76:二度目の喝采
燦々と照りつけていた太陽がその日差しを和らげた頃になって、クロ達一行は街の中心に設置されたステージを尻目に歩きつつ、鼻を抜ける香ばしい香りにウズウズと身を震わせていた。
「⋯⋯あー、キミ達? 一応、シャム爺の魔道具“どこでもお着替えくん”の広報担当として、人前で踊っていたわけだから、その、あまりだらしない顔をその、つまり⋯⋯」
二人の口元から垂れる涎を尻目に、肩を竦めつつ息を吐いたネメアは周囲に視線を向ける。
「いくら視線を集めていないからといって、あまりにもだらしなくないかい?」
口の端を拭き取った二人は辛抱たまらないとばかりに周囲の屋台に飛び込み、両手一杯に串焼きや揚げ物を抱えて戻って来た。
「ん。承知の上」
「だって、こんなに美味しそうなのを前にしたら、耐えられるわけが!」
じゅるりと焼けたコーンにかぶりついた二人にやれやれと首を横に振ったネメアは内心、注意など無意味である事は悟っていた。
「あぁうん。そうだったね。まあいいや。キミ達にはありのままでいてもらった方がボクも嬉しいよ。うん」
と二人から差し出された串焼きを受け取りつつ、ネメアは魔道具の展示をする出店に興味を示す。
「そっちが気になるのかい? まあ、この祝祭の目玉だし、掘り出し物もあるかもしれないね」
「ん。雰囲気、大事」
イリスは懐からスマホを取り出し、カシャカシャとシャッター音を響かせて周囲の撮影を始める。
「ん〜⋯⋯そうだね。イリス君にはこのエルンカップの写真を撮ってもらって、この祭りのフィナーレを飾ってもらうのもいいね。うん、我ながら良いアイディアだ。よし、イリス君、遠慮なく会場の写真を撮りまくるんだ!」
「おー」
気の抜けた合いの手ではあったが、イリスはすぐさま目を輝かせ、手際よく景色を画面の中に切り取って収めていく。
「ヒトの顔を自動的に判別してぼかしを入れる機能まで付けているからね。気兼ねなくジャンジャン撮っておくれよ」
イリスは大きく頷くと、クロの手を握り会場の中を駆けていく。
「ん。クロ、一回転」
「え? こ、こう?」
クロの全身が白色の輝きに包まれると次の瞬間には、彼女の纏う衣装が、以前ステージに立った時と同じ、純白のワンピースへと変化していた。
「えへへっ。なんか楽しくなってきたかも」
クロが満面の笑みでくるりと一回転すれば、ふわりとスカートの裾が広がり、周囲の視線が彼女へと向く。
「え、ええっと、その、あんまり見つめられると⋯⋯」
「ん。不本意。ネメア、空から撮る。手伝って」
頬を紅潮させてクネクネと身を捩り、満更でもなさそうなクロに、イリスは膨れ面を引っさげたままネメアの手を取る。
「もちろん。イリス君の思ったアングルで撮れるように、ボクも協力するよ」
三人はふわりと宙に浮き、イリスの指定した地点へ跳び、空からの景色と撮影を楽しんだ。
飯を食い、酒を片手に肩を組んで歌う者。
観客に囲まれながら魔道具の披露をする者。
ステージの真ん中で踊る者。
観客に徹し雰囲気に酔う者。
様々な様子を細部まで視認したクロは感慨深げに息を吐き出して空を漂う。
「やっぱり、守れて良かった」
「あぁ。キミ達の頑張りのおかげだよ。今回ばかりは本当に感謝をしても仕切れないほどの恩ができたね⋯⋯本当に、ありがとう!」
「ん。頑張ったのは皆。わたしだけじゃない」
「おや。喧騒をしないでくれよ。国境が壊れた瞬間、ガルドニアに真っ先に連絡してくれたじゃないか。あれのおかげで、現状を上手に纏められそうだと母上が喜んでいたよ」
かぁ、と頬を珍しく朱色に染めたイリスを尻目に、上空からの景色を目に焼き付けていたクロは、熱気に満ちた空気を取り込むように息を大きく吸い込んだ。
「ん。この景色を、良い」
「それじゃあ、こんなのはどうかな!」
「え?⋯⋯ちょっ、ネメアァァ危なっ!」
ネメアは唐突にクロの腕を掴み彼女の身体を振り回すと、空にはキラキラと輝く軌跡が生まれる。
「勝利の余韻に浸る祝祭の夜に、空を踊る美少女なんてロマンチックじゃないか」
「ん。最高」
ニヤリと顔を向け合って笑みを浮かべる二人とは対照的に、クロは青白い顔で目を回していた。
「こここれ!落ちたらシャレになってな⋯⋯」
「大丈夫。というかキミ、今ならソコに立てるだろう?」
クロの足元には氷の足場が生成され、それはネメアの魔法によって固定されていた。
「あ、ほんとだ。これなら⋯⋯」
タン、タンとリズムを刻んで踊るクロは、イリスの手を取って足場に乗せると、氷の強度を確かめるように靴裏を打ち付けて軽やかに舞い踊る。
「私はネメアと一緒に踊りたいな。ダメ⋯⋯かな?」
クロの差し出された手を取ろうか、と躊躇する手すら紅潮させたネメアは、ゆっくりと首を横に振る。
「そ、そんな。その役目はボクじゃないだろう?」
「それじゃあ言い方を変えようかな⋯⋯私達、このままじゃ空で遊ぶ不審者になっちゃうよ。ほら、私達の耳、コレでしょ?」
「キミ達は特にこの国の守護に尽力してくれたんだ。今更そんな、種族を気にする者なんか居ないさ」
「なら、一蓮托生。落ちる時、一緒」
「おっと。そうきたかい! それならボクも、命を張らないわけに行かなくなったね」
ネメアはクロとイリスの手を取ると、氷の足場に一歩を踏み出し、彼女達の奏でるリズムに加わる。
「ふふっ。まさかキミ達とこうして踊る日が来るのは思わなかったよ」
しばらく踊り続け観客の熱気が最高潮に達したその時。クロの耳は「ギチチ」という聞き覚えのある音を拾い上げた。
「あれは⋯⋯ッ!?」
「どうやらまだ、生き残りが居たみたいだね。すまないクロ君。少し手を貸してくれるかい?」
結界の外で牙を鳴らす夢幻喰らいの子供に目を向けたネメアは頭を下げる。
「もちろん!この祭りの邪魔は二度とさせないんだから!来い! メイメツ!」
現れた片腕の夢幻機兵と、その名の由来となった短距離の単位による光を拝み、祭りを楽しんでいた人々は二度目となる喝采を送るのだった。




