66:賢姫の独白
「はあああああああッ!!! ねじ込めぇぇぇぇぇッ!」
クロの大絶叫と共にメイメツは右手の巨剣、クロガネを橙色の結界へと突き刺し、すかさず魔法を発動。
夜空を散らすような黄金の光は、見る者の瞳に悉く希望の炎を灯す。
「ヨホホ! 逃げ帰ったかと思えば性懲りも無くまた来ましたかぁ! 良いでしょう! 絶望の収集は十分です。今度こそ本当の終幕を見せて差し上げますよ」
眩い希望の光と相反するように、暗く、滾るような憎悪を燃やした男は、振ろうとしたその肩に弾丸が撃ち込まれる。
『クロの邪魔、させない!』
揺るぎのない決意の込められた弾丸は彼の一挙手一投足に合わせて、間接に氷の弾丸が撃ち込まれる。
『カァ〜!いまさらこんなちんけな魔法でェッ!』
『あの蜘蛛、天敵。でも貴方は違う!』
ついに指先一つ動かすこともできない氷像が作り出され、クロは安堵の息を漏らしながらメイメツを駆る。
「イリスは善戦してるか⋯⋯なら私もッ!」
『クロさん!何処かに、大量に子蜘蛛を吐き出してる穴があるはずッス! そこに、その剣で掻っ捌いてやるッス!』
脳内に響く大雑把な指示に、クロは溢れ出る魔力と共に絶叫する。
「何処かって⋯⋯どこだぁ!」
エルンの空は赤黒い瘴気とメイメツの青白い光、更にはクロガネの黄金の光が滅茶苦茶に飛び交い、探索どころではなく、投げやりに振るわれた黄金の光かま無限喰らいの腹を傷つけ、絶叫が木霊する。
「おぉう。たまにはやるじゃん私!」
弱点を見つけて冷静になったクロの鼓動がクロガネに更なる黄金の輝きを与える。
「穿てッ!」
メイメツは剣を無限喰らいの腹に突き立てて魔力を解放すると、限界まで圧縮された黄金の光が噴き出る血液すらも蒸発させながらぐんぐんと肉を裂いて突き進む。
「届けえええええッ!」
息もつかせぬ黄金の連続刺突は岩盤のように硬い無限喰らいの肉を削り、抉り、融かして進む。
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クロが目を覚ました頃まで時は遡る。
ネメアは目の前に置かれた端末に手を乗せて独りごちていた。
「漸く⋯⋯ボクの残した全てを終わらせることができるね⋯⋯ここまで、本当に長かった⋯⋯」
複雑な想いを乗せたネメアの手で描かれる魔法文字は、その速度を上げ、煌々と光を放つ端末の上にびっしりと描かれた一枚のページとなっては上部の魔石に取り込まれる。
「元々は失敗から出来た魔法が、こんな役に立つなんて⋯⋯ハハッ。ボクらしいと言えばそうなんだろうさ」
一ページ、無限喰らいの魔石に魔法文字が取り込まれる。
「ははっ。こんな時に思い出すなんてね。まあ短い付き合いだ。ボクの後悔もまとめて吹き飛ばしておくれよ」
更に一ページ、書き損じた魔法文字が取り込まれる。
「最初はそうだね⋯⋯ボクはこの街をキミから守ろうとこんな施設まで作って、支配される側からの脱却を図ろうとしたのさ。キミは散々抵抗を見せてくれたよね。最後の抵抗に、瘴気まで取り込んでくれたおかげでボクらの計画は盛大に破綻したよ。制御下に置いても牙を巻かれちゃ堪らないからね」
二ページが連なって魔石に取り込まれる、
「キミの制御装置の鍵は“王族の血”。だからボクの血を悪用する者から逃れるため、ルルアをシャム爺に預けて、キミの封印を施した勇者君に着いていく事にしたんだ。まさか、見つけ出されるなんて思わなかったし、隠蔽の呪符まで持たせたのに⋯⋯」
