75祝祭の続き
「瓦礫が浮いて、施設が家が⋯⋯ううん⋯⋯街が、元に戻ってる!?」
目をくしくしと擦り再び同じ場所に目を向けたクロは、同じ動作を何度も繰り返すも景色は変わらず⋯⋯否。変わり続けていた。
「巻き戻った時間は破壊された瞬間とは別の時間軸を歩む事で、いくら時間が経とうと、壊れることはないというわけさ。ただし、この魔法はヒトへは対象外だから安心してほしい」
「なら、メイメツの腕も戻せるんじゃ⋯⋯」
「アレは魔法に対して強い抵抗を持つ魔法文字を刻んでしまっているからね。下手をして制御系統番がおかしくなったら厄介だよ。戦力として運用するならまだ片腕だけの方がまだマシじゃないかな」
メイメツの関節部分には様々な補強と強化の魔法文字がてんこ盛りで、これ以上の傑作は生み出せないよ。とはネメアの談だ。
「そっか。簡単に腕は直らないのか⋯⋯早くメイメツの腕を直してあげたいけど⋯⋯」
「ドワーフを助ければ、協力を得られる⋯⋯かどうかは分からないけれど、話くらいは聞いてくれるかもしれないね」
着々と元通りに組み上がる家屋を眺めつつ、ネメアは深く息を吸う。
「また、目標が遠ざかったね」
「この国自体を高位次元に昇華するって話?」
「よく覚えていたね。そう。あんな絵空事よりも、目の前に迫った現実に対応する方が遥かに優先順位が高いと判断したんだろう。アレは母上なりの同盟への加盟表明なのかもしれないね」
空にかかる薄い橙色の結界が修復され、それぞれ四方を囲む空に浮く島から水が降り注ぎ、クロ達の立つ路地裏に清らかな水が湧き出した。
「これで暫くは結界がなんとかしてくれるだろう。とはいえ、結界の強化は急務だろうけれどね」
ふぅん、等と話し込みながら水路を辿りつつ着いた先には、華々しくも賑やかな光景が広がっていた。
燦々と照る太陽の下で肩を組みつつ、高らかに笑い声と歌を奏でるエルフ達。
更に人だかりの中央には巨大なハープを爪弾くセレスの姿があった。
「おや? なんだお前かい。見せモンじゃないよ。ほかを見て回りな」
口を“へ”の字に曲げ、あからさまに不満げな様子でシッシッと手で追い払うセレスに、ネメアが噛みついた。
「まあまあ。そこまで邪険にしなくえもいいじゃないか。それよりも、こんな所で演奏だなんて、女王を降りて大道芸人に転向する気かい?」
「はっ、お前と言い合いをしていられる程、あたしゃ暇じゃないんだよ⋯⋯」
ネメアの言を鼻で笑ったセレスはハープの前に設置された長椅子の上でつま先立ちで弦を弾きつつ、時々空を見上げては額の汗を拭き取って息を吐く。
「はぁ、ま。全員が納得行くとは思ってないけどね。それでも、アタシは不確かな未来よりも“今”を選べるくらいには目を覚ましたよ。お前達の働きがなければ、アタシは変わらずにエルンの次元隔離を進めていただろうさ」
感慨深げに呟くように、ゆっくりと声を出したセレスに、なおもネメアが食ってかかる。
「何がお前達の働き、だよ。第一、キミが今こうして全力で働いているのも元々はボク達の話を聞くどころか排斥しようと指名手配までした自分勝手な行いと、見る目の無さが原因じゃないか。猛省しなよ」
「あぁ、あれも悪かった。特にそっちの黒髪の子には悪いことをしたと思ってる。すまなかったね」
手は忙しなく動いているが、真っ直ぐ射抜くように向けられた翡翠色の瞳に、クロはたじたじと恐縮するも小さく頭を下げ、改めて彼女の様子を見る。
「えっと、改めて、私は“清浄の姫園”のリーダーをしてます、クロ・リュミナーレです。娘のネメアさんにはいつも⋯⋯」
「あー。アタシは知っての通りセレスだ。堅苦しいの抜きにしておくれよ。ただでさえこっちは陰気臭い家臣どもに囲まれて息苦しい生活してんだからさ」
全く面倒だ、と言わんばかりに肩をすくめて見せたセレスの金髪が揺れ、彼女の演奏がピタリと止まる。
「それじゃあえっと、セレス⋯⋯さん?」
「なんだい? アンタは今回の功労者だ。邪険にはしないさ。そんな小難しい顔をして何を聞きたいんだい?」
豪奢な長椅子から飛び降りたセレスはクロの足元まで駆け寄ると、彼女の瞳を上目遣いに覗き込む。
「え、私、そんなに分かりやすい⋯⋯ですか?」
「娘の友達だ、敬語も不要さね。そりゃあ今でこそこの身体はちんちくりんだけどねぇ、経験が違うのさ。⋯⋯とまぁ、アタシの事は置いといて、何の用だい?」
「それじゃあ遠慮なく⋯⋯それで、セレスは何をしてたの?」
「ああ。これはアタシの作った魔道具さ。名を“水戻の竪琴”といって、効果は時間遡行の魔法の範囲を広げたり移動させたり出来る優れものだよ。やり方は秘密だけどね」
自身の身体の特徴を理解しているのか、セレスはパチリとウィンクを決めて空に手を掲げると、周囲のエルフ達が湧き上がり、エルンカップを開催していた時の賑やかさを取り戻していく。
「さて。アタシ達は種としてずっと追いかけていた理想郷を捨てて現実と戦うことにしたんだ。中断していた祭りの続きくらい、させてくれてもいいじゃないか」
手に持ったグラスに口をつけ、妖艶な笑みを浮かべて見せた幼女はクロの襟首を掴んでステージに上がり、声を張り上げる。
「皆の者! 先日の蜘蛛討伐、誠に大義であった! 重篤な怪我を負った者も、死者も無かったと聞く! それは偏に貴殿らの重ねてきた研鑽の賜物だろう!よくぞ堪えてくれた! 更に今回、我らが天敵の退治に協力してくれた者たちがいる! 皆、よく見ていたであろう! あの空に瞬く星のように、現れては消えた黒い夢幻機兵。あの乗り手こそ彼女、クロ・リュミナーレである!」
クロは向けられた拍手に頬を引きつらせ、事の成り行きを見ているだけに留まるのだった。