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33.さよならは告げずに




「え……。今、なんて?」


 話があるとお師匠さまに呼ばれたわたし。

 今、彼女にあてがわれた客室で、彼女の向かいに座って両手を両膝の上に置いている。

 緊張のまま眉をひそめて尋ねると、お師匠さまは呆れたように返してきた。


「言った通りだよ。あの子にはアンタ以上の素質を感じるから、預かって育ててあげる」

「……ミュゲに……魔女の素質が……?」

「本人の了承は得ているわ」


 ふたりの間でどんなやり取りがなされたのかは分からない。

 一方で、たしかに、ミュゲはお師匠さまに対して感激した様子だった。


 だけど。


 クリザンテムさんは、わたしだから旅に出る許可を出してくれたに違いない。

 安易にお師匠さまへミュゲを託していいのだろうか。


「アンタ、甘いわよ」


 その言葉で我に返る。

 お師匠さまは深い色のワインを口に含む。それから、その美しい指先でわたしの額をつついた。


「話は聞いたでしょう。アンタごときの実力で、これから、ネニュファールの魂以外も守れると思っているの?」

「そ、それは」

「逆にあの子はアンタの助けになってくれるわ。アタシに預けてくれれば、ね」




『あたしは弟子入りも諦めていないから』




 それはミュゲがかつてわたしへ言った言葉だ。

 まさか、わたしでなくて、お師匠さまが相手になろうとは。


 いったい、お師匠さまは何を考えているのだろう。

 というか、何を知っているのだろう。

 リアの呪いについて。


「……分かりました」


 両手を、膝の上でかたく握りしめる。


「よろしくお願いします。ただ、ひとつだけお願いがあります。ミュゲに、シアを与えてもいいでしょうか」

「黒猫を? 構わないわよ」

「ありがとうございます」


 部屋を出ると、廊下にミュゲが立っていた。

 わたしはしゃがんでミュゲに目線を合わせる。


「本気なの?」

「本気よ。あたしには素質があるって言ってくれたもの。文字も読めるようになったし、あたしは立派な魔女になるわ」

「忌み嫌われることがあったとしても?」

「人間として生きていても、忌み嫌われることはあるわ。恐れることなんてない」


 テラコッタ色の瞳に真剣な光が宿っている。

 両手を伸ばして、ミュゲの肩に置いた。


「シャルドンは大魔女だけど気まぐれなところもある。命だけは、大事にして」

「うん」

「それから、シアをあなたの使い魔にする。なにか危険が生じるようなら、シアからわたしに連絡してもらうから」

「うん」


 すっ、とどこからともなく現れたシアは、ミュゲに体をすり寄せた。

 これで、しばらくは大丈夫だろう。とりあえず。


『よろしくね~』

「ジャン、これからどうするの?」


 わたしの表情がこわばっていることに、ようやくミュゲも気づいたらしい。


「行きたいところがあるの。……ひとりで」


 ずっと引っかかっていたことがある。

 単独行動できる今を、チャンスに捉えるしかない。


「ミュゲ。リアをお願いね。これは、わたしとの約束よ」

「……ジャン……?」


 顔は、見ていかない。

 後ろ髪を引かれそうになってしまうから。


 館の外に出ると辺りはとっぷりと日が暮れていた。

 ぶるっと身震いをしてしまう。

 ばさばさっと羽音がして、シュカがわたしの肩に留まった。


『何処へ向かうつもりだ?』

「秘密結社フォイユ」


 竹箒を呼び出し、夜空に舞い上がる。


『場所は分かっているのか?』

「ううん。だけど、ひとつだけ心当たりがある」


 それは、イリスの母方の故郷だ。

 人里から遠く離れた地だと聞いたことがある。

 その名も――忘却の里。


「100年前のあの日も、こんな色の空だった」


 わたしがすべてを奪われた夜。

 月も星も静かに輝き、敵でもなければ味方でもないのだと知った。


 だからこそ、わたしはリアの味方であり続けたいと、願う。


「死なせたりはしないから、リア……!」



 

『Ⅳ 魔女集会』はこれにて閉幕。

旅は、まだまだ続きます。

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