22:地下と一角竜と新機能と
「それをね、偵察に出ていた衛兵の人が見たんだって。逃げるみたいに大きな角で地面に穴を開けて姿を消したって聞いたけど⋯⋯」
「この街の地下には何かあるのか?」
「うん。地下水脈があって、そこから水を取り込んでるよ」
なるほど、と相槌を打ったクロは足早に大広間へと戻り、大扉を開けた。
「いや、人ん家でくつろぎすぎだろ!?」
「お、おふぁえひ」
口いっぱいにパンを詰め込み、頬を膨らませたイリスが出迎えた。
「うちのパンは美味しいからね」
嬉しそうに笑みを浮かべるラスティは気にする様子もなく長卓に並べられた椅子に腰掛け、バケットの上のパンに手を伸ばし、かじりついた。
「うん! やっぱり美味しい! クロお姉ちゃんも早く来て食べようよ」
催促の言葉を受けたクロもラスティの隣へと腰掛けると、一口パンをかじり、もちもちとした食感に目を見開き、尻尾をピンと天へと伸ばした。
「美味い!」
「だよね! 良かったぁ」
にへら、と笑うラスティに、クロは小さく頷き返しその食感を楽しみつつ、次々と手を伸ばして口へ運べば、卓の上に並んだパンはあっという間に彼女達の腹へ収まった。
「ご馳走様。美味しかったよ」
「ん。こんなにおいしいの、ひさしぶり」
「喜んでもらえて良かったぁ。料理長に伝えておくね!」
こほん、と一つ咳払いをしたラスティが俯いて口を開く。
「⋯⋯あのね」
地下調査の依頼を口にしようとしたラスティを手で制し、クロは改めて頷いた。
「もちろん。私達にできることがあるなら手伝うよ。あんな危険な魔物は放置できないからな」
「ん。わたしも、てつだう!」
クロの言にイリスも同意を示し、胸をとんと小さく叩く。
「まずはネメアに相談だな。夢幻機兵を借りて調査しよう。戦闘になるかもしれないしな」
イリスと頷き合うクロに、ラスティは表情を曇らせた。
「その、本当にいいの? 私たちがなんとかしなくちゃいけないのに⋯⋯」
「あんまり思い詰めるな。気軽に助け合えるのがその、友達だろ? それに、美味しいパンも貰ったしな」
照れ臭そうにはにかんだクロに、イリスはこくこくと頷いてラスティの頭を撫でると、宥めるように口を開いた。
「ん。ここは、まかせてほしい」
「クロお姉ちゃん、イリスお姉ちゃん! ありがとう! わたしも頑張るね!」
手を握って気合を入れるラスティに、クロは目を細める。
「ラスティも行くのか?」
「お姉ちゃん達にだけ任せるなんて出来ないよ!」
「ラスティ⋯⋯」
ラスティはふんす、と鼻息を荒げて屋敷の外に向かうと、クロ達も彼女の後に続いて歩き出す。
「⋯⋯それじゃあ行くか」
三人は街の外に置かれているフューリーへ向けて足を踏み出した。
特に問題なく巨大戦艦フューリーへとたどり着いた三人はネメア、シフィへと問題を報告した。
「ふむ。地下水脈に瞳に星の紋章が刻まれた竜⋯⋯それでキミたちは夢幻機兵での出撃許可を貰いに来たわけだね」
整理するように言ったネメアに、シフィが即座に頷いて応える。
「許可しますわ。ただし、飽くまでも調査を優先し、戦闘は最小限に抑える事。そしてこの子を連れて行く事が条件ですわ」
その肩に置いた手をわきわきと動かしつつ、前に差し出したのは銀髪を揺らすレミだった。
「え、わ、私ですか?」
きょろきょろと辺りを見回して、レミが目を点にすると、ネメアが小さく頷いた。
「現状、地下に蔓延している瘴気の浄化が不完全なため、安寧の塔が汲み上げる水に瘴気が混じり、いずれ浄化石の許容量を上回るだろう、という指摘がアーランド氏から挙がってね。その調査をこちらからお願いしたいというわけさ。本来なら安全を確保したうえでレミ様に行ってもらいたいのだけれど、瘴気が残っている以上、地下で再度、浄化の儀を行ってもらう必要があるんだ。頼めるかな?」
四人は改めてネメアに向き直り、敬礼をとって返す。
「承知しました!」
「この任務にあたって、レミ様は⋯⋯そうだね。クロ君に同行してもらおうかな」
ネメアが目配せすると、その意味を察したクロが深く礼をして返した。
「それじゃあ、早速行って貰うよ。あ、クロ君」
各々自身の夢幻機兵へと向かう中、呼び止められたクロが振り返った。
「キミの機体に新機能を追加しておいたから、もしもの時は使うと良い。それとその格好、よく似合っているよ」
その言葉に、自身の格好を思い出したクロは顔を朱に染める。
