25.復讐のための
夜の深まった時間帯。
外に出ると、風が静かに頬を撫でていく。
灯りは空の星々と、ほのかに漏れる宿の照明のみ。
宿から少し離れたところまで歩いていくと、視界はほぼ闇になった。
「ルヴァンシュ、ルヴァンシュ」
ミュゲたちが眠っているのを確認してから外に出たわたしは、もはや日課となっている土人形作りをはじめる。
「「生まれよ、土人形」」
ぐに。ぐにぐに。ぽてっ。
地面が盛り上がり、膝くらいの高さがある土人形が生まれる。
「ルヴァンシュ、ルヴァンシュ」
最初はクッキーサイズだった土人形たちもある程度のボリューム感がでてきた。
しゃがんで、土人形の頭をつつく。
顔こそないものの土人形たちはびっくりしたように飛び上がって、両腕で額を隠した。
「日々の積み重ねって、大事だなー……」
『その通り』
羽音が聴こえたと思ったら、シュカがわたしの肩にとまる。
『ジャンに足りないのは勤勉さだと大魔女も常々言っていた』
「うっ。勤勉さ、ねぇ」
『ふしゅー!』
シアは楽しそうに土人形を追い回しはじめた。
土人形たちもスピードが出るようになってきたので、すぐにはやられない。なんなら、土人形たちがシアに反撃を試みようとしている。
「そんな子ども騙しで何をどうするつもり?」
「?!」
立ち上がって声のした方を見上げると、宿の屋根に人影があった。
「コクシネル……!」
【音の魔女】、コクシネル。
わたしの姉弟子。
演奏家の出で立ちで、コクシネルはふわっと地面に降り立った。
手には封筒を持っている。
「あんたのところにも届いたかしら? 魔女集会の知らせは」
「……はい」
巻物状の手紙を出してみせると、コクシネルは愉快げに口元を歪ませた。
灰色の瞳は夜だというのに眩しく光る。
「いよいよ話が大きくなってきたわねぇ。今回の議題は、ネニュファール・ユイット・グレーヌという人間の魂の保護である。世界の秩序と安寧のために、魔女は彼の者の魂を保護する立場を取らねばならない、ですって?」
コクシネルは歌うように諳んじて、鼻で笑った。
「コクシネル。あなたの依頼主は、魔女とは別の勢力ね」
「勿論。マグノリア自体の生死は問わないとされているわ」
そしておそらく、秘密結社フォイユではない。
アベイユはリアを殺すことが目的だと、言っていたから。
「まぁ、アタシはどちらでもいいんだけど。ネニュファールの魂さえあればいいらしいから」
「!!」
ぶわぁっ!
わたしは、全身の力を一点に――心臓辺りに集中させる。
土人形は改良中だけど、抵抗することくらいはできるはず。
そのときだった。
「ジャン!?」
この場に最も現れてほしくない人物の声が、響いたのは。
寝間着ではなくシャツに着替えているリアは、わたしの元へと駆け寄ってきた。
「リア。あなた、寝ていたんじゃ」
「眠りは浅い方なんだ」
「答えになっていないような気がするんだけど」
リアはわたしの背中に手を回して、それから、コクシネルと向き合った。
「知り合い?」
「……姉弟子」
声のトーンがどうしても下がってしまう。
一方で、コクシネルは嬉しそうに舌なめずりまでしてきた。
「初めまして、ネニュファール・ユイット・グレーヌの生まれ変わり。アタシはコクシネル。【音の魔女】と呼ばれているわ」
ゆっくりと、一歩ずつ。
コクシネルがわたしたちに近づいてくる。
「坊やが、ずーっとジャンシアヌが隠してきたネニュファールの魂」
リアよりも、コクシネルの方がわずかに背が高かった。
「……」
リアは、言葉を発さない。
ただ唾を飲み込んだのか、喉が動くのは見えた。
ぴりっとした沈黙。
わたしは集めた力を手のひらへ動かし、コクシネルへと突き出した。
「ルヴァンシュ、ルヴァンシュ!」
どぅっ!!
手から放たれる魔力。
呼応して土人形たちも大地を蹴り、コクシネルへと飛びかかる。
「あらやだ、こわい」
余裕のコクシネルは後ろへと跳び上がって――再び屋根の上に乗る。
「魔女集会で会いましょう、じゃあ、またね」
「待ちなさい!!」
追いかけようとしたわたしの腕をリアが掴んだ。
「リア、離して!」
「だめだ。今のジャンは冷静じゃない」
「離しなさい!」
「ジャン!」
掴まれたままの腕をそのまま引き寄せられたわたしは、そのままリアに抱きしめられてしまった。
力強い、熱だ。
両腕でしっかりと抱きしめられて、胸元で、わたしは瞳を閉じる。
「ジャンは、攻撃魔法も使えたんだね。初めて見たよ」
頭の上に、やわらかな声が落ちた。
「……復讐しようと思って修行していたときもあったの」
かつて、魔女となるための試練で問われた。
――何のために、誰のために。内なる魔力を、使いたいか?
顔をリアの胸元から離して、そのままリアを見上げた。
菫色の瞳が。
静かに、わたしを見ている。
躊躇いはあった。
だけど、わたしは、告白する。
「『ルヴァンシュ』というのは、復讐のための呪文」
わたしからすべてを奪った王子へ復讐するために。
すべてを奪ってやろうと憎しみに囚われていたときがあった。
同じ傷を負わせたいという思いに支配されていた自分が、いた……。
「……」
リアは何も言わなかった。
だけど、さっきよりも力強く、わたしのことを抱きしめてきた。
リアの背中へ腕を回すことは、できなかった。