27.((回想・16歳))
「……ジャンシアヌ様?」
何度も呼ばれていたのかもしれない。
身を屈めて、心配そうにわたしの顔を覗き込んでいるのは乳兄弟のイリス青年だった。
フォイユ家の図書室は地下にあるからか、あまり人が来ない。
窓がなく、薄暗く、静か。
家族や友人にはなかなか理解してもらえないけれど、歴史を重ねてきた紙のにおいは、心地がいい。
ひとりになりたいときは図書室に行く癖がついていた。
そしてそれを、イリスは知っているのだ。
「ごめんなさい。ぼーっとしていたみたい」
「いえ。私こそ、申し訳ございません」
近づきすぎて、という意味の謝罪のようで、イリスが一歩後ろへ下がる。
琥珀色の髪が、ふわりと揺れた。
同じ色の瞳には眉尻を下げたわたしが映っている。
「また、お断りの連絡ですか?」
傍らに立ったまま、イリスはちらりと、わたしが手を置いているテーブルへ視線を向けた。
開かれた書物の下に、ちらりと見える封筒。
「近頃、殿下はまるで悪いものに操られているかのように人が変わってしまったという噂が流れています」
「あくまでも噂でしょう。お忙しいのよ、きっと」
「ですが、ジャンシアヌ様への態度。いくら殿下とはいえど、許せないものがあります」
「イリス」
珍しく強い口調のイリス。
誰かに聞かれてしまえば、それこそ不敬と取られかねない。
わたしは本をぱたりと閉じて、封筒を手に取った。
手紙は1枚だけだった。
美しい筆跡を、そっと指でなぞる。
「また連絡する、と書かれてあるわ。だから、お断りの連絡ではないの」
わたしは、傷ついていない。
だから気にしないで、という想いを込めて、口角を上げた。
なんとか笑顔をつくることはできる。
これは、わたしがわたしでいるための、笑顔。
「……それならば、よいのですが……」
うなだれるイリス。
わたしが昔からよく知っている、少し気弱な表情を見せた。
「さぁ、イリス。いつまでもこんなところにいては駄目でしょう? わたしももうすぐ先生がお越しになるから、行かないと」
「はい。そうですね」
立ち上がり、わたしが先に部屋を出る。
「……ジャンシアヌ様を裏切るような存在は、神であろうと許しません」
扉を閉めるイリスの囁きを、耳は、拾ってしまった。