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失恋魔女と転生王子と、世界の終わり。  作者: shinobu | 偲 凪生
Ⅰ 旅立ちまでのプロローグ
2/35

2.100年前(2)




 地下牢への幽閉。


 城の地下に、窓のない閉ざされた空間があることは知っていた。

 だけど、まさか自分がそこに閉じ込められるなんて思ってもみなかった。

 足枷をはめられ自由を奪われたわたしは、おそらくそれらしい理由をつけて処刑されるのだろう。

 もはやこうなってはどうすることもできない