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9.彼の企み




「おじいちゃま。あたし、ジャンに弟子入りして魔女になる。この村を出て行くわ。ここにいたってどうにもならないもの」


 孫娘が祖父にせがむ。まるで、プレゼントをねだるみたいに。


「このままじゃ、あたしもパパやママみたいに死んじゃうかもし」

「ミュゲ」


 続いた言葉は不穏さをまとっていた。

 静かに、力強く呼ばれる孫娘の名前。

 ミュゲは口を噤んで椅子に深く座り直した。


「この子はまだ幼い。物事の分別もつかないから、多少のことは大目に見て聞き流してやってくれ。おふたりとも、疲れただろう。奥の部屋で休んでいるといい。食事を用意しよう」


 わたしとリアは顔を見合わせた。

 先に答えたのはリアだった。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

「ミュゲ、案内してやりなさい」

「……はぁい」


 何か言いたげではあったものの、椅子から立ち上がったミュゲは、部屋の奥の扉を開けた。


「支度ができたら声をかける」

「はい。何から何までありがとうございます」


 わたしたちが部屋に入ると、ゆっくりと扉が閉められた。

 整ったベッドがふたつ。棚や机に埃は乗っていない。

 掃除の行き届いた部屋は、主がまだ生きているかのよう。だけど話の文脈からして、この部屋はミュゲの両親のものだろう。


 ぽす。


 音がしたと思ったら、リアがベッドに横になっていた。


「ちょっと眠るから、呼ばれたら起こして……」


 一切警戒心のない、緩んだあくび。

 返事をする前にすやすやと寝息を立てていた。


 溜め息を吐き出して、わたしはリアに近づく。

 服にしわができるのはしかたないとして、靴くらいは脱がせてあげよう。


「ん……」


 寝返りを打つと、黒髪がさらりと揺れた。

 そんなリアの横に腰かける。


 彼の前世と夜を共にしたことはないけれど、日中に居眠りしている姿なら何度か見たことがある。

 晴れた日の庭園や図書館で、うとうとしかけてはなんとか耐えようとしていた。関係が良好だった頃は近づいて行って起こしてあげることもあった。


「あー。今さら思い出すことかなー……」


 思わず髪の毛をくしゃりとかきむしった。そのまま両手で顔を覆う。

 そして、蘇るのはミュゲの質問。


【ふたりは恋人同士では、ないのね?】


 多分あの言い方は、自分がリアを好きになってもいいかという確認だ。


「……リアはリアの人生を歩めばいい」


 ベッドの端から立ち上がって離れる。

 三つ編みに束ねていた髪の毛を解くと、腰元まででふわりと揺れた。







「向こうが透けて見えるくらいにうすーくスライスした黒パン。豆たっぷりのトマトスープ。それから、今日はハーブの効いたボイルソーセージもあるわ。どう? これがこの村の食事よ」

「すごく豪華だ。ありがたくいただくよ」

「パンはスープに浸した方がいいわ。そのままだと、めちゃくちゃ酸っぱいの」


 最初と同じ並びで席につく。

 小さな窓からは茜色の光。女神に祈りを捧げたら、はじまるのは穏やかな食事の時間だ。


「ジャンさんはいけるクチですかな?」


 クリザンテムさんが手にしているのは褐色の瓶だ。アルコールの気配を感じて勢いよく手を挙げる。


「はい! とっても!」


 木のコップに注がれたのは、今度こそ赤ワインだった。


「リアさんは?」

「僕はまったく」


 微笑むリアは肘でわたしを小突いてきた。


「大丈夫、大丈夫」

「な、に、が?」


 前言撤回、瞳が笑っていない。


「気を抜くと朝から飲んでるんです。あまり勧めないようにしてください」

「ちょっと。なんてことを」


 とはいえ、赤ワインはフルーティーながらもどっしりと重たく、とても好みの味だ。

 ソーセージがぷりっとしていて噛むと肉汁が弾ける。ハーブも強すぎなくて、赤ワインに合う。


「チーズはいろいろと取り揃えているから、好きなものを好きなだけどうぞ」


 チーズも、ブルーチーズからハード系まで、小さくカットされたものが山盛りに出てきた。


「もちろん、赤ワインも」

「お言葉に甘えます」

「まったく、もう」


 わざとらしく溜め息を吐き出しながらも、リアはトマトスープに黒パンを浸して口に運んでいた。


「なるほど。たしかに、このパンは浸して食べると味わいがいっそう深くなりますね」

「この村もなんとかライ麦だけは栽培ができる。あとは、頻繁にやってくる流れの商人から保存できる食材や酒を大量に買いだめしている」

「次の季節にはジャンのおかげで他の作物も栽培できるようになりますよ」

「ありがたいことだ」


 クリザンテムさんが己の顎髭を撫でた。


「ところでこの村って夜に出歩いても安全ですか? ジャンは魔力を補充するために、夜、外に出なきゃいけないんですが」

「へ?」


 急に発表された設定に変な声が出てしまった。

 テーブルの下でリアがわたしの足を軽く蹴ってくる。黙っていて、というサインだ。


「灯りのないところでは野犬が出るかもしれないが、あまり遠くに行かなければ問題ないだろう」

「ありがとうございます。では食事後、少しだけ散歩してこようと思います」

「えー! あたしも連れてって」

「ミュゲはまだ弟子入りもしてないからだめ。家で待ってて」

「いじわる」


 ミュゲが頬を膨らませる。どうやら両足もばたばたさせているみたいだ。

 リアはすらすらと受け答えをしているけれど、一体、何を企んでいるのだろうか。




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