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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
前章:生還、性転換、英雄譚!編
31/136

30:追跡と消えた瘴気と黒き一角獣と


 「うーん。ここでロリコーンとは別の⋯⋯ショタコーンの匂いは途切れてるな。雨でも降ったんじゃないかな? これ以上は追えないね」


 メルナの腕の中で鼻をひくひくと動かしたクロは力が及ばない事に歯噛みして目を伏せる。


 「ここまで案内できれば上々じゃない。お疲れさま。ご褒美よ」


 満足げに頷いたメルナは紙の小包からクッキーを取り出してクロの口へと差し込む。


 「んまぁ〜」


 口いっぱいに広がる甘みに舌鼓みを打って、クロがトロンと目尻を下げて両頬を押さえると、メルナはその頭に手を乗せて優しく撫で上げた。


 「むぅ。わたしだって、クロとあそびたいのに⋯⋯」


 両頬をメルナへの嫉妬で一杯に膨らませたイリスは、真上から襲い掛かって来た黄と黒の混じる(まだら)模様の蛇、パラライズスネークを引き千切り、茂みへと投げ捨てた。


 そうこうしている間に、頭上には晴れないイリスの胸中を現したかのような暗雲が立ち込めると、ポツポツと冷たい雫となって三人の頬を濡らす。


 「雨⋯⋯?」


 両手を広げたクロが空を仰ぐと、イリスは即座にクロに近寄り、頭上に薄い氷の板を組み合わせて作った傘を展開して手渡した。


 「つかって」


 「あ、ありがとう⋯⋯って、イリスも濡れちゃうだろ。一緒に入ろう」


 「いいの?」


 「良いも何も、作ってくれたのはイリスだろ?」


 「じゃあ⋯⋯」


 「おわっ、ちょっと!?」


 有無を言わせずイリスに抱き上げられたクロは、手足をわたわたと動かして抵抗を見せる。


 「こうしないと、いっしょ、はいれない」


 「た、確かにそうか」


 身長差があるためイリスが傘を持ち、クロは流されるまま身を任せた。


 「メルナにも、はいこれ」


 「えっ、あ、うん、ありがと」


 少し不貞腐れた様子のメルナにも、イリスから氷で出来た傘が贈られ、彼女は遠慮がちにそれを受け取った。


 やや時を置いて、眉間にシワを寄せて気まずそうにクロが手を上げると、二人は一様に動きを止めて彼女の言葉に耳を傾ける。


 「ショタコーンの匂いは辿れないけど、魔力なら行けるかも⋯⋯ごめん、その代わり、少し魔力を放つから魔物が寄ってくるかも」


 「ん。クロは、わたしがまもる!」


 「遠慮するんじゃないわよ。むしろ山掃除もしておきましょ」


 「ありがとう。それじゃあ、行くよ〜!⋯⋯探索(サーチ)


