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24.見たことある?




 魔女集会の知らせを受け取った数日後。

 わたしたちは、ショコラトリーのカフェのテーブル席にいた。

 きつすぎない甘い香りと静かな話し声は、今日も穏やかに店内を満たしている。


 そんななか、メニューを両手で掲げたミュゲの表情がぱっと輝いた。


「読める! 読めるわ!」


 ミュゲはひとつひとつ指差して、うっとりしながら声を出した。


「これがチョコレートパフェ。マカロン。オペラ。フォレノワール。文字が読めるって、こんなにわくわくすることなのね」

「メニューが読めた記念に、なんでも好きなものを頼んでいいよ」


 教師役を務めあげたリアが両手を叩くと、ミュゲは勢いよく顔を上げた。


「いいの!?」

「もちろん」

「よかったね、ミュゲ」

「ジャンも好きなものを頼むといい。今日は僕が支払うから」

「いや、そんな訳には」

「安心しておくれ。簡単に底をついたりはしない」


 というか、リア。

 毎回ふしぎなんだけど、その金貨はどこから湧いて出ているんだ?


 注文を済ませて店内をきょろきょろと見渡すと、明るさが少し足りないことに気づいた。


「スリジエさんの姿が見当たらないね」


 わたしの疑問を察したのか、リアが言う。

 なるほど。明るさというのはスリジエのテンションか。

 すると、チョコレートパフェやケーキを持った男性の店員さんがにっこりと話しかけてきた。


「4代目なら、昨日の晩に元気な男の子を産みましたよ」

「そうでしたか! おめでとうございます!」


 思わず声が大きくなってしまった。店内の視線が一気に集中して、ちょっと恥ずかしい。

 わたしの照れはさらりとスルーして、リアもまた微笑む。


「おめでとうございます。そして教えてくださってありがとうございます」

「お医者さまもびっくりされるほどの安産だったそうです。4代目のことを気にかけているお客さんも多いので、耳にしたらお伝えするようにしているんです」

「スリジエさん、赤ちゃん産まれたの?」


 ミュゲが瞳をきらきらさせた。


「ねぇ。赤ちゃんって、ちっさくてふわふわしてるってほんと?」

「ほんとうさ」


 答えるのはリアだ。ミュゲの頭を優しく撫でる。


「人間は全員、産まれたばかりの頃は小さくてふわふわしている。それはミュゲも、僕も同じさ」

「ふしぎな話ね」

「その通り。ふしぎな話だよ。さぁ、ミュゲ。融けてしまう前にチョコレートパフェをどうぞ」


 ミュゲのオーダーは、迷いに迷った結果、前回と同じチョコレートパフェ。

 わたしはオペラとホットコーヒーにした。

 リアはココア風味のミルクレープと、ホットココア。


 赤ちゃん、無事に産まれたのか……。ほんとうによかった。

 明るさが足りないと感じていたのに、今度は急に眩しくなるようだった。

 大きな窓から差し込む光が目に染みる。


 魔女となった今では結婚も出産も縁遠くなってしまった。

 たった数日間とはいえ、知り合って会話を交わした人間が母親になったというのは不思議な感覚が沸き起こるものだ。


「会ってみたいなぁ」

「それは流石に難しいんじゃないかな。ねぇ、ジャン」

「えっ?」


 ぼんやりとしていたら急に会話を振られてしまった。

 ミュゲが頬を膨らませる。


「ちょっと。聞いてたの?」

「ごめんごめん。何の話?」

「ジャンは赤ちゃん見たことある? リアはあるって言うの」

「リアが?」


 不意に思い出すのは水占いに映し出されたぼろぼろのリアの姿。


「……ちがう」

「ジャン?」


 ミュゲがきょとんとする。


 違う。リアが言っているのはたぶん、王子だったときの……王となったときの記憶だ。

 だとしたら。

 見たことある、というのは。


「あっ、ううん。なんでもない。気にしないで」


 無理やり唇の端を吊り上げて、ミュゲに向かって手を振った。


「変なの」


 ミュゲは少し不満そうに口を尖らせたもののすぐにチョコレートパフェを食べはじめた。


 わたしも、ホットコーヒーに口をつける。

 その苦さは、まるで今のわたしの気分を表しているみたいだった。




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