61:歌姫の反撃
「ハッハッハァ! どうやら形勢逆転、て奴みたいだね! 民を脅かそうとした罪。そしてアタシを騙した罪は軽くないよ!」
身にかかる重力を受けてもなお、マリスはセレスに向けて不適な笑みを浮かべる。
「おや?アナタ、まだいたんですねぇ。ほう用済みなうえにいい加減に気がついたら良い物を⋯⋯」
彼の口ぶりに小首を傾げたセレスに、マリスは腹を抱えながら空中で一回転。大袈裟な反応を見せる。
「まあいいでしょう! せいぜいアナタの守りたがったモノに潰されて絶望を伝播させてくださいねぇ!」
「「うぐぅあああああああああ!!」」
マリスが両手に持った封玉を掲げると、ネメアとセレスの側で控えていた騎士達は呻き声と共に体から瘴気を立ち上らせる。
それはみるみるうちに極大化し、赤黒い柱へと変わった。
「魔王教徒が潜り込んでいたのか⋯⋯イリス君!」
苦悶の表情を浮かべるクロを心配して見つめていたイリスは、ハッと我に帰りネメアの言葉に頷き返すと、魔力を練り上げて冷気の糸を作り出し、赤黒いモヤを体内から湧き上がらせる男達の足を絡め取る。
「数、多い⋯⋯力も⋯⋯ッ!」
瘴気によって強化された身体能力は想像を絶する程高く、イリスの持つ冷たい糸はギリギリと震え、今にも限界を迎えそうなな様を見せていた。
「ごめん! 少し時間かかった!」
瞬間。突如として現れた黒い影がイリスの視界を横切ると、彼女の腕にかかる力が緩む。
「クロ!」
バランスを崩した騎士達は膝から崩れ落ち、脚を地面に氷で縫い付けられる。
「この街を絶望に染めさせはしない!」
クロの首から一本の青白い光を放つ、高密度に圧縮された糸が飛び出し、上空の結界をすり抜けてフューリーの格納庫まで繋がる。
「来い! ステラ!メイメツ!」
クロの叫びに呼応するように、フューリーからは光の柱が立ち上り、格納庫にあった二機は彼女達の前に現れる⋯⋯事はなかった。
金属同士のぶつかる、けたたましい音が上空から響き、その場の全員の視線が注がれるその場所には、メイメツとステラが結界に張り付いていた。
「ク⋯⋯ハハッ!魔力の糸はまだしも、あの結界をあの巨体が倒れるわけないでしょう!」
「そんな⋯⋯皆が外で戦ってるのに、何もできないなんて!」
フューリーから無数の魔砲が飛び、レンの五芒星が空に煌めき、赤い夢幻機兵が灼熱の熱線を吐いて生まれ出る子蜘蛛を焼き尽くす。
『次から次へと⋯⋯キリがないわね!』
『連射は想定されてありませんが⋯⋯やるしかないでしょう!』
『うぅ⋯⋯これで精一杯ッス!』
『同時に湧かれては幾らワシでも間に合わんのじゃ!』
百や二百はゆうに超えた夥しい数を斃してもなお湧き続ける夢幻喰らいに、徐々に押され始めた“姫園”の面々に歯痒さを感じ、手が白むほど握られたクロの指はネメアによって開かれる。
「大丈夫だよ。策が尽きた訳じゃない」
「教えてネメア! 私は何をすれば⋯⋯危ないッ!」
焦りを見せるクロはネメアに視線を向け目を剥いて彼女の体を抱いて地に伏せる。
クロとネメアの居た場所には影でできた黒い刃が通り過ぎ、地面は大きく抉り取られていた。
「マリスッ!」
「ヨホホ! その、まだ後一手残している、みたいな顔はワタクシが一番癪に触るんですよぉ!!」
ネメアの重力によって動きが鈍ってこそいたが、彼の指先からは次々と影の刃が飛び出す。
クロは背中に気配を感じチラ、と目をやるとそこには足をすくませて動けずにいたセレスの姿が。
「ヨホホ! 避けたら後ろのお荷物に直撃ですねぇ! ああ愉快愉快⋯⋯ッ!」
「なら⋯⋯避けないッ!」
鋭利な刃を、瘴気を纏った指で挟み込み、まるでクッキーのように割り砕いたクロにマリスはギョッと目を見開いた。
「ヨホッ!? ⋯⋯アナタ、いよいよ化け物じみてきましたねぇ!」
「なんだっていい! 私はあの歓声をくれた皆を守りたい!」
「守るぅぅぅ? 瞬間移動しかできない臆病者がそんな大層な言葉を使うんじゃねぇぞゴミクソがぁ!」
突如として豹変した彼の様子に驚く間も無く彼の指先からは無数の影刃が放たれる。
「やってみせるよ! 元凶のアンタを捕まえてね!」
クロが指を振るうと、無数の刃の倍以上はある魔力の糸が放出され、全ての刃は何を傷つけるでもなく後に絡め取られ静止する。
「全部⋯⋯返すッ!」
黒い刃はクロの持つ魔道具の効果で鉄球へと変化。その形と膨大な質量を保ったままマリスへ向かう。
「な⋯⋯なんだその力はぁぁぁぶへッ!?」
顔面に鉄の塊を顔面に受け、白塗りのメイクを己の鮮血で染めながら吹き飛んだマリスは広場の噴水にがっくりと身を預けてピクリとも動かなくなった。
「マリスはとりあえずこれでよし! 後は⋯⋯」
「ん! クロ⋯⋯ごめん」
クロの背後で、体内に封玉を宿した魔王教徒達に魔力を送り続けていたイリスが息を切らせて倒れ込む。
「維持⋯⋯できない」
氷の内から溢れ出す瘴気によって徐々に氷は剥がされ、やがて霜すらも見えなくなり、彼らの指がピク、と動き出す。
「イリス!」
「クロ⋯⋯アイツら⋯⋯どうにか」
体内の全魔力を消費してしまったのか、完全に寝息を立ててしまったイリスに、クロは呆然と空を見上げる。
上での戦いは変わらず夢幻喰らいが優勢に立ち、次々と湧き出す小蜘蛛の勢いは衰えそうにもなく、真正面を見れば腹から瘴気を沸き立たせた魔王教徒達が立ち上がり、邪魔立てをしたイリスへと向かっている。
「だから、こんな時のためにボクがいるんじゃないか」
握りしめた拳を優しく包み込み、ネメアが声をかけると、その冷静な声にフッとクロの心が軽やかになる。
「大丈夫。キミとメイメツが繋がっている限り、キミは負けない!」
クロの首から生えた一本の魔力糸を撫でる。
「今や、メイメツはもうキミの一部だ。スライムで作った操作機関なんて必要ない。キミの思うまま、ただ舞えばいい!」
「⋯⋯思う⋯⋯まま⋯⋯」
クロが拳を構えると、結界に張り付いていたメイメツもまた、呼応するようにが拳を構える。
「全員まとめて⋯⋯ここから出てけ!」
クロの拳は魔王教徒を、そしてメイメツの拳は夢幻喰らいの顔面を捉え、綺麗に右拳を振り抜くのだった。