 刹那、クロから放たれた薄青色の仄かな魔力光が鬱蒼とした森の中を照らし出し、周辺にいた魔物達が反応を示しゾロゾロと寄ってきた。


 中でも、特に多いのが緑色の小さな子供のような体躯にぽっこりと膨らんだお腹。

 更に二本の焦茶色の角を剥き出しにし、(しわ)まみれの醜悪な顔からは鋸刃のような歯列からは、クロを見て欲情したのか、涎を滴らせていた。


 「ひうっ!?」


 目を薄らと開け、その姿を見てしまったクロは短く声を出し、身を震わせる。


 「だいじょうぶ。⋯⋯とっておき、みせてあげる」


 イリスは腕の中で震えるクロに聞かせるように耳元へと口を寄せ、囁くようにそう言うと、氷の傘を頭上へ向けて展開する。


 イリスの送り込んだ魔力により、傘の先から無数の槍が射出され、頭上の魔物達へと高速で射出される。


 無数の氷の矢は周囲の水滴すら凍えさせながらゴブリンの魔石が露出している額へと吸い込まれるように迸った。


 「ね、こわくないでしょ?」


 腕の中のクロを揺すり、氷像と化してバランスの保てなくなったのか、次々と木々から落ちるゴブリン達を指差して、イリスは笑顔を向ける。


 クロは別の意味で震えていた。


 「へぇ。やるじゃない⋯⋯ならアタシも見せてあげるわ!」


 イリスの姿に焚き付けられたのか、揚々と魔物の群れの前へと飛び出したメルナは両手の平を合わせ、徐々に開くと、凄まじい熱量を表すかの如く、黄金にも見える巨大な火球が煌々と燃え盛っていた。


 「わわぁ!?メルナ!? それはマズいって!」


 「バカね。この土砂降りの中なら森が焼けるなんてことないわよ!」


 突き出した腕の間から、竜を模した豪炎がイリスの凍てつかせた空気を蒸発させ、水蒸気を上げながら木々の間を駆け抜ける。


 その竜は地表から湧き出すように現れたゴブリンやパラライズスネークを含む数多の蛇、更にはオーク等の中型の魔物達すら次々に丸呑みにして燃料にしながら大きく成長し、やがて天へと昇ると、上空の雲を爆風と火炎を散らして大きく爆ぜた。


 先ほどまで山全体を覆っていた雲は綺麗にぽっかりと穴をあけ、イリスが負けじと更に魔物の残党へと放った氷の槍が通過すると、水蒸気はキラキラと輝く粒子となってクロの瞳にはまぶしく映った。


 「ま、こんなモンよ」


 ドヤ、と擬音がつきそうなほど満足げに大きな胸を張るメルナに、いやいや、と手を横に振って抗議する。


 「なんでそんな誇らしげ!? あんな大きな火柱見られたら里に入れてもらえなくなっちゃうよ!」


 「うるさいわねぇ。アンタはコレ食べてれば良いのよ」


 大口を開けていたクロの口に、メルナは懐からクッキーを取り出してクロの口の中に放り込むとクロは、むぐぅと素っ頓狂な声を上げた後、サクサクと口を小刻みに動かしてかみ砕き、喉を鳴らして飲み込んだ。


 「ん~!」


 手を上下に振り、にへらと口角をあげて尻尾を空に向け、耳を張ったクロは暫く口の中に残るクッキーの風味と香りを楽しんでいたが、はっと我に返ってメルナを睨みつけた。


 「ちっがぁう!」


 グルグルと喉を鳴らしたクロを面倒に思ったメルナは彼女の頭を撫で上げ、口を開いた。


 「それで、ショタコーンの魔力は追えたの?」


 「えっと、多分⋯⋯あっち!」


 クロが指さす方向には茂みの向こうにヒトの通った跡とみられる、けもの道が先まで続いていた。


 「それじゃ、いこ」


 魔物から魔石の採取を終えたイリスが再びクロを拾い上げて抱え、一行はその道を歩き出す。


 「二人とも強いねぇ。夢幻機兵なくても十分通用すると思うけど⋯⋯」


 けもの道を通って先へ進む途中、クロが率直な感想を述べると、反応を返したのはメルナだった。


 「今回は瘴気の影響がなぜか少ないけど、本来ならゴブリンですら結構厄介な相手なのよ? アンタ、瘴気の影響が薄い状況での戦闘経験はある?」


 クロと、ついでに彼女を腕の中に抱えたイリスが黙ったまま首を横に振ると、メルナは更に答えた。


 「ふぅん。クロはエルフの血が入ってそうだから、意外ね。⋯⋯まあいいわ。少し教えてあげる⋯⋯というかコレ騎士の基本情報なんだけど!」


 気まずそうに目を伏せた二人にため息を吐いてメルナは指を立てた。


 「まず、瘴気についてだけど⋯⋯正直な話、あの赤黒い気体の正体は分からないわ。ただ、五十年前の人魔大戦以降現れたことは確かね。それ以前は冒険者と呼ばれる存在が魔物の討伐なんかの所謂戦闘力を売る商売をしていたわ」