「えっと、その、うん。ありがとう」
着替えている暇は無いだろう、と判断し、駆け足で司令室を出て行った。
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ラスティの案内で地下へと続く道を越え、鍾乳石がつらら状に連なる水の通り道へとやって来たクロ達は、夢幻機兵で赤黒い水をかき分けながら薄暗く、瘴気の残る水路を渡っていた。
「ネメアから全部聞きましたよね?」
「え、えっと、はい。色々聞いたせいで、まだ整理がつかないですけど⋯⋯」
ディピスを操るクロにしがみつきながら、震える声でそう返したのは、レミだった。
「すみません。騙すつもりはなかったんです。けど、私も命がかかってますので、この事は秘密にして貰えると⋯⋯」
言い淀むクロに、レミは首を横に振って答えた。
「分かっています。クロさんには命を救ってもらった恩があります! 私のことはレミ、と呼んでください。それに、口調も。公の場ではないので、砕けた風に喋って貰えると嬉しいです」
大蛇の腹の中での会話を思い出しながらレミがそう言うと、クロは申し訳なさそうに頭を下げた。
「悪いな。畏まった言葉はなかなか面倒で⋯⋯」
「ふふっ。なんとなく分かりました。貴女がかの有名な戦鬼様だということが。厳粛な場はいつも気まずそうにしていらしたもの」
口に手を添えて淑やかに笑うレミに、クロは苦笑で返す。
「あー⋯⋯それ、自称じゃないんですよ。必死に生きてきて、勝手に称号をつけられて、結局命令違反で命を追われて⋯⋯名前負けですね」
「確かに鬼なんていうのは似合わないですね。私は貴女の生き様は格好良いと思います。私には、顔も、名前も知らない誰かのために全てを投げ打つ勇気はありませんから⋯⋯クロさん。私は貴女に勇気を貰ったんです。貴女が諦めない姿を見せてくれたから⋯⋯」
言いかけたレミの体が、その機体ごと大きく揺らされた。
クロが慌てて脇を見れば、三匹の白蛇が彼女の乗るディピスの足へと食らいついていた。
「残党か!」
『お姉ちゃん! わたしに任せて!』
先頭を歩くラスティの乗る空色のディピスが振り向きながら両腕を構えると、極太の水柱が照射され、白蛇達を瞬く間に奥へと押し流していった。
『ラスティ! 助かった』
魔伝石を通して礼を述べると、イリスも負けじと頬を膨らませてその狙撃銃の照準を覗き込み、引き金を引く。
「クロのあいぼうは、わたし⋯⋯!」
その正確無比な一射ごとに白蛇の頭を撃ち抜いて行く。
みるみるうちにその数を減らしていく白蛇に、クロも感心に息を吐いた。
「これは負けてられないな。レミ、悪いが少し揺れると思う。しっかり掴まっててくれ!」
「はい!」
レミはクロの胸に腕を回して力強くしがみつく。
その柔らかな感触に早鐘を打つ胸を一つ叩いたクロは、両手から魔力を放ち両側の魔石に手を触れてディピスを動かす。
足に噛み付いていた蛇を振り払い、腰に差していた二本の剣を抜き放ち、飛沫を上げながら駆け抜け、一際大きな白蛇の首をすれ違い様に切り飛ばす。
「キリがないな⋯⋯」
「私が行きます! クロさん。後は頼みます」
ディピスの操縦席にある開閉ボタンを押し、外に躍り出たレミが叫び、クロが目を見開いた。
「レミ!?」
「守って⋯⋯くれますよね?」
生身で歌わなければ浄化の効果は無い。それが、五王他レミの歌声を研究した者達の出した結論だった。
それを受け入れる、という決断したレミの勇気に応えるように、クロは声を上げる。
『ああ! とびっきりのを頼む!』
一際大きな鍾乳石の一つを頭部分を切って舞台へと仕立て上げたディピスの手にレミを乗せ、彼女をそこへ降ろした。
レミは目を閉じて肺一杯に空気を取り込むと、やがて震える声を叩きつけるように歌唱をはじめる。
先の戦い同様、彼女を中心に球状の白く輝く波動が広がって行き、無数に群がっていた小さな蛇達は次々に塵へと還る。
レミの歌声による浄化を耐え切ったディピスの体躯程もある大きな蛇が、その声を阻もうと鋭利な牙を剥き出しに、襲い掛かろうと身を屈めるのを、クロは見逃さなかった。
「邪魔はさせない!」
クロの乗るディピスの腕が振るわれると、その蛇は頭から八等分される。
レミが歌う舞台を守るように、クロ、イリス、ラスティの乗る三人の夢幻機兵が囲い込み、四方八方、時には頭上から迫り来る蛇を歌に合わせて舞うように位置を変えつつ撃ち落とすと、その数は目に見えて減少する。
