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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
前章:生還、性転換、英雄譚!編
13/136

12:帰還と滑走と繋いだ手と


 「ふう。こんなもんかな」


 両手いっぱいに枝を抱えたイリスが湖のそばへ戻って来ると、既に巨大なナマズを三枚におろし終え、額の汗を拭うクロの姿があった。


 「クロ、これ」


 「ん?おぉ、丁度俺⋯⋯ああ、いや、私も今⋯⋯」


 「クロ⋯⋯?わたしのまえなら、別に言い直さなくて、いいよ?」


 首を傾げるイリスに、クロはたじろぎながらも、彼女の言葉を反芻して聞き返す。


 「ホントに良いのか?」


 「うん。なんか、嬉しい」


 はにかんだイリスに、クロは嬉しくなって彼女の頭を撫でようと手を伸ばす。

 その手はナマズのヌルヌルとした粘液にまみれている事に気がついて、慌てて手を引っ込めた。


 「あっぶな! はは、イリスの頭、ぬるぬるにする所だったわ」


 「それは、あぶない」


 頭を両手で押さえて口をへの字に曲げたイリスだったが、彼女の様子にクロがくすっと小さく笑いかけると、それに応じるようにイリスもまた、にへらと笑い返した。


 「ん。それはそうと、枝、拾ってきた」


 「おお、ありがとな。それじゃ早速!」


 クロは急いで湖に手を突っ込んでぬめりを落とし、懐から魔法文字の刻まれた赤い袋を取り出して地面へと置くと、その上に枝を積み重ねていく。


 更に、クロがそれに魔力を通すと、ボウと音を立てて炎が立ち登り、その枝を燃やして、焚き火があっという間に完成する。


 「便利なもんよだなぁ」


 うん。と同意を示してこくりと頷いたイリスを尻目に、一口サイズに切ったナマズの切り身を、枝に刺して焚き火の周りに並べる。


 待っている間に、イリスは自身の上着に手をかけ、ヘソを剥き出しにすると、クロは慌てて彼女を止めに入る。


 「ちょ、イリス!? なんで脱いでるんだっ!」


 「寒いし、ぬれてるから⋯⋯」


 「だからってそんな、少しは恥じらいを⋯⋯」


 「人気もない。女の子どうし。もんだいない。むしろかえる時、濡れてると不快」


 むしろ何故そんなに慌てるのか、とむくれるイリスに気圧されるも、クロは脱ぐのを躊躇(ためら)う。


 「クロも服、乾かそ? わたしだけさむいのは不公平」


 「いや、その、俺は別に⋯⋯」


 渋るクロに、イリスが小さく頬を膨らませ手を翳すと、彼女の目の前を冷気が吹き抜け、周囲の温度が数度下がる。


 「さぶっ!? わかった!脱ぐ、脱ぐから魔法使うなって! さっきまで寝込んでたんだぞ!?」


 「ん。分かれば良い」


 慌ててクロは濃緑色の軍服を脱ぎ、肌とそれを焚き火に晒して、暫く待つ事にした。


 クロは自分達が下着姿である事を意識しないようにと、揺らめく炎を見つめ、枝を追加しようとそれを手に持った時の事だった。


 向かいに座るイリスが口を開いた。


 「あのね、クロ」


 「んぁ?どうした?」


 「助けてくれて。ううん。心配してくれて、ありがとう」


 「いいって。そんな気にすんなよ」


 「でも、わたしが、たいちょーを追っかけたせいで⋯⋯」


 「そういえば、イリスはなんでその、クロス⋯⋯さん?の事追っかけてるんだ?」


 なんとも居心地の悪さを感じながらクロが問いかける。


 「わたし、たいちょーが好き」


 「はぇ!?」


 その告白に、ぽろっと手に持った枝を取り落とし、クロが慌てて拾い上げる。


 「そんなの微塵も⋯⋯いやいや。え、本当にそうなのか?」


 「うん。たいちょーが居なくなったら、寂しいし、辛い。それに、たいちょーと居た三年間は、あったかかった」


 炎越しに見る彼女の顔は、ほんのりと赤みを帯びていた。


 「ふ、ふ〜ん。なるほどね、それで、クロスさんがもし生きてたとして、したい事でもあるのか?」


 その好きの意味を探ろうか、と遠回しに聞いてみる事にした。


 「まず⋯⋯⋯⋯なぐる」


 「なんとまぁ。⋯⋯え、殴るの?」


 こくりと頷いたイリスは、虚空に向かって拳を二度三度振り回した。


 「わたしたち、クロス隊に、麻酔まで使って、一人でかっこつけて出てって、心配させた罰。これはふくたいちょーの責務」


 「わ、わーお⋯⋯」


 きりり胸を張って言い放ったイリスにそれ以上は触らぬが吉と判断したクロは、以降は言葉を発することもなく、淡々と小枝を焚き火に()べて火力の調整に(いそ)しむ事にした。



