20.チョコレートパフェ
「すごい……! チョコレートケーキがふんわりと軽くって、アイスクリームの方がチョコレート感ががつんと来る。ひとつはビターで、ひとつはミルクチョコレートの風味で、交互に食べるとお互いがすっごい引き立つ……!」
杞憂とは、まさにこのこと。
チョコレートパフェはまったくくどくなくて、すいすい食べ進めることができる。
「この、マカロン? も可愛くって美味しいわね」
ミュゲがころんとしたマカロンを指でつまんで持ち上げた。少女とマカロンの組み合わせは実にかわいい。
わたしにはそんなかわいらしいことはできないので、ひたすらに口へと運ぶことにしよう。
「わぁ! マカロンのチョコレートガナッシュがいちばんフルーティー。中のムースはすっごく滑らか。ほんとうに贅沢なチョコレートパフェ……」
「大絶賛だね」
リアもリアで、表面が艶々で、中は美しい層になっているオペラを堪能している。
時々目を閉じて咀嚼に集中するのは、美味しいと感じているときの癖だ。
スリジエはそんなわたしたちをゆっくりと見渡した。
「ここまで喜んでくれるなんて嬉しいわ」
「だって! こんなに美味しいものは初めて食べたもの!」
「チョコレートの原料となるカカオ豆って、品種だけでなく産地の違いでも香りや味が無限にあるの」
「豆からできてるなんて……信じられないわ」
村では豆料理が多かったであろうミュゲにとっては、衝撃の事実だったようだ。
「温度を守って加工するだけで誰でも美味しいチョコレート菓子ができるのよ。だけど花のチョコレートだけは別。決して外に漏らしてはいけない秘密があるの」
「魔法の話みたい! スリジエは魔女なの?」
「こらこら、ミュゲ」
わたしはミュゲの肩をぽんぽん叩く。
この街は魔女に対して、いい感情を持っていないってリアが言っていなかったっけ?
現に、スリジエの眉は困ったように下がっている。
「魔女ではないわ、おちびさん」
「ごめんなさい。ミュゲが変なことを」
「いいのいいの。子どもは自由な生き物だからね」
あぁ、スリジエがいいひとでよかったー。そう胸をなでおろすわたしである。
魔女によって災いをもたらされた歴史のある地域では、その存在は決して歓迎されない。
何故なら、子どもの頃に大人から教えられるから。魔女は絶対悪だと。受容してはならないのだと。
かつて大魔女に教わった。
魔女は人間社会に干渉しないことを原則としているのに、ごく稀に、それを破る者がいるのだという。その上、魔女同士も基本的に干渉しあわない存在なので、原則を破っても罰を受けることはない。微妙で複雑な問題なのである。
この街もおそらく、遠い昔に魔女が関わっていたのだろう。
とりあえず話題は変えておくにかぎる。
「ミュゲ、口の周りがチョコでべたべた。顔を洗ってきたら?」
「もったいないから、いい」
「あーあーあー。お行儀が悪い」
舌でなんとか舐めようとするミュゲを制して、ペーパーナプキンで口周りを拭ってあげる。
そんなわたしたちを眺めていたリアが笑いを堪えるように顔を横へと向けた。
「ミュゲもまだまだ子どもなんだね」
「そっ! そんなことないもん」
わたしからペーパーナプキンを奪い取り、ミュゲは口の周りを自分で拭ききった。
それから澄ましたようにつんとした表情になる。
自分は大人である、という主張だろうか。
それはそれでかわいくて、リアが再び笑うのを堪えだす。
「あなたたち、赤の他人っていうわりには仲がよすぎて家族みたい」
「そ、そうかな」
ミュゲが師匠と弟子発言をしないか一瞬不安になったものの、そこはうまく空気を読んでくれたらしい。チョコレートパフェと真剣に向き合っている。
「僕とジャンは一緒に暮らして10年になるから、家族同然だけどね」
はい。余計な発言をしたのはリアでした。
「へぇ! 10年も一緒なら、間違いなく家族よ。もしかすると本物以上に」
「僕はそう思ってる」
ちらりとリアから視線を向けられたわたしは曖昧に笑って返す。
「ふしぎだけど、すてきね。あなたたち」
スリジエの言葉を受けて、リアは両手で顔を覆った。
「リア? どうして照れているのかな?」
「照れているんじゃない。感激しているんだ……」
「面白いひとね」
くすくすとスリジエが笑う。
一方でミュゲは会話に入ることも忘れ、ひたすらにチョコレートパフェを堪能し続けていた。