30.スポットライト
ただ、シャルドンはそれ以上の追及をしてくることはなかった。
シャルドンとはそういう魔女なのだ。
興味のないことには、とことん興味がない。
そもそもわたしを魔女として育ててくれたことすら奇跡なのである。
立ち尽くしていたところに、開会直前を告げるベルが響き渡る。
酒を飲むこともできずシアとシュカを伴って劇場へ入った。
「……」
仄暗く静かな空間だ。静謐、という言葉がぴったり。
ひんやりとした空気にはどことなく薔薇の香りが混じっているように感じた。
予感はしていたものの、一階観客席のど真ん中が淡く光っている。
『やったね。特等席だよ~』
「えぇ……」
げんなりという感情を完璧に表現した声を出してしまった。
発光しているのは最前列ではなく一段上がったエリアの一番前。ほんとうに、ど真ん中だ。
それぞれの座るべきが光って見えるようにする。これも魔法の一種なのだろう。
『スポットライトが当たりやすそうだ』
「シュカまでなんてことを言い出すの」
『おめかししておいてよかったね~』
……すごくいやだ。目立つのは。
しかし、やるしかないのである。
席につき、緞帳の降りた舞台を見つめる。
【今回の議題は、ネニュファール・ユイット・グレーヌという人間の魂の保護である。世界の秩序と安寧のために、魔女は彼の者の魂を保護する立場を取らねばならない】
魔女集会の議題。何度も何度も読み返した文面だ。
『緊張しているのか』
「まぁね」
わざと強がった風に答えてみる。
ここでへまをする訳にはいかない。張れるなら、虚勢は張った方がいい。
あっという間に観客席は満員。
一回目より大きなベルの音が鳴り響いた後、緞帳がゆっくりと上がっていく。
ぼんやりとした黒い影が舞台に立っている。スポットライトを浴びても消えることのない闇だ。
『魔女の皆さま、大変お待たせいたしました。これより、魔女集会を開催いたします』
声は影から発せられていた。
性別も年齢も分からない。敢えていうなら、自分の声に近い。
座席と同じくこれも魔法の一種なのだろう。
『今回お集まりいただきましたのは、こちら。ネニュファール・ユイット・グレーヌという人間の魂の保護についてでございます』
ん?
こちら、って?
言葉に覚えた違和感はすぐに解決された。
「リ――」
思わず叫びそうになった瞬間、シアがしっぽでわたしの口元を塞いでくれた。
何故って。
舞台に現れたのは。
椅子に縛りつけられている、リアだったのだ。
シアのしっぽが唇から離れる。
そして、シュカが小声で尋ねてきた。
『本物か?』
眉をひそめて目を凝らす。
見える箇所に傷はなさそうだ。顔も、苦しそうには見えない。
リアを他人と間違えることは、騙されることは、わたしにとってはありえない。
わたしは深く頷いた。
同時に、ミュゲがひとりになっているだろうことも推測できる。
もしくはミュゲを盾にとられておとなしく捕まったのかもしれない。
心臓の鼓動が早鐘を打つ。
『ミュゲを探して来ようか~』
「……お願い」
わたしの不安を察してくれたのだろう。すっ、とシアが離れる。
少しずつ落ち着いてくると、周囲の魔女たちの話し声が耳に届くようになってきた。
――あれが、保護すべき魂?
――世界の安寧と秩序だなんて何を大げさな。
わたし以外の魔女たちにも、リアにかけられた呪いは見えないようだ。
それほど強力な何かが奥底にあるということでもある。
ごくり、唾を飲み込む。
『現在、こちらの人間はとある魔女に保護されています』
眩しさに目を瞑る。
予想通り、わたしにスポットライトが当たっていた。