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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
前章:生還、性転換、英雄譚!編
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2:変化と状況と警報と


 「俺が⋯⋯“国守の五将(ペンタグラム)”に⋯⋯?」


 ネメアの言葉を噛み砕くように反芻したクロスに、彼女は小さな頭を縦に振った。


 「そう。近々、“一の将、グレン・シャジアルーグ”が年齢を理由に引退するのは随分前に表明していたけど、後釜が居ないために国への貢献度を加味して彼の次へと代わる⋯⋯って、あぁ、そんな興味の無さそうな顔をしないでおくれよ。そうだったね。キミはそう言う人間だった。重要なのは前者の方だね」


 一人でしたり顔で頷くネメアに、クロスは浮かんだ質問を投げかけた。


 「それは、さっきボク達って言ってた?」

 

 「そう。さっきも言った通り、ボク達、清浄の姫園(クリア・ガーデン)に同行してもらい、襲い来る脅威を振り払って欲しい⋯⋯と、ああ、戦闘のショックでキミの記憶が混乱している可能性もあるか。それなら、軽く歴史の勉強から始めよう」


 そう一息つくとネメアは身を翻し、ベッドのそばに置かれている薬品棚の上に手を伸ばす。


 彼女はヤカンの下に敷かれた鉄板に魔力を込める。


 彼女の魔力を受けた鉄板は瞬く間に赤い輝きを放ち、たちまち熱を発する。


 「少し長くなりそうだから、コーヒーでもいかがかな?」


 ふと、そう聞かれたクロスはなんだか肌寒さを感じ、視線を下にやると、声にならない叫びを上げた。


 何も身に付けていない事に気付がついたのだ。


 「ぎゃああああ!?な、なん、これ!」


 取り乱すクロスを前にネメアは至って冷静だった。


 「ああ、言い忘れていたけど、血がべったりと張り付いてて邪魔だったから、服は処分しておいたよ。女の子が乳房をいつまでと見せているのはいただけないね」


 「俺は男だ! ⋯⋯って、それはいいから早く着るものをくれ!」


 羞恥に顔を真っ赤に染め、シーツで体を隠すクロスを見かねて、ネメアは棚を開いて軍服を取り出し、放り投げて渡した。


 「そそっかしいねえ。っと、ほら、生憎女性用の物しか予備が配給されていないから、コレしか無いけれど」


 「気付いていたなら早く教えてくれ!⋯⋯え?コレを⋯⋯履くのか?」


 左手で薄布を押さえつつ、右手でつまむように持ったのは、布地の少ない純白の白ショーツであった。


 「早く話を続けたいからちゃちゃっと着てくれるかい?」


 ネメアにそう急かされ、クロスは渋々ながらそれに脚を通し、一気に上に持ち上げる。


 「うっ、スースーするし、落ち着かない! それと⋯⋯男として大切な何かを失った気がする⋯⋯」


 「まぁ、そのうち慣れるさ。さ、次は上だね。と言っても、上は付け方が分からないだろうから、ボクが直々にレクチャーしてあげよう」


 反抗する気も削がれ、ベッドへと座り込んだクロスを気にも留めず、するりと近寄ったネメアに胸を揉みしだかれた。


 「それにしても大きい胸だね。うん。エルフの細胞が良く働いてる証拠だ。悪い事じゃないよ。むしろ羨ましがられる類の物だろうね」


 そう言いながら、ネメアは慣れた手つきでホックを締め終えると、彼女の前へと回り込み、その姿を焼き付けるように見つめる。


 「ええい! 揉むな! 見るな!」


 「でもキミ、付け方分からないだろう? まあ、包帯なんかで胸を締め付けるよりは良い。あれは時間がかかるからね」

 

 ブツブツと小さく呟いたネメアに、食ってかかろうとも思ったが、気恥ずかしさでそれどころではないクロスは、次のシャツに手を伸ばす。


 「コレは男物と⋯⋯違うのか。ボタンが逆になってる⋯⋯掛けにくいし⋯⋯窮屈なんだが!」


 やはり少し小さいサイズの物のため、四苦八苦していると、ネメアはクロスの正面に回った。


 「まあまあ。それもボクが付けてあげるよ。早く着てもらいたいからね。他意は無いよ? ホントだよ?」


 「うっ、なんで手をワキワキさせる⋯⋯」


 「良いじゃないか。キミは着方の分からない服を着れて嬉しい。ボクはキミのカワイイ反応を見れて楽しい。それでおあいこだろう?」


 ネメアの迫力に押されてクロスは肩を竦める。


 「はぁ。分かったよ。もう好きにしてくれ」


 どうせ着方も分からないし。と開き直ったクロスに、ネメアは目を輝かせた。


 「良いのかい!? それじゃあ遠慮なく!」


 「あの⋯⋯やっぱ無しで!」


 聞こえないなぁ、という気の抜けた返答が、クロスの嫌な予感を加速させるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「よし。これでベルトを締めて⋯⋯と、うんうん。よく似合ってるじゃないか」


