79:ドワーフの救出
「お。目が覚めた? 喉は乾いてない?」
顎にヒゲをもじゃもじゃと蓄えた小人のような男の頬を叩くと、彼は薄らと目を開けてクロを見る。
「おお、可愛らしいお嬢さん。お前さんがオラを助けてくれただか?」
「へへ、まぁね。海の上で木板に捕まっていたのは覚えてる?」
「ああ。ハッキリとは覚えちゃいねぇが、もうダメだぁ〜って思った瞬間、あのでっかくてシュッとした夢幻機兵が⋯⋯ってああそうか! てこたぁお前さんがあの夢幻機兵に乗ってただか!?頼む!アレを作った奴に合わせてくれ!」
唾を吐き散らしながら喚く彼に、クロは逆に肩を掴み返して揺らす。
「落ち着いて! 今やる事はそうじゃないでしょ!」
「おわわわわ、悪かっただ! んだな。手伝う事はあるだか?」
「ええっと、うん。それじゃあさ、上のアイツ、どうにかする方法ないかな?」
たはは、と冷や汗を拭うように頬をかいたクロの視線を追いかけて空を見上げれば、空を回遊する巨大なクジラがまさに今大口を開けてフューリーへと向かっていた。
「ぬあああああああああ!? んだ、もう目を覚ましただか!? オラルナフォートの主砲を脳天に喰らいながらも生き残るとは⋯⋯タフな奴め!」
傍で聞いていたクロは驚きに目を見張りながらも、ペロリと舌を出して手を空へと掲げる。
「攻撃は通るんだね! だったら私も!来い! メイメツ!」
瞬間、青と白が織りなす幻想的な光が海上を包み、周囲の音の一切を掻き消した。
「おぉ⋯⋯おお! やはり気を失う直前のアレは幻覚なんぞではなかっただな! 光さえも飲み込む深い闇を思わせる重厚な装甲に、関節の補強に用いてあるアレは魔法文字だか!? 反発しないように幾重にも丁寧に彫り込まれてるだ⋯⋯ありゃあ兵器と言うより、芸術作品に近ぇだなぁ!」
背に受けた彼の絶賛を力に変え、メイメツは空を駆ける。
「な⋯⋯なんだだ!? あの挙動!片腕を失くしてるのにあの姿勢制御!魔法の連続使用!? しかも空気を⋯⋯蹴ってるだか!?」
メイメツは大きく跳躍を見せると、右手に大槌を呼び出して振り下ろす。
『この迷惑クジラ! 寝てろぉぉぉぉぉぉぉおおおお!』
巨大な体に肉薄し、薄緑色の頭に描かれた紋様の中心に叩き落とされた槌は大クジラに当たった瞬間に一度、そして数秒後にもう一度爆ぜる。
『片腕だと力が出ないか!』
フューリーを飲み込もうと開けていた大口を閉じ進行方向を上に変え、メイメツを振り落とそうと頭を滅茶苦茶に振り回す。
『しがみついてられないか⋯⋯ッ!』
メイメツは大クジラの頭をもう一度叩き、爆風を利用して空に逃げる。
『クロ。平気?』
立ち昇る大波を凍らせて空を舞ったステラはメイメツを腕に抱いて着氷する。
『ああうん。ありがとう、私は大丈夫。けど、あのクジラ、まるで手応えがなかった⋯⋯なんだろう?』
『考えるの、後、帰る』
『そうだね。多分あのヒトで最後⋯⋯だよね?』
『ん、違いない』
イリスは感覚を研ぎ澄ませて気配を探るが、取り残されたヒトが無いと判断し首を縦に振って首肯する。
『ドワーフの遠征部隊、取り残されていた船員六十五名、全員無事ですわ! 転移魔法での撤退なさい、クロ!』
シフィの号令を受けたクロは魔力を練り上げる。
『分かった。それじゃあ、フューリーごと⋯⋯転移!』
メイメツ、ステラ、そして六十名を超えるドワーフ達を乗せたフューリーは青白い閃光に包まれて姿を消した。
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ドワーフの作り出した海上要塞ルナフォートを遠目に見る無人島で、ネメアは腰に手を当てて彼らの前に立つ。
「全員無事に生き残れて良かったじゃないか。ボク達も相応のリスクを背負っただけあるね」
薄い胸を張るネメアに、救助の際、最後に目を覚ましたドワーフの男が目を覚ます。
「おお。お前さんがこの船の代表者だか? オラはルナフォート守護隊の隊長を任されてる、ダンだど。口調については⋯⋯すまねぇ。オラ達は畏まった言葉が使えねえだ。無礼は多めに見てもらいてぇだ」
「もちろん。そんな小さい事に拘るつもりはないさ。キミ達が⋯⋯いや、キミが守護隊長を任されていながら、そういう事に長けていない事はよく知っているよ」
「⋯⋯お? よくよく見たらお前さん、ネメアでねえか! 元気だっただか!?」
恰幅の良い身体を揺らし、顎に蓄えた髭を撫でたダンは、ネメアに顔をずい、と近づけてまじまじと見つめる。
「お陰様でね。というより、キミこそ他人を心配できるほど余裕はないだろう?」
「おぉそうだ。改めて礼を言うだ。お前さん達がいなけりゃ、オラ達は海の底で土に還ってただ! 本当に⋯⋯助かっただ!」
「ふふ。まあ、タダで助ける⋯⋯というわけにも行かないからね」
ネメアがそう言った瞬間、ダンの顔のみならず、他のドワーフ達の顔も青く染まった。
「なぁに。ボク達があの要塞に入り込む手伝いをしてくれればそれでいいからさ」
ネメアは遠くに見えるルナフォートを眺め、不敵に笑むのだった。