『みんな、もう少しだ! 耐えてくれ!』
『『うん!』』
一様に頷いた彼女達は、更に魔力を込めて目の前の敵に銃口を向け、引き金を引く。
放たれた弾丸は蛇の首を的確に捉え、着々とその数をさらに減衰させ、レミが歌唱を終える頃には、辺りに彼女へ襲い掛かる蛇の姿は確認できなかった。
『ふう⋯⋯まだ油断はできないな。総員、警戒に当たれ』
『『了解!』』
またも声を重ねてイリスとラスティが応えると、三者は正面や足下、頭上への警戒を一層強め、特にクロは目を凝らして正面を見据えていた。
「なんだ⋯⋯?」
鍾乳石の間の暗闇に灯る五芒星に銃口の下に括り付けられた光を向けつつ、クロが少しずつそれに近づくと、その全容が少しずつ露わになっていく。
ぬらりと光る翡翠色の鱗に、ギラリと煌めく鈍色の凶悪な形をした剥き出しの牙。
その額には、牙の倍はあろうかと思われる程の大きな黄土色の角を持つ竜が、右眼の五芒星を輝かせて、伏していた。
『総員戦闘用意! ヤツだ! 一角竜だ!』
その竜は大きく咆哮を上げると、ズシリと重厚な前足を二本上げて竿立ちし、その足を地に叩きつけるだけで、地面が大きく揺れた。
「くっ!? レミ!」
ディピスの向きを反転させ、その手にレミを包み込むと、青白い光に覆われた彼女はクロの乗る操縦席へとその身を移された。
『イリス! 援護を!』
既に銃口を向けていたイリスがクロの指示を受けて引き金を引く。
しかし、放たれた弾丸はその鱗に触れる事すら出来ずにあらぬ方向へと飛んでいく。
『じゃま⋯⋯』
一角竜の前足から放たれた波動により、粉砕された鍾乳石が宙を舞っていて、射線が塞がれていた。
『奴は土や鉱物を操る! 気をつけろ!』
叫んだクロが乗るディピスは双剣を構えて走り出すと、イリスの振りかぶり、大きな岩を切り裂いて道を切り拓く。
「これで!」
開かれた視界の先で、クロに負けじと一角竜はその巨体を更に大きく咆哮を上げ、魔力を解き放った。
「なんだ!?」
再度地面が強く揺らされると、垂れ下がるつららのような鍾乳石が次々と落ち、足を取られていた夢幻機兵へと襲い掛かる。
「くっ!このままじゃ⋯⋯」
ディピスの腕で迫り来る石をやり過ごしていたクロだったが、降り注ぐ石と、天井から垂れ下がる無数の鍾乳石を見て、劣勢を打開策を練るべく俯いた先に、装着したエプロンドレスを見た。
「そうだ。ネメアの言ってたアレだ!」
顔を上げたクロは周囲を見渡すと、見慣れないボタンを見つけ、迷う事なくそれを押下した。
クロのディピスから放射された魔力が、氷の壁によって守られていたステラに直撃すると、その青色の四肢の関節部分が弾け、その機体は完全に六分割されてしまった。
『みゃっ! クロ!?』
慌てた様子で声を上げたイリスに、クロは首を横に振った。
『すまん!私にもわからん!』
呆然とその様子を見ていたクロとイリスを置いて、切り離されたステラの腕が更に分断され、ディピスの腕に装甲として装着される。
脚部、腕部、頭部と装甲が火花を散らしてドッキングされ、最後に胸部が合わさり、操縦席内で、三人は目を見開いた。
「イリス! レミ! 無事か!?」
「え、イリスさん!?」
「なんでふたりが、ステラのなかに?」
小首を傾げたイリスに、クロは首を振って応える。
「今はそれよりもアイツだ!」
クロの指差す方向へ目を向けると、膝を折り曲げて力を溜めていた一角竜が、足下の鍾乳石を砕きながら地を蹴り、走り出した。
「動かないんだが!」
その巨大な見た目に反し、走る速度は俊敏で、空いていた距離はあっという間に詰められる。
クロが必死に魔力を送り込むが、ディピスは一向に沈黙したまま、動かなかった。
「たぶん⋯⋯こう!」
イリスは自身の触れていた魔石が消えている事き気がつき、焦るクロの手に自身の手を乗せて魔力を放つ。
二人の混ざり合った魔力を受けたディピスの目が輝き、一角竜の突進を寸でのところで躱した。
「そういうことか⋯⋯いや、先に言っとけよ!?」
「ね。あぶなかった」
二人が向かい合って胸を撫で下ろすが、すぐさま身を翻した竜に、警戒を強めた。
「一応動くようにはなったが、この魔力の溜まり具合じゃ、すぐに空っぽになるぞ?」
顎に手を添えて考え込むクロに、イリスはペロリと舌を出して言った。
「ねえクロ。キスしよ?」