 「うん。街のギルドは幾つか見た覚えがあるよ」


 「ならその次ね。やがて瘴気はヒトや動物の持つ魔石を汚染するようになったわ。この効力は個人差があるみたいだけど、咳、発熱をはじめとした諸症状⋯⋯汚染が進むと、体内の魔石から大量に魔力が抜けて、やがて死に至るとされているわ。まあ、それを起こさせないようにアタシ達が活動してるわけだけど」


 「それも知ってるよ。二つの街、助けられてよかった⋯⋯」


 フォゲルナとファウンティの街を思い浮かべたクロに満足げに頷いたメルナは、再び歩を進めて話を続ける。


 「それで、凶暴化かつ巨大化した魔物達は魔法の効きにくい頑丈な肉体と、魔法の効力を軽減する瘴気の膜、“瘴壁”を手に入れたわ。理性と引き換えにね。それに対抗するべく生み出されたのが⋯⋯」


 「夢幻機兵⋯⋯」


 「そう、勇者様が乗っていただけあって、アレの能力は凄まじかったわ。魔石を使い捨てにできる事と、周囲の魔力を吸い取って実質無制限に動ける事で生身の体とは一線を画したわね」


 それから、とメルナは一呼吸入れてまた口を開く。


 「個人で戦力の整えられなくなっていった冒険者は次第に力を無くし、今は駐在している騎士がその役目をほとんど担ってるわ⋯⋯って、このぐらいは勉強しときなさいよ!」


 予想よりも饒舌に語ったメルナの態度に呆気に取られ、言葉を発せずにいた二人が顔を見合わせ、クロが口を開く。


 「あ、いや、全部知ってたからつい⋯⋯」


 「はぁ!? じゃあアタシの説明はなんだったのよ!?」


 「えっと⋯⋯ごめんなさい? なんというか、面倒見、良いんだね」


 「な、ちが、アンタがあまりにもトボけた事言うから呆れただけよ! ⋯⋯まあいいわ。時間も潰せたし」


 ふん、と鼻を鳴らしたメルナがそう言って立ち止まると、木々の先に開けた空間が現れ、クロ達の目の前には先も見えないほど深く大きな洞窟があった。


 「気をつけて。この先にもの凄い魔力を感じるよ」


 クロの制止に立ち止まった二人は、両手に魔力を纏わせて臨戦態勢に入る。


 「どうする? 何故か魔力に乗って瘴気も感じるけど⋯⋯レミ様呼ぶ?」


 「折角ここまで来たんだし、調査だけは終わらせるわ」


 「ん。またさがすの、めんどう」


 「それもそうだね。いやでも、ショタコーンはロリコーンと同じような能力を持ってるんでしょ? 何か対策を⋯⋯」


 「あっ」


 顎に手を当てて思案していたクロの首根っこを、さながら子猫を掴むようにイリスの腕から抜き出したメルナは、幼女を正面に向けて暗がりの中を歩き出した。


 「グダグダ言ってないで早く行くわよ。暗くなったら面倒よ」


 むぅ、と頬を膨らませたイリスが後に続き、彼女もまた、暗がりへと消える。


 「ここは昔、鉱山だったみたいね」


 洞窟の中で目が慣れてきたメルナが足元に敷かれている錆び付いたトロッコが走っていたであろうと思われるレールを見てクロの耳元で囁いた。


 「ひゃああっ! 囁くのはやめてよね!?」


 クロは尻尾を膨らませてピクッと身を震わせると、メルナは口元に笑みを浮かべる。


 「なによ⋯⋯もしかしてビビってるの?」


 「そ、そんなわけにゃ! あぅ⋯⋯」


 噛んだ舌から伝わる熱と痛みを吐き出すように舌を出したクロに、メルナの嗜虐心は更に昂った。


 「ふぅん。あ、ねぇ知ってる?昔の鉱山って凄かったらしいわよ」


 突然語り出したメルナに、クロはえっ? と声を上げて聞き返してしまった。


