28.しばしのお別れ
第四章、開幕。
魔女集会が開かれます。
「リアの言うことを聞いていい子にしてるのよ」
「もう。子どもじゃないんだから、心配なんて要らないわ」
ミュゲが頬を膨らませる。
その反応こそが子どもだと指摘したら、さらに怒られるだろうか?
わたしはこれから、単身で魔女集会に向かう。
リアとミュゲには参加する資格がないので、近くの村で待っていてもらうのだ。
……というか、議題の中心であるリアを連れて行く訳にはいかない。
「文字だけじゃなくて、算数や、他の勉強も頑張ろう。ミュゲは物覚えがいいからどんどん賢くなれるよ」
リアが隣から話しかけると、ミュゲは顔を上げた。
「ほんと!?」
「うん。僕が保証する」
菫色の瞳がやわらかな光を湛え、リアは、ミュゲの頭をそっと撫でた。
テラコッタ色のツインテールがふわっと揺れる。
わたしはようやく表情を和らげてふたりを見ることができた。
「頼んだわ、先生」
「任せて。……ジャン?」
「ううん、何でもない」
膝を曲げて、ミュゲに視線を合わせた。
「ミュゲ。がんばってね」
「もちろんよ」
勉強もだけど、リアのことをお願い。
そんな意味も込めて、頷いた。
立ち上がってロングスカートの裾をぱんっと払う。
動く度にひらひらと揺れるレイヤードのロングスカート。
魔女集会に向かうために、服は真っ黒に戻した。
とはいえこれもまたリアの見立てだ。
編み上げブーツはヒール部分に薔薇が彫られているし、ハイネックのトップスには、豪華なレースがふんだんに使われている。
シンプルな黒しか着てこなかったので少々気が引けたものの、これから向かう場所はある意味戦地。それくらい気合を入れなきゃだめだと、ミュゲに何故だか説得されたのだった。
髪の毛は動きやすいようにアップにまとめた。
なお、クリスタルの蝶がついたコームは、ミュゲの強いおすすめによる。
……ふたりとも、わたしのことを着せ替え人形か何かだと思っていないだろうか。
ばさっ。
シュカが大きく羽ばたく。黒い羽根が、空に舞う。
シアもシアで、わたしの肩に飛び乗ってきた。
「行ってらっしゃい」
「うん。行ってくる」
わたしの手の中に現れたのは空を飛ぶための竹箒。
くるりと回転させて、そのまままたがった。
ふわっ。
そして、上昇。
ちらりと地面へ視線を向けると、ミュゲが勢いよく手を振ってくれていた。
その隣ではリアが静かに見上げている。
【リアは、薬を大量に使ってる。一日の許容量を超える量。そんな使い方をしていたら、あっという間に体が慣れて、……いつか効かなくなると思う】
ミュゲに告げられてから、リアと話はできていない。
ただ、呪いの痛みを感じさせないリア。答えは明らかだ。
【今回の議題は、ネニュファール・ユイット・グレーヌという人間の魂の保護である。世界の秩序と安寧のために、魔女は彼の者の魂を保護する立場を取らねばならない】
風が、頬を撫でていく。
久しぶりの、ひとりの時間。
いろんなことを、考えてしまう。
『急に静かになった感じだね~』
『うむ』
いや、違うか。シアもシュカもいる。
心強い、わたしの使い魔たち。
『しかし、どうするつもりだ』
「どうする、って?」
『魔女集会の議題は、リアなんでしょ~? ってことは、多かれ少なかれ、ジャンにも矛先が向くってことじゃない~?』
「……矛先が向くのは、馴れてるから」
言いながら溜め息が漏れてしまった。
気を引き締めるためにも、背筋を伸ばす。
「それに、わたしは知らなければならない」
【昔のよしみで特別に教えてあげる。マグノリアという青年を手に入れる――それが今のアタシに与えられた任務】
【秘密結社フォイユの目的はグルナディエ王国の滅亡。そして、ネニュファール・ユイット・グレーヌの生まれ変わりを見つけて――正しく殺すこと、です】
秘密結社フォイユのことだって、何ひとつ分かっていないのだ。
「どうしてリアの魂を保護することが、世界の秩序と安寧に繋がるのか。その理由を」
『……そうだな』
『そうだね~』
やがて。
段々と、景色が色を、彩度を失っていく。
『見えてきたな』
眼下に広がるのは、魔女集会の会場――【黒い森】だ。
普通の人間には認知することさえできない、存在自体が魔法にかけられている場所……。