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34. ((回想・16歳-2))




 グレーヌ城の、女神の中庭でネニュファールさまをお見かけしたのは久しぶりだった。


 父に付き添って登城していたわたしは遠目に彼を確認して、静かに安堵する。

 お茶会の誘いは断られることが常となっていたし、両親もネニュファールさまの話を敢えて避けているように感じていた。


 今日は銀色の髪を結い上げて、菫色の髪飾りをつけていた。これは、登城するからには、たとえネニュファールさまとのお約束がなくても瞳と同じ色のものを身に着けてほしいという周りの配慮によるものだった。


 巨木の木陰にもたれかかっているネニュファールさまの瞳は閉じられている。

 金色の髪が風になびく。

 伸びた膝の上では読みかけの書物が風に吹かれてぱらぱらとめくられていた。


「お父さま、少し失礼いたします」

「ジャンシアヌ?」


 後ろから父に断りを入れて、わたしは中庭へと向かう。

 足を踏み入れた瞬間にわずかな違和感を覚えて顔を上げた。


(花が……枯れている……?)


 どの時季でも、気候に合わせた花が咲き誇っていた中庭だというのに、どことなく彩度が低い。そして、香りも鼻に届かない。手入れが行き届いていない印象は受けないことが違和感の原因かもしれない。


 人の気配に気づいたのか、ネニュファールさまがゆっくりと瞳を開けた。

 そして緩やかに、わたしへ顔を向ける。


「……ジャンシアヌ嬢」

「ご無沙汰しております」


 表情が、分からない。

 だからなのか声が震えてしまった。距離を取ったままカーテシーを行う。

 

「夢を見ていたよ」


 ぱたん、とネニュファールさまは本を閉じて、立ち上がった。


「夢、ですか」


 少し会わないうちにネニュファールさまは背が伸びていて、見上げる角度が違うことに気づく。


「私は私じゃない人間となっていて、君と一緒に食事をしていた……」


 少し顔色が悪いように見える。

 菫色の瞳はまだ微睡みから抜け出せていないようだ。


 ざざぁっ、と一段と強い風がわたしたちの間を吹き抜けていった。


「行かなくては」


 ネニュファールさまが大きくよろめく。

 手を差し出そうとして躊躇ったのは、同時に大きな声が届いたからだ。


「ネニュファール様ぁっ!」


 甘ったるく聞こえる、舌足らずな呼び声。

 王子を自分の元へ呼ぶだなんてありえない行為だ。

 淑女としても褒められたことではない。


 それでもネニュファールさまは厭わない様子で、彼女の元へと歩いて行ってしまった。


(……誰?)


 見たことのない女性だ。

 嫌な予感が足元から蔦のように絡まってくる。


(あとで、イリスに調べてもらおう……)


 わたしも中庭から離れて、父の元へと急ぐのだった。 



 

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