69:厄災の片鱗
「まったく。エルンを崩壊に導くだけに飽き足らず、エルフを無限喰らいの非常食代わりにする予定だったんだよね? 無限喰らいのお腹の中には、ボクらを“苗床”として“栽培”する設備を見つけたよ」
虚瘴機兵の今にも砕け散りそうな右腕と、メイメツの焼け焦げた右腕が交差し、周囲の砂埃を舞い上げる中、ネメアの指はクロの腕にズプリと沈み込む。
「えっ? イタタタタッ! 分かってるよネメア! 許せないのは私も一緒だから!」
メイメツに魔力が通るとその眼には薄緑色の光が灯り、ゆっくりと折っていた足を踏み出し、堂々と立ち上がる。
「⋯⋯しかし、随分と舐められた物だね」
そうポツリと溢すネメアの視線の先には彼女の言葉通り、あちこちにヒビが入った装甲と欠けた指、そして漏れ出していく瘴気を圧縮する力すら無いのか、赤黒いモヤを沸き立たせる虚瘴機兵の姿があった。
『ヨホホ。満身創痍は互いに同じ。であればぁ、アナタ方はここでオシマイですねぇ!』
先に動いたのはマリスだった。
肩口に装備された連装砲から無数の瘴気の弾丸がメイメツに襲いかかる。
「うん、丁度いい。少しボクの魔法を扱う練習してみようか。まずはそうだね、目の前に重力の壁があるイメージで腕を前に出すんだ」
言われるがまま、クロは魔力を操作してメイメツの腕を動かし、腕を前に突き出す動作をすると、彼女の言葉通り、魔力を練り上げて魔法を放つ。
「えっと、これでいい⋯⋯のかな?」
「うん。いい感じだよ。その証拠にほら」
彼女の指差す先には確かに、瘴気の弾丸が地面に吸い寄せられるように消える。
「これが、ネメアの魔法⋯⋯?」
「今はキミのチカラでもあるね。更にこの魔法はただ物体の重さを変えるだけじゃない。今度はその重力の壁をアイツにぶつけるイメージで⋯⋯」
言われるより早くメイメツは伸ばした腕を振るうと、重力の壁に潰された瘴気の弾丸ごとがふわりと宙に浮き、マリスへと襲いかかる。
『ちぃッ!』
マリスの悪態を吐く声が響くと虚瘴機兵の姿がドロリと影に溶け、その姿をくらませる。
「恐れることはないよ。今のキミにはソレができる⋯⋯そう。魔力の糸はとても脆いものだ。しかし、ボクの魔法さえ加われば⋯⋯」
「う、うん⋯⋯」
辺り一面に張り巡らされた魔力の糸はマリスの瘴気に触れると虚瘴機兵へとまとわりつき、その重みを一気に増して雁字搦めにする。
『く⋯⋯く⋯⋯クソッタレ共がぁ!』
怒りを露わにしたマリスは高密度に圧縮された重力と魔力の籠った糸は流石に引き千切らないと判断したのか、その場でくるくると回ると、瘴気の弾丸を撒き散らした。
『ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ワタクシはぁ⋯⋯こんな所で堕ちる訳には行かないのですよぉ!』
「それはこっちも同じだ! このまま貴方を放っておいたら、たくさんの悲しみが生まれる⋯⋯そんな事は絶対にさせない!」
瘴気の弾丸が地面へと付着し、何体かの虚瘴機兵が生まれ、次の瞬間にはメイメツの蹴りによって蹴散らされていく。
『ヨホホ⋯⋯今更ですねぇ! そうそう。今回のエルフ共はよく働いてくれましたよぉ! 五十の年を経ても夢幻喰らいへの恐怖が薄れなかったというのは、いやはや流石、長命種といったところでしょうかねぇ! あぁ、もうじきですよ、魔王様ぁ⋯⋯また、この世界に混沌と狂乱を⋯⋯!』
