしかけている状況だったんだ。熟練の騎士として名を馳せていたグレン君は、この王城地下で研究されていた、“魔植”⋯⋯つまり、魔物の魔石を人体に移植する技術を知り、当時研究所長だったボクを頼ってきたんだ」
「それで⋯⋯結果は!?」
ネメアは首を横に振り、膝の中に顔をうずめた。
「彼女が衰弱しきっていたせいもあって、魔石や細胞を移植するなんて事、ボクには出来なかったよ」
そうなんだ、と胸を撫で下ろしたクロに、ネメアはしかし、と首を横に振る。
「ボクの弟子であり、研究所の副所長を務めていた、今は五王の内の一人、ドワーフ代表のタルシャが反対を押し切って魔植手術を行なってしまったんだ。そして、案の定魔物の意思に乗っ取られた。つまり⋯⋯」
「オヤジの妻⋯⋯マリアさんは今もあの虚竜の中に居るって事!?」
「そう。けれどそれは、いつか瘴気に乗っ取られ、意思とは関係なく殺戮を繰り返す人形になる運命でしかない⋯⋯分かるだろう? 二つ目の魔石は、瘴気の影響と同じく、浄化の影響を受け難いんだ⋯⋯だからキミを拾ったんだ。全てを終わらせるためにね」
クロを見つめるネメアの瞳には、確固たる意志が宿っていた。
「そして、グレン君の目的はただ一つ。マリア君との安寧の地を築き上げる事だよ」
「そうか、だからファウンティの街でオヤジがあのドラゴンを庇う様に⋯⋯」
「⋯⋯ごめん、キミを巻き込んでしまったどころか、始まりは全てボクの責任だ。腹を切れと言うなら、喜んでこの身を捧げよう」」
ネメアは両手から下がる鎖をじゃらりと鳴らし、クロに向き直って頭を下げた。
刹那、ヨホホという不快な声が地下牢の中に響き渡る。
「マリス!」
「いやはや滑稽ですねぇ!絶望ですねぇ! ちょっとした小細工をしに来てみれば、こんな楽しい事になっているとは! 今までの旅はぜぇんぶ! 謀の上で成り立っていたとは⋯⋯ンフフ。絶望ですねぇ!まさに哀れな道化ですねぇ! ワタクシの涙も増えてしまいそうですよぉ。おっと、道化はワタクシでしたか。これは失敬! ヨホホホホ!」
「何事だ! うるさいぞ!」
マリスの声に反応した看守がバタバタと足音を立ててクロ達の元へと近づいて来る。
「面倒なのは御免ですよぉ。あ、手土産にこの絶望玉を差し上げますねぇ。どうご使用いただいても構いませんので。⋯⋯これで今生のお別れでございますねぇ。ヨホホホホ! いやぁ滑稽滑稽コケコッコー!」
ヨホホ、という響きを残し、マリスは影に呑まれるように消え去っていく。
「うわ、これどうすんの⋯⋯?」
足元に転がる封玉を見てクロが呟くと、ネメアは小さく息を吐いて嘆息する。
「もう暴発寸前と言った感じだね。⋯⋯これも罪滅ぼしか⋯⋯」
「ネメア?」
「コレはボクの身で受け止めよう。クロ君。キミには何もかもお願いばかりで申し訳ないけれど、ボクの身体にこの玉を差し込んでくれないかな?」
ネメアはそう言うと、服を捲り上げてほっそりとしたへそを露出させ、クロへと向き直る。
「⋯⋯やらない!」
クロが拒絶を示すと、ネメアは儚く浮かべた笑みを消して取り乱した。
「じゃあ、コレはどうするんだい!?」
「知らない!」
「そんな子供みたいな言い分が⋯⋯!」
「けど、ネメアが悪くないって信じてるし、頼れるヒトも居なかったのも分かる! だから、勝手に犠牲になんてなろうとしないでよ!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどね⋯⋯でも、この封玉はどうにかしなくちゃいけない。下手をすれば、ココの被害だけでなく、地上へ被害が出てしまうよ⋯⋯」
「考えようよ! 被害の一番少なくて済みそうな場所を!」
クロの怒号に、ネメアはハッと息を呑み、ゆっくりと息を吐いた。
「そう⋯⋯だね。色々と感情が噴き出して少し冷静ではなかったかもしれない。ありがとう。けど、この状況はマズイね⋯⋯」
内に秘められた瘴気が蠢き、今にも外へと漏れ出しそうな封玉を見て、ネメアが頭を振ると、鈴のような声が響く。
「あ、こんな所に居たんだね、おねーちゃん!」
備え付けられたトイレの水面がゴポゴポと音を立てると、水柱となり、それはやがて人の形へと変わる。
「ラ⋯⋯ラスティ!?」
「えへへ、来ちゃった!」
和やかな笑みを浮かべる幼女は見間違いようもなく、ファウンティに住む領主の娘、ラスティだった。




