90:坑道の戦い
『誰ッ!』
羽飾りのついた豪華な造りの兜を被った男は口元に孤を浮かべてニヤリと笑う。
「誰に物を申してるのです? 不敬ですよ!」
瘴気から成る禍々しい色の巨腕を振るい鉄球を投げ返した男から少しばかり距離を取り、クロは相手の様子をうかがう。
背の低さから、ドワーフである事は認識できたが、種族特有の逞しさは何処へやら、脂肪の詰まった腹をたぷんと揺らした男。
そして、先の尊大な態度と瘴気を操る様から相手の正体を察したクロは奥歯を噛み締め、唸るように声を出す。
『お前が⋯⋯お前がデルトか⋯⋯ッ!』
「ふむ⋯⋯なかなかに察しは良いですね。そう。僕こそがダルガンの新たな王にして救世主。デルト・ダルガンシアですよ」
独特の間延びした雰囲気を纏う男、デルトは対峙するメイメツとレドラを観察すると、途端に目を見開いた。
「その夢幻機兵、美しいですねぇ。それはドワーフたちの手が加わった物⋯⋯つまり、僕のの物同然! 是非、お譲り頂こうじゃありませんか!」
欲望に取り憑かれた態度や視線を隠そうともせず、デルトは再び瘴気の腕を伸ばし、メイメツへと迫る。
「この量の瘴気⋯⋯触ったらタダじゃ済まない!」
振るわれた腕の一切を見切り、避け切って見せたクロだが、逸れた瘴気の塊が岩場を侵食する様に、顔を青くした。
『メルナッ!』
青白い光と共に消え去り、迫る腕から逃れたメイメツは、小鼠と蟻に足を取られていたレドラを連れて岩
影に隠れる。
『助かったわ、ありがと。それにしてもあの瘴気、とんでもなく濃いわね。あの腕に捕まったら多分、正気じゃ居られないと思う⋯⋯』
『そ、そんなものを振ってるあの王子は⋯⋯』
『アタシ達が思ってるより、状況はずっと悪いのかもね』
「転移の魔法まで使えるなんて、ますます欲しくなりましたよ! 絶対僕のモノにしてみせます!」
狂ったように振り回される剛腕は壁や床を軽々と打ち壊して進みながらも、デルトからはまだまだ余力が見られた。
「くくくっ! 近くに居るのは分かっているんですよ。でなければ、このまま夢幻支柱は海の藻屑なのでねぇ!」
滅茶苦茶に振り回された瘴気の腕は、まるで鞭のようにしなり、相当量の破壊力を持って暴れ狂う。
『アイツ⋯⋯レイル様の思い出の場所を⋯⋯ッ!』
『気持ちは分かるけど、まずは落ち着きなさいよ。ただ、じっとしていてもアイツは夢幻支柱の掘削を再開するみたいね』
『それなら、私がアイツを引きつける。その間に、メルナにはあの魔物達を片付けて欲しい』
『⋯⋯危険よ?』
『分かってる。けど、だからここまで来たんでしょ? 鋼鉄蟻も瘴気のネズミも、多分厄介だと思うけど⋯⋯』
『一丁前にアタシの心配なんてしてるんじゃないわよ。サクッと片付けて助太刀してやるわよ』
『へへ、その前には終わってるかもねッ!』
『言うじゃない。なら競争よッ!』
レドラと分かれ、特に策らしい策も無いまま岩陰を飛び出したメイメツは、デルトに向けて再び鉄球を投げつける。
「おや。そんな所に居たんですね。さあ、その機体を明け渡しなさい!」
『絶対に、渡さないし貴方はレイル様の前に連れて行く!』
鉄球と瘴気の腕がぶつかり合い、火花が散る。
「ハッ。そんな機体を持ちながら、鉄の球を振り回すしか能がないなど⋯⋯あぁ、なんと嘆かわしい!」
『うるさいなぁ! だったらさっさとここから⋯⋯出ていけぇ!』
「そんなわけには行かないんですよ。僕にもやる事があるのでね!」
『それも⋯⋯やらせないッ!』
鎖で繋がれた鉄球を振り回し旋風を巻き起こすと、瘴気は風に散らされて霧散する。
「あれもこれもと、僕の邪魔が目的ですかッ!」
『そんなわけない!私達はルナフォートを守って、貴方に罪を償わせる!』
「罪⋯⋯罪とはッ! 他種族の言いなりになってのうのうと暮らす阿呆共に制裁を下す事の何が罪だとッ!」
『そんな自分勝手な制裁なんかのために、何の罪もないヒト達も巻き添えにするなんて⋯⋯絶対に許せない!』
青白い光に包まれ、瞬間転移を繰り返す鉄球に、デルトは目を細めつつ眉を顰める。
「今更こんな目眩しッ!」
視界の端で明滅を繰り返す閃光に鬱陶しさを感じたデルトは剛腕を振るうがその悉くが外れる。
デルトを中心に複雑な動きを繰り返した鉄球。そしてそれに括り付けられた鎖が絡み合い、彼の体を締めつける。
「最初からこれが狙いかッ! ぐわぁぁぁぁ!!!」
鎖の巻きついた腹から持ち上げられる感覚に焦りを感じ、デルトは全身から瘴気を放つが、一度浮いた体は最早留まる所を知らず、絶叫と共に跳ね上げられたデルトは天井に頭をめり込ませ、体をだらりと宙吊りにして動かなくなる。
「ま、まだだ⋯⋯まだ、僕は⋯⋯僕はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
デルトはめり込んだ天井を瘴気の鎌で削り取り、彼の身体は徐々に変貌を遂げる。
『虚瘴鯨のお出ましってわけね。けど、その身体じゃあこの坑道では動き難いよね!』
メイメツの腕の中にはクロガネが顕れ、大上段に構える。
「誰が⋯⋯この僕に触れて良いと言った!」
瘴気をひたすらに織り上げ、重ねたデルトの身体はルナフォート上空で見たソレの十分の一程度の大きさの虚瘴鯨が現れた。
『瘴気が厚すぎて刃が通らない!』
『だったら、アタシの炎を使いなさい!』
レドラの放った炎が、クロガネに力を与えるのだった。