糸によって締め付けられている虚瘴機兵だったが、両の手を合わせて空を拝むように仰ぎ見ると、その身体から瘴気の赤黒い色よりも更に深く暗い黒色の光が辺りに満ちる。
「まだあんなのを持っていたのかい⋯⋯」
それでも、と言いかけたネメアに、クロは仄かに笑みを浮かべて口を開く。
「「関係ないよね!」」
奪われた視界はクロの転移が織りなす光によって無数の残光によって晴らされる。
「おや。結局行き着く場所はそこかい? 威勢のいい言葉を吐いた割には、随分と及び腰じゃないか」
真っ黒な光が収束し晴れた視界の先には背中から真っ黒な翼を生やした、真っ黒なモヤを鎧のように纏う虚瘴機兵が佇んでいた。
『好きに言うといい。どうせ貴様らの最期は此処、と決まっておるのだからな!』
言うや否や、虚瘴機兵の手の上には正体不明の力が槍の形を成し、複雑な軌跡を描きながらメイメツを追尾する。
「“重力壁”!」
メイメツの四方に展開された壁によって大凡の槍は押し潰されて空気に溶けるが、残った数本が真上へと飛び、垂直落下の重力を味方に、続々と降り注ぐ。
「ボクを忘れてもらっちゃ困るよ」
ネメアが指をトントンと軽く叩くと、降り注いでいた黒槍の雨は明後日の方角へと進行方向を変えて飛んでいく。
槍の雨が晴れた先に何もない事を確認し次に虚瘴機兵へと目を向けると、先程の黒い力が指先へと収束し、クロ達へと向けられていた。
「ッ!」
次の瞬間、黒い弾丸が青白い光を塗りつぶしながら近くの岩に衝突すると、凄まじい爆発を引き起こす。
「向こうの余力がわからない以上、あまり手札を切らさない方が得策だね。あんなのに付き合っていたら、こっちの身が持たないよ」
外装はボロボロながらも、次々と苛烈な攻撃を繰り出す虚瘴機兵に、クロは紙一重で避けつつポツリと溢す。
「うん。いきなりあんなに強くなっちゃって、口調もいつものおちょくった感じとも、怒気をむき出しにしてるでもない⋯⋯なんだか、中身のない相手と戦ってるみたい」
「そうだね。恐らく奴の正体は⋯⋯」
『余を品定めとは不敬である!』
更に厚みを増した黒い弾丸の中を青白い残光を散らしてメイメツが避ける中、ネメアがゆっくりと口を開く。
「かつて世界中に魔物と恐怖を振り撒いき、自身を魔王と称した者。そうだろう?」
『いかにも。世界が我を渇望する限り、我は何度でも蘇ろう!』
虚瘴機兵は両手を広げ大空へと飛び立つと、青空を侵食するように、じわりと黒い影が周囲に広がる。
「やはり復活してしまったか⋯⋯けれど、勇者君はもう⋯⋯」
「けど、このまま放ってはおけない⋯⋯でしょ? なら、力を貸してよ。ネメア!」
圧倒的な力の前に俯いたネメアに手を差し出し、ネメアは震える手で彼女の手を握り込むと、翡翠色の魔力が天を貫くかのように昇る。
「そうだね。いつの間にかあの子じゃないと倒せないなんて錯覚していたよ。うん。今なら、キミが⋯⋯そしてボクがいるじゃないか!」
メイメツは蒼と翠の魔力を纏い、空を覆った影の更に上を取り、脚を前に突き出し、重力の魔法を加えながら一直線に降りる。
『むっ⋯⋯マリス、貴様。なんとも半端な形で我を呼び出しおって!』
空の影を維持しようと腕を伸ばした虚瘴機兵のヒビは一気に広がり、やがてその機体は跡形もなく瓦解し、空の影も晴れて消えた。
「⋯⋯周囲に瘴気の反応は無いようだね。倒せた、なんて言えるほどの手応えは無かったけれど」
『貴様ら。運が良かったな。いずれまた、相見えよう』
晴れ渡った空に、不安な声だけが響くのだった。