 それから少しの時間が経ち、じゅわじゅわとナマズの切り身の皮の間から滴る脂が火に垂れ、ふわりとその香りが広がる。

 鼻をすんすんと鳴らした二人は、いよいよ食欲の我慢の限界を迎えようとしていた。


 「クロ。もういい?」


 「ああ。良いんじゃないか?」


 一つ、クロが焚き火に晒された切り身を取って口へ運ぶと、ぱりぱりとした皮と焦げた塩が食感に続き、じゅわりと滴る脂が口の中で弾けた。


 「はふ、はふ! 熱い!けど、うまぁ〜!」


 目をキラキラと輝かせてはしゃぐクロに、イリスも口元の涎を拭い取り、切り身を手に口一杯に頬張る。


 「ん〜!」


 彼女は身の付いていない枝を上下にぶんぶんと振り回し、その美味しさを全身で表す。


 「はは、これは文句無しの絶品だな」


 次々と切り身を手に取り、口いっぱいに頬張ると、六本あったそれがあっという間に二人の胃へと収まった。


 「ふぅ〜食べたぁ!」


 クロがお腹をさすって食べ終わった枝を焚き火に放り込み、食休みを入れて火も消えた頃、不意にイリスが口を開いた。


 「これ、たいちょーにも食べさせたかった⋯⋯」


 しゅん、と肩を落としたイリスに何も言えずに居ると、彼女は顔を上げて言い放つ。


 「お願いクロ! 一緒にたいちょーの事、探して!」


 その真っ直ぐな瞳に、クロは小さく頷き返してしまった。


 「分かった。俺でよければ力になるよ」


 「ほんと!? 嬉しい!」


 イリスが、がばりと彼女へと飛びつく。


 「ちょ、待て待て、今はマズイだろ!?」


 イリスはクロの制止に聞く耳も持たず、激情のままに彼女の胸に顔を(うず)めて頬ずりする。


 「ずっと、ふあんだったの⋯⋯」


 彼女が隊長、と仰ぐクロスは違反者だ。

 当然、彼の事を追いかける事に、賛成の言葉をかける者は少なかったであろう事は、クロにも察せられた。


 「イリス。ありがとう」


 「え?」


 「ああいや、なんでもない。ただの独り言だよ。とにかく、俺は絶対イリスの味方だからな。それだけは間違いないぞ!」


 胸元のイリスの頭へと手を乗せて優しく撫で、視線をやると、お互いが布一枚しか身に纏っていない事を思い出し、クロの顔が真っ赤に染まった。


 「と、とりあえず服を着よう! いつまでもこんな格好じゃ流石に⋯⋯」


 「もうすこし、このまま⋯⋯」


 その甘えるような声色に、クロは彼女の背中へ手を回して受け止めるのだった。



 暫くそうしていた二人だったが、お互いに目を合わせると、途端に気恥ずかしくなって顔を朱に染めて俯く。


 「服⋯⋯着るか」


 クロの腕の中でイリスが小さく頷いて、二人はそそくさと乾いた軍服を着た。


 その服の異変に気が付いたのは、すんすんと鼻を鳴らしたイリスだった。


 「なんか⋯⋯焦げ臭い」


 「あー、焚き火の煙で(いぶ)してたわけだからな。焦げた匂いはしてるかもなぁ⋯⋯」


 クロは鼻に袖を付けて嗅いでみると、ウッ、と顔を(しか)めた。


 「これは洗濯が必要だなぁ。替えの服は⋯⋯あっ」


 ふと、自分の発したその言葉に、ハッとしたあと、『明日の朝、お待ちしておりますね』と言う、女性店員の言葉が蘇り、クロはサァッと血の気が引いていく。

 唐突に血相を変えたクロに、イリスは小首を傾げる。


 「クロ、どうしたの?」


 「忘れてた! 服屋さんに取りに行かなきゃいけなかったんだ!」


 「あっ⋯⋯」


 ぽかんと口を少し開けて考え込むと、イリスは小さく声をあげて目を見開いた。


 「この辺りの瘴気も問題なさそうだし、食糧も手に入れたし、そろそろ帰るか」


 「うん。体もきれいにしたい」

  