 数分後、そこには濃紺の軍服から凛々しさを感じさせながらも、初めて履くスカートに赤面する一人の少女が出来上がっていた。


 「なあ、やっぱり男に⋯⋯」


 戻れる方法は、と言い掛けたクロスの言葉を、ネメアが遮り顔を顰める。


 「残酷なようだけれど、今はその事は考えない方がいい。いいかい?キミは今とても不安定な状態にあるんだ。人間、エルフ、獣人の三種類の細胞が奇跡的に噛み合って体を構成している訳だからね。そんな状態で更に何か加えるのは、そのバランスを崩壊させてしまう。下手をすればキミの体は耐えきれずに破裂してしまうかもしれない」


 「そんな⋯⋯」


 「まあ、そう落ち込む事はないさ。キミの体は変わってもその中身は一緒だからね。⋯⋯しまった。その確認をするために記憶の確認をしようという話だったね」


 それじゃあ、話を続けようか。と、彼女はベッドの下に収納されていたイスを組み上げて腰掛けると、クロスもそれに倣ってベッドに腰掛けた。


 「と言っても、何処から話そうか⋯⋯うん。今から五十年程前、かつて異世界から“勇者”と呼ばれる人間を呼び出して魔物の王を名乗る、“魔王”を倒した“人魔大戦”の事はよく知られているよね?」


 そう振られた話題に、クロスは首を縦に振って同意した。


 「ああ。彼の勇者、イノリ・クルセの活躍によって甚大な被害を出しながらも辛くも勝利しましたって奴だろ?昔騎士団の爺さん達に耳にタコが出来るくらい聞かされたもんだ」


 しみじみ、と言った様子でそう返すクロスに、ネメアは満足げに頷いた。


 「うん。そこら辺の認識は大丈夫そうだね。その大戦によって、ボクらの世界は良くも悪くも変革が起こった。メリットとしては生活は遥かに良くなったね。勇者君のもたらした知識の数々によって、医療、製鉄、製紙、縫製、畜産、農耕、他様々な物に革命もたらしてくれた。今熱をかけているあのヤカンだって、勇者君の教えてくれた物だそうじゃないか」


 ネメアの指差す先にあるヤカンからは、まだちょろちょろと湯気が噴き出すのみで、沸騰にはもう少し時間がかかりそうだ。


その様子を見て、もう少し話せそうだとネメアは微笑んで続けた。


 「特に大きかったのは、彼の持っていた、スマホという四角い箱だね。あの声を電波にするとかいうメカニズムを如何にか解明し、生まれたのがコレさ」


 ネメアはそう言うと、首にかけてある小さな紫色の石の付いた首輪をチラリと見せるように触れた。


 「これは“魔伝石”。これによって世界はより近く、そしてより早く、より安全に情報で繋がれるようになったワケだ。今までは新しい技術も手紙を通してしか伝達できなかった。そしてそれは酷く不安定な物でね。伝えるにも時間がかかるし、野盗や魔物に襲われて音信不通なんて事も珍しくなかった。それが解決したんだ。技術は発展するよね」


 技術の発展を肯定するかのように、ヤカンがぴゅーと笛のような音を立てた。


 「おや、お湯が沸いたようだね」


 さてさて、と一息つくとネメアは手際よくコーヒーミルのハンドルを手に回し、ゴリゴリと気味の良い音と、コーヒーの独特な香りが室内の薬品の匂いをかき消すかのようにふわりと立った。


 それに対し、クロスはスンスンと鼻を鳴らして首を傾げる。


 「あれ、コーヒーってこんなに匂い強かったか?」


 「ああ、それはキミの体に獣人の細胞が入ったからだね。多分、嗅覚だけじゃない。五感全部が鋭敏になっていると思うよ。まあ、いつもと感覚が違うと思うから、今のうちに慣れておくといいよ」


 そう言いながら、ネメアは出来上がったコーヒー粉をポットに入れて、お湯を流し込んだ。


 「さて⋯⋯話が逸れてしまったけれど、この魔伝石よりも、()()()()()()()()()()()という機構そのものの方が重要なワケだ」


 並べられたティーカップにポットから黒い液体が注がれると、ふわっと湯気が立ち上った。


 「さ、完成だ。と、まあ技術の話で言えば、一番の発展は勿論、君も乗っていた、夢幻機兵(ルナティック・ギア)だね。鉄の巨人に乗って魔物と渡り合えるようになった。これこそ勇者君がもたらした最大の恩恵だね」


 ネメアは自分のカップにミルクと角砂糖を数個摘み入れながら、続ける。


 「その代償は大きかった。まず、人類の最終兵器とまで言われた勇者君があの戦いから姿を見せなくなってしまったこと。それと、魔王が最期に放った“瘴気”と呼ばれる黒いモヤが魔物をより強靭に、巨大に、そして凶暴にさせてしまったんだ。人体に入ると発熱、咳、そして最後には⋯⋯」