後悔の念と共にまた一つ、魔法文字が魔石に刻まれる。
「それから、ボクらは魔王と戦うために、色んな国を渡って色んな種族と同盟を結び、アストラーダなんて国を作るまでに至ったんだ。結果はご存知の通り、勇者⋯⋯いや、イノリ君一人の犠牲で魔王は打ち倒され、最後に放たれた瘴気が世界中に散らばり、意図的かは分からないけれど、それが再び各種族を隔てる障壁になったんだ⋯⋯あの時、あの子の手を掴んでいれば⋯⋯」
後悔がまた一つ、魔石に刻まれる。
「残されたボクは魔物の研究成果を国で発表し、アストラーダを瘴気から守る、軍の研究員として重用されたんだ“賢姫”なんて称号まで貰っちゃってさ。本当はすぐにでもイノリ君の後を追いたかったけれど、瘴気を取り込みすぎたヒトの助けになるのなら、なんて変な正義感に駆られた結果が、魔竜となって暴走したマリア君だ⋯⋯またボクは、同じ過ちを繰り返したんだね」
深い後悔が魔法文字となって魔石へと飛んでいく。
「そんなボクにも、やっと誰かの役に立てる場所ができたんだ。最初のツケを支払ってあの子達を助けられるのなら⋯⋯ボクはこの選択だけは後悔しないと確信しているよ。そう⋯⋯ボクは心に従ったんだから⋯⋯」
瘴気で体は蝕まれ、体内の魔力は魔法文字を描いた事による衰弱。
最早ネメアは、気力だけで意識を保っていた。
「だから⋯⋯だからボクに助けなんて要らないんだ!」
モコモコと膨れ上がる肉と、隙間から溢れ出る黄金の光刃が閃き、更に下から飛び出したメイメツから雄叫びが響く。
『んよいしょおおおおおおおおおおおお!』
メイメツは空中で一回転する事で身体にまとわりつく粘液を振り払うと、端末の前で祈るように手を組んで跪くネメアに手を伸ばす。
『ほら、帰るよ』
ネメアはふるふると首を横に振る。
「今ボクが離れたら、折角活動を停止している無限喰らいが目を覚ましてしまう。そうなれば、この街は⋯⋯」
『要するに⋯⋯このデカブツを吹っ飛ばせば問題解決だね!』
「ダメだ!そんな事をしたら、今まで蓄積された魔法が暴発して、キミまで吹き飛んでしまう!」
『だからって! ネメア一人残して自爆なんてさせられないよ!』
喉が千切れんばかりに叫ぶ二人に割って入るように、無限喰らいの魔石が鳴動し、その鼓動は一層増して崩壊の足音を奏でる。
「ボクが命を賭してキミたちを助けようって言うんだ! キミたちだけでも生きてくれ⋯⋯頼む⋯⋯」
『全部自分で抱え込んじゃってさぁ! 全部自己犠牲で私達が後悔しないと思う!? 確かにネメアのやってきた研究は悪用出来ちゃうかもしれない⋯⋯でも、それで救われた命だって、ここにあるんだ!』
瘴気に蝕まれて立ち上がる事すら困難なネメアは、天井に届く程に跳び上がったメイメツを見上げて吠える。
「無駄だよ! その防護壁はあらゆる魔法を無効化する! だからボクは、封印なんて手段しか⋯⋯」
『リアから託されたんだ! 私がここに辿り着いて、この状況になる事を⋯⋯そしてネメアが無事に帰って来れるようにってさ』
メイメツの左手がカチカチと音を立てて折れると、中から杭が露出した。
「あれは⋯⋯ボクの⋯⋯」
『吹っ飛べえええええええッ!!!』
圧縮された魔力を受けて杭が射出され、分厚い防壁に亀裂が入り、やがて破片を散らしながら弾け飛ぶ。
悠々と佇むメイメツを見て、ネメアはゆっくりと意識を手放すのだった。