 「夢幻機兵の大量生産のために鉄が大量に必要だったのよ。だから兎に角速度が求められたワケ。安全なんて二の次よ」


 「えっ、ええっ? コレもしかしてそう言う系の話?」


 良いから黙って聞きなさい、と言うメルナの口元には三日月のような弧が浮かんでいた。


 「それで、何をしたかって話だけど、あ、その前に知ってるかしら? 魔石ってね、限界以上に魔力を注ぐと、魔力が暴走を起こして大爆発を起こすのよ」


 「このタイミングでそれ言うってことは⋯⋯?」


 「そ。主だったのは人間ね。犯罪者なんかの魔石に人工的に魔力を注いで人間爆弾にして、処刑と一緒に鉱物も採掘できる。画期的なやり方って当時は持て囃されたわ」


 「そんな⋯⋯」


 「それで、時々こういう古い鉱山では出るらしいわよ」


 「で、出るって、何が?」


 イリスの足音がひたひたと続く中、震えるクロに一呼吸置いたメルナは、スゥと息を吸い込み、腕の中の黒く細長い耳に囁く。


 「お、ん、りょ、う」


 「みゃああああああっ!?」


 メルナの腕の中で震えるクロは、逃げ出す事も敵わずがっちりと抑えられたまま顔を青ざめさせて悲鳴を上げた。


 その様子を見てメルナはくつくつと笑いかける。


 「ウソよ。そんな非人道的なこと、当時の五王様が承認するワケないじゃない」


 「そ、そうなの?」


 「ええ。魔石を使って採掘してたのはホントよ。トロッコに魔石を大量に載せて運ぶの。で、それをアタシ達みたいな竜人がブレスに魔力を乗せて供給、爆破してたのよ」


 「そ、そうなんだ⋯⋯」


 ほっと胸を撫で下ろしたクロの笑顔に、再びメルナの嗜虐心はむくむくと膨れ上がる。


 「まあ、それに巻き込まれたヒト達も少なくないけどね」


 「みぃっ!?」


 慌てて魔石の光が揺らめく天井を見上げたクロに、メルナはブフッと小さく吹き出した。


 「ホント良い反応するわね。当時はエルフがちゃんとフォローしてたから平気よ。それよりほら、着いたわね」


 薄暗く狭い坑道を抜けた先には、開けた空間が広がっていた。


 魔石の光に照らされたレールが幾重にも重なり合い、その先は無数に枝分かれした穴が数えきれないほど開いていた。


 そして、その光すら吸い込むような真っ黒の一角獣には、クロも見覚えがあった。


 「ロリコーン⋯⋯?」


 「いいえ。あれは白かったじゃない。多分これはショタコーンね」


 「ん。ねてる⋯⋯?」


 「みたいね。それじゃあ、取り敢えず起こさないように⋯⋯」


 メルナがそう指示を出していたその時、彼女の腕から飛び降りたクロの背中に、天井から小さな蜘蛛が糸を伝い降りた。


 「みゃああああああああっ!!!」


 響き渡る幼さの残る甲高い絶叫に、その黒い一角獣は目をパチリと開けて折っていた四足を伸ばして立ち上がり、クロ達の姿を見咎めると、咆哮を上げた。


 「ショタコォォォォォォォォン!」


 「バカっ!たかが蜘蛛が降りたくらいで絶叫するなんて!」


 「だって⋯⋯」


 「言ってても仕方ないわね。ビビらせたアタシも悪かったわ。今は、切り抜けるわよ!」


 瞳に狂気を宿した体長五メートルはあろうかという巨大な馬のような姿をしたショタコーンに、クロ達三人は散開し、距離を取って対峙する。

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