85:デルトの選択
裂空砲の陰に隠れ身を潜めたメイメツの中、触手に手足を絡め取られたクロにしがみついたイリスは、不満げに口を尖らせていた。
「⋯⋯暇」
「はは、仕方ないじゃないか。レイル陛下がデルト王子に武装解除と投降を促している間、ボク達が表立って行動するのは悪手だからね。合図が来るまではここで待機だよ」
「あの、狭いんだけど」
上目遣いの二人と目が合ったクロは気恥ずかしさに頬を赤く染めて講義の声を上げるが、二人は首を横に振った。
「良いじゃないか。少しくっつくくらい」
「ん。全面同意」
更に迫る二人に、クロの顔はみるみるうちに朱に染まる。
「あ、えっと、今ほら、作戦中だし、合図を見落としたら⋯⋯」
「その心配はないさ。デルト王子の説得に失敗した場合は、即座に裂空砲の空砲が鳴らされる手筈になっているからね。あれだけの砲身からくりだされる轟音は聞き逃す事は無いよ」
そんなことより、とクロを抱く力を強めたネメアは、頬を彼女のヘソに擦り付ける。
「こんな風に触れ合う機会なんて取れなかったからね。少し甘えさせて欲しいな」
クロのヘソにれた頬は徐々に上へと這っていき、胸、首、そして唇へとたどり着く。
「な、何をっ!」
「先の連続転移で魔力の補充が追いついていないだろう? これはボクなりのお礼さ。遠慮なく受け取ると良い。また、助けてくれて、その、ありがとう」
クロは体が淡い翠色の光に包まれ、暖かな力が体内に満ちるのを感じた。
「くぅ⋯⋯なかなかこれは慣れないな⋯⋯」
「けれど、キミの魔力量が減ると、体内の瘴気に抗う力が衰えるのも事実だよ。ここは潔く受け入れて欲しいかな」
「ん。わたしからも、ほきゅー」
頭を鷲掴みにされ、クロはなす術もなく唇を奪われる。
「ちょ、ちょっと二人とも! 私の魔力は別に⋯⋯ッ!」
「言いたいことも分かるけれど、十中八九今回は戦闘になると思われるからね。出来うる限りの準備はするべきだよ」
メイメツの失われた腕を眺めてそれよりも、と息を吐いたネメアは更に続ける。
「⋯⋯やはり、片腕なのは不便だし、少し寂しいね。すまない。ボクのために」
しんみりと表情を曇らせたネメアに、イリスの耳がピクリと動く。
「ん。問題ない」
「いやいや。キミが出張る事も無いさ。ボクに任せておいてくれて構わないよ。そもそもボクらエルフは魔力の総量が多い種族だよ。多少渡した所で問題はないさ」
「けど、わたしはクロの嫁。支えるのが役目」
イリスとネメア、二人の視線が合うと、彼女達の間に火花が走る。
「ちょ、ちょっと二人とも! 私の魔力はもういっぱいだよ! これ以上は私の魔石が耐えられないよ!」
「嘘はいけないよクロ君。まだ三分の一程度は入るだろう? さあ、遠慮せずに魔力を受け取ると良い」
「ん。わたしも、渡す」
頬で押し合い圧し合い、イリスとネメアが競うように魔力を分け渡そうとクロの頭を掴み、クロの頭は甘い香りに侵されて目を回す寸前、凄まじい轟音が三人の耳をつんざいた。
「⋯⋯まあ、そうだろうね。戦力を持ちながら投降なんて選択肢はあり得ないよね」
裂空砲の銃口からは真っ白な煙が上がり、空には夥しい数夢幻機兵、マイスが空を埋め尽くさんとばかりに広がっていた。
「まさか、これ程の戦力を抱え込んでいるなんてね⋯⋯」
冷や汗を垂らしたクロに、イリスは小首を傾げて問いかける
「怖い?」
「まさか。文字通り、片腕で十分だ! 来い! クロガネェェェェェェ!」
手には斧や槍、そして銃を持つマイス達の中に咆哮を上げつつ飛び込んだメイメツは右手に持った身の丈ほどの大剣を一振りすると、黄金の極光が横長に振るわれ、彼らの足を飲み込む。
「うんうん。やはりキミはアストラーダの最高戦力と呼ぶに相応しい。けれどまだ、明滅閃姫の二つ名は伊達じゃないだろう?」
ネメアの発破に呼応するようにメイメツは敵陣の中をひたすらに駆け抜けていく。
一つ空に青白い光が空に瞬いて黄金の斬撃が放たれ、マイスを飲み込み、次の瞬間には、氷の柱によって彼らは次々と捕えられていく。
『ば、馬鹿なぁ!? この瞬間のために、どれほどの時間と金をかけたと思っている!』
二つ青白い光が空に瞬いて空ごと飲み込むような斬撃の嵐が飛び、墜落するマイス達を空に留め、指揮官らしき豪奢な装飾の施された夢幻機兵が頭を抱える。
『関係ないね。文句なら後でたくさん聞いてあげるよ!』
『舐めるなァァァァァァッ!』
三つ目に閃いたメイメツの黄金の光は、彼の持つ鈍色の槌によって阻まれた。
『この街の被害も考えろ! そして、戦う相手は本当にレイル様なのか!』
『誰だかは知らんがオレの覇道は誰にも邪魔させん! 全てを我が手中に収め、より高貴な存在へと至る! それが、オレに課された使命なんだ!』
「「「知らないッ!」」」
振るわれた槌から逃れ、デルトの乗っていると思われる機体に切り掛かる。
「メイメツは彼の背中に周ると、容赦なしにその剣で以って彼の腕を肩口から綺麗に切り飛ばす。
『こんな⋯⋯こんな馬鹿なことがあって良いはずが⋯⋯ッ!』
後方にはレイルの指揮する部隊が迫り、前方には一騎当千の実力を持つメイメツが鎮座しており、追い詰められたデルトは頭を抱えて強く奥歯を噛み締める。
『まだだ⋯⋯こんな理不尽なんかで、止まるわけには⋯⋯!』
瞬間、赤黒い閃光に包まれたデルトは、その身を焦がしながら、ブクブクとその姿を膨らませていき、最後には巨大な一匹の鯨となった。
「さぁ、仕切り直しと行こうじゃないか!」
デルトの反響する声が、大空に響くのだった。