 

 部屋の中に流れる沈黙を断ち切るように、クロスのカップにも砂糖を入れようとしたその手をクロスが制した。


 「俺のは何も入れなくて良い。ブラックが好きなんだ」


 「そうかい?ならどうぞ。熱いから気をつけてね」


 渡されたカップの取手を手に、クロスは少し息を吹きかけてコーヒーの表面を冷ますと、ズズッと音を立てて口に入れる。


 「あっちちちち!にっがあああああ!!」


 「ちょっと、大丈夫かい!?」


 突然の悲鳴に、ぎょっとした表情のネメアに目もくれず驚愕に膨らんだ尻尾と耳をピンと逆立たせて、クロスは盛大に悶えた。


 「⋯⋯ボクはキミの五感が鋭くなってるかもって言ったからね?」


 「うぅ⋯⋯なんなんだよぅ⋯⋯」


 クロスは目尻にほんの少し涙を浮かべつつ、ミルクと角砂糖をぽちゃぽちゃと数個摘み入れた。


 「まあまあ、慣れるまではまだ時間がかかるだろうし、これから慣れていけば良いさ。失敗も成功も、経験しなくては慣れるはずもないからね」


 「ふーっ!ふーっ!」


 クロスは両手にカップを持って、念入りに息を吹いてそれを冷ます。


 「⋯⋯着替えたばかりの服にコーヒーを溢さなくて済んだのは幸いだったね。また着替えるとなると面倒だ。さて、魔王が放った瘴気の話はしたね?」


 クロスの惨事を冷めた目で見てネメアは話を進めた。


 「ああ、それで瘴気は人間の魔力を汚染して、凶暴化させるって話だろ? 散々聞かされたし、今更言われてもなぁ⋯⋯」


 クロスは気怠げな表情を浮かべつつ、癖なのだろう、右手で頭の後ろを搔く。


 「ああ、そこまで理解できているなら話は早いね。実はボク達の目的っていうのは、村や街、ヒトの生活圏全てにかかる瘴気を晴らす事にある。詳しくは現場で話すけど、キミにやってもらいたい事はただひとつ。その儀式を邪魔する脅威を排除してもらいたいんだ」


 「ああ。分かった。俺にできることがあれば、協力させてもらう」


 即答で頷くクロスに、ネメアはコーヒーを少しだけ飲んで、小さく頷く。


 「うん。そうだよね。少し考える時間が⋯⋯え? よく考えなよ!? キミは一度死にかけているんだよ!」


 「ああ。さっきの話ぶりから察するに⋯⋯」


 そこまで言うと、クロスは窓の光を遮っていたカーテンをしゃっと勢い良く開けると、陽の光に照らされた木々や岩上が、高速で後ろへと流れていく様子が窺えた。


 「今は移動中で、かつ、拒否権はないって事だろう?」


 そう断言されてしまえば、ネメアは苦笑いを浮かべ言う。


 「そうだよ。加えて言えば、キミはあの時、待機命令を無視して勇敢にも一人でアルトシザース地方へ向かったわけだからね。群がる魔物を切り伏せてさ。そんな英雄も、今や立派なお尋ね者さ。だから殉死という事にしてあるわけだけど⋯⋯まあそれは、キミの活躍への嫉妬とかその他諸々打算込みの言い分なんだろうけど⋯⋯」


 「わかってるさ。自分がどういう事をしたのかって位は。ただ、理不尽に散らされて良い命なんかある訳がない!」


 苛立ちをぶつけるように、地を強く蹴ったクロスに、ネメアは力強く声を掛ける。


 「だからこそ。そんな状況に追い込んだ黒幕を炙り出すため、もう一度キミの力を借りたいんだ。運が良いのか悪いのか、キミは姿が変わった。キミの経歴はこっちで弄っておくから、キミにはクロスグリンベルト・シャジアルーグとしての一切を封印して、別の人物、クロ・リュミナーレとして生きて貰いたいんだ」


 と、ネメアが手元のカップを空にしてそう言った時、室内にけたたましい警報と声が響いた。


 『敵影補足!右舷方向、狼型の魔物三十程度!繰り返す!右舷方向に狼型の魔物三十程度確認!戦闘可能な者は直ちに迎撃体制を整えられたし!』


 若干焦ったようなその声に、ネメアは小さく溜息を吐いた。


 「悠長にお話している時間は無いようだ。キミの活躍、見せてもらえるかい?」


 「色々と話が出てきて正直、分からない事だらけなんだが、取り敢えずはこの状況を打開してからだな。分かった。夢幻機兵(ルナティック・ギア)の格納庫まで案内してくれ」


 「そう言ってもらえると嬉しいよ。“戦鬼”と呼ばれたキミの実力、期待しているよ。さぁ、こっちだ!」


 ネメアは、クロスの手を引いて、医務室を出ると、広い艦内を駆け抜けた。

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