 早速ディピスに乗り込んだ二人は、来た時と同じように、クロが操縦をし、その膝にイリスが乗る形となった。


 「変なところ、触らないでね?」


 「触るどころか、両手塞がってるんだけど!?」


 そんな冗談を交えつつ、湖へ来た時よりも一段と距離の近くなった二人は、あっという間にフォゲルナの街へと到着した。


 「やっぱこの門は分かりやすい目印だよな」


 「ん。まよわずこれた。クロ、えらい」


 ディピスの中で、クロの膝に乗ったイリスが手を伸ばし、彼女の頭を撫で回して(ねぎら)った。


 ひんやりと冷たい手に薄らと目を細めたクロは一奴大型戦艦 フューリーへと帰還するべく、南の巨大な門を見据えた。


 「朝出る時はまだ静かだったのになぁ」


 「これじゃあ帰れない⋯⋯」


 クロ達は一旦ディピスを降り、わいわいと大通りを大通りを行き交う人々を見据えてそう言った。


 「イリス。頼めるか?」


 「ん。任せて」


 イリスは胸を小さくとんと叩くと、両手を正面に据えて魔力を放つ。

 放たれた冷気により、街の上空の水分が凝固し、氷でできた巨大なアーチ状の橋が完成する。


 「いける」


 「おお、助かる! ⋯⋯よいせっと」


 クロはディピスを操作して氷へと飛び乗ると、正面に安寧の塔、そして戦艦フューリーを見据えて駆け出した。

 クロが眼下に広がる黒い粒ほどの大きさに見える家々を眺め、随分高いところまで昇ったな、と感想を溢していると、足元の氷がピキピキと音を立ててヒビが入る。


 「ごめんクロ、あんまり、もたない」


 「嘘だろ!? 急ぐぞ!しっかり捕まっとけ!」


 イリスは言われた通りにクロの胸を鷲掴みにして、衝撃に備える。


 「疾駆(ブースト)ぉぉぉ!!」


 ディピスの背中のバックパックが開かれ、剥き出しの魔石から魔力が勢いよく噴射され、その推進力を使ってディピスはイリスの作る氷で出来た道を滑りながら進む。


 「イリス!? 遠回りしてないか!?」


 「ふふっ、たのしっ」


 上り坂や下り坂を作り、緩急やカーブ、更にジャンプ台まで作製して遊ぶイリスに、クロはその反射神経と動体視力の全てを動員し、全力で応えた。


 「んーなろぉぉぉぉおおおお!!」


 この遊びを一向に止める気のないイリスの意表を突いて、クロは安寧の塔へとしがみかせ、くるくると螺旋を描くように地面へ降りる。


 「むう。ざんねん」


 「こら。あの高さから落ちたら、ただじゃ済まないんだぞ? お互いに魔力の限度もあるし。それに、つい昨日までヘロヘロだったのに無理すんなって。さっきも言ったろ?」


 クロはイリスの額をツンと指で突き、諭すような声でそう言った。


 「ごめんなさい」


 「まあ、楽しかったけどさ。さて、丁度フューリーも近いし、このまま歩いて⋯⋯」


 「おーい。クロ君、イリス君!」


 声の主は、手と長い金髪を振りながら空を駆けて来たネメアだった。


 「キミたちねえ⋯⋯夢幻機兵(ルナティック・ギア)が空を走ってるなんて話が聞こえて、文字通り慌てて飛んで来たんだよ? やんちゃも程々にね。今回は傷ついた獣人の方々へのショーという事で処理しておくから。あ、そのディピスも置いて行って構わないよ」


 「悪いな。何から何まで」


 「いいよコレくらい。あ、そういえば頼んでいた食糧と瘴気の件はどうだったかな?」


 「ああ、それなんだが⋯⋯」


 「はいこれ」


 ネメアの手に、巨大なナマズと、その他複数の魚が入った麻袋を乗せて、イリスが小さく笑いかける。


 「わたしたち、釣った!」


 「うん。これは凄いね。しかも瘴気は全く感じられない。という事は、儀式は上手く行っていたんだね。いやぁ、良かった良かった」


 ほっと一息ついたネメアが、目をきらりと輝かせる。


 「これは失った王国への信頼回復に使えそうだ。済まない。これはボク達に使わせて貰えないかな?」


 魚の入った袋を持ってそう(うかが)ったネメアに、クロは小さく頷き、イリスを見る。


 「え、あぁ、それくらい構わないが⋯⋯」


 「わたしも、もんだいない」


 「うん。ありがとう。さて、キミたちはこれからどうするんだい?」


 「とりあえず、服をそのままにしてたから、引き取りに行こうかって話をしてて⋯⋯」


 そうクロが頭を掻いて言うと、ネメアの目がまん丸に見開かれた。


 「あっ。それは済まないね⋯⋯ボクも本来なら行くべきなんだろうけど⋯⋯」


 申し訳なさそうな表情を浮かべるネメアに、クロは首を横に振って応えた。


 「いや、いいさ。服くらい、ちゃんと受け取って来るよ。イリスはどうする?」


 「わたしも行く!」


 間髪入れずに答えたイリスがクロの手を握って大通りへと足を踏み出すと、ネメアに小さく空いている左手を振った。


 「ゆうはんには帰る!」


 「それじゃあ、待っているよ」


 遠くなりつつある影を見送って、ネメアは腕を振って彼女たちを見送るのだった。

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