表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/35

7.小さな出会い

第二章開幕。

ふたりと使い魔の旅がはじまります。




「この村から王国入りするのが、最も簡単で安全な方法なんだ」


 そう説明するリアに、わたしは溜め息で応じた。


「あらかじめ調べていたってこと?」

「勿論。どうやって王都入りするかはこの旅において重要だからね」

「確信犯め」

「その通り。これは、10年計画だから」


 横を歩くリアがわたしへ顔を向けてウインクしてきた。

 前世の記憶があると打ち明けてきてから、ますます言動が王子に寄ってきている。10年間も隠し通してきたなんて、呆れを通り越して感心するけれど。


 ――まず足を踏み入れたのは、最果ての国とグルナディエ王国との国境にある小さな村だった。


 空は重たい雲に覆われて、灰色。

 目の前に広がる色は茶色が多く、農作物や家畜を育てているようには見えなかった。


『さびれた村だな』

『人が見当たらないね~』


「この村に少し滞在して、村人を装って王都へ向かうよ」


 リアは呑気な様子で背伸びをした。

 紅い襟の白シャツにダークネイビーのベスト。

 黒いズボンはストレッチの効いたもので、足元は履きなれた革のブーツ。


 わたしは知っている。

 ダークネイビーのベストは彼のお気に入りで、ここぞというときに着ていることを。


 対するわたしは今や着るものにこだわりがなく、ハイネックで長袖の黒い黒いワンピースとショートブーツ。完全に普段着というか、これしか持っていない。


「大きな街へ行ったらジャンの服を買わなきゃね。真っ黒すぎて、かえって目立つ」

「なんで今服のことを考えているって思った訳?」

「ジャンのことなら大体分かるよ」


 リアの手のひらががわたしの背中に触れる。


「ネニュファールも、マグノリアも」

「……へぇ」


 ざらざらとした返事しかできない。

 わたしはまだ、どうやってリアに接したらいいのか迷い続けている。


【ネニュファール・ユイット・グレーヌはジャンシアヌ・フォイユを最後まで愛していた】


 信じられないでいるから。

 彼の発言のすべてを受け入れてはいけないと、頭のどこかで考えているから。

 胸が詰まりそうになって、話題を変える。


「それにしても、風が乾いている。シュカの言うようにさびれて見えるのは、この風のせいね」


 しゃがんで、土を少し掬う。

 さらさらとしていて握ってもまとまらない。


「曇っているわりに降水量も少なそう」


 シュカがわたしの肩に乗ると、シアもしゃがんだままのわたしにすり寄ってくる。

 使い魔の烏と猫は魔女にとってなくてはならない存在。

 修行を始めるときに師匠から与えられ、ひとり立ちしてからも傍にいてくれるのだ。彼らのおかげで、長い年月を孤独に感じることはなかった。


『土の元気がないな』

「そうね」


 そのとき、幼い子どもの大声が遠くから響いてきた。


「もういい加減に諦めたら?!」


 立ち上がって軽くスカートの土埃を払う。


「村人かな」


 リアが声のした方へ体を向けていた。

 その背中に声をかける。


「とりあえず、行ってみようか」

「そうだね」


 声のした方向へ歩いて行くと、畑のように整えられた地面の隅で、老人と少女が向かい合っていた。


「皆、言っているのよ。おじいちゃまがボケて、畑仕事を始めたって」


 背中の丸まった白髪の老人が祖父で、一方的にまくしたてているのが孫娘のようだ。


「しかも、ボケた理由はパパとママが死んだせいだって話しているの。ねぇ、お願い。恥ずかしいから、畑仕事なんてもうやめて。どうせ芽なんて生えっこないわ」


 少女は祖父の手にしていた農具を奪おうと手を伸ばす。

 ところが、黙って聞いていた老人は、農具を後ろへ隠した。


「作物は実る。儂もボケてはおらん。言いたい奴には、言わせておけ」


 力強い態度に、少女が一瞬怯む。なおも言い返そうと口を開いたときだった。

 リアがすたすたと歩いて行き、ふたりの間に割って入った。


「突然すみません。この村では、作物が育たないんですか?」

「ちょっと、リア?」


 慌ててリアの横に立つ。

 いきなり現れたわたしたちに、ふたりがぽかんとした表情になる。


「ごめんなさい。わたしたちは旅の者です。この村に立ち寄ったばかりで、たまたま声が聞こえてきたので」

「旅人さん、残念だったわね。この村には人をもてなすような場所も心意気もないわ」


 テラコッタ色のツインテールが躍るように揺れたのは、少女が両腕を組んでわたしたちを見上げたから。

 くすくすとリアが笑う。


「心意気もないんですか?」

「そうよ。見ての通り辛気臭い村なの」


 ふんっ、と少女が鼻を鳴らす。


「お嬢さん、お名前は?」

「人に名前を訊くときは、まず自分から名乗るべきじゃない?」

「失礼しました。僕はマグノリア。リアって呼んで」

「あたしはミュゲよ」


 大きな瞳がわたしにも向けられる。


「わたしはジャン。はじめまして、ミュゲ」

「リアにジャンね。烏と猫も一緒なの? ふしぎな旅人さん」

「大事な相棒です」


 へぇ、と興味なさげにミュゲが相槌を打った。

 リアが膝を折って、ミュゲに視線を合わせる。


「最初の質問の答えを。作物は、この村で育たないのかい?」

「雨も降らないし、陽も射さない。土に栄養がないって、生きてた頃にパパが教えてくれたわ。この村で農業をするのはばかのすることだ、って」

「なんだと!」


 ばか、という言葉に反応して老人が声を荒げた。

 怒られると思っていなかったのか、ミュゲは縮こまって何故だかリアの後ろに隠れる。


「だって、皆言ってるもの。おじいちゃまは恥ずかしくないの?」

「恥ずかしくなど、ない。必ず作物は実る。実らせてみせる」


 割って入ったせいで間に立つことになってしまったリアは、わざとらしく肩を竦めてみせた。


「ねぇ、ジャン」

「その顔はなに」


 悔しいけれど、わたしもわたしで解ってしまった。

 リアの言いたいこと。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