プロローグ:敗北と雨音と足音と
降りしきる雨の中、彼、クロスグリンベルト・シャジアルーグの命の灯火は今まさに消えようとしていた。
横たわっている彼の乗っていた機体、量産型夢幻機兵、ディピスの胸部には、濃緑の塗装が施された、重厚な装甲には大きな穴が開き、彼の腹部にも同じくドクドクと鮮血が流れ出る穴が開いていた。
その呼吸は浅く、元々黒かった髪を、血を触った手で頭を掻いたのだろう。その髪は赤黒く染まってしまっている。
意識も途切れそうになりながら、ぼやけた視界の中で、彼は水溜りを踏むような音と、人影を薄らと見た気がしたが、もはやその意識を保つのも限界で、彼はあっさりと瞳を閉じてしまった。
「う〜ん。戦場に悲惨は付き物だけど、これはちょっと可哀想だねぇ」
ふむ。と頷きつつ彼に近づいた少女、ネメアは長い金髪の隙間から見える、横に伸びた長い耳を撫でる様に触れると、クロスグリンベルトの体をディピスの腹から引っ張り上げ、機体の腹に当たる部分へと転がした。
「ふぃ〜。これだけでも一苦労だよ。でもね、クロス君、キミは死なせはしない。あの子の為にも」
そう呟きながら、彼女は手を翳すと、その手から白い包帯が、ひらひらとクロスと呼ばれた男の体に巻きつくと、彼の体は薄緑色の光に包まれる。
しばらく経って光が収まると、彼の体はゆっくりと宙に浮き、ネメアが器用にたん、たん、たん、とその機体の上を軽々と三段跳びで降りて元来た道を戻ると、それに追従する様に、彼の体もまた、その後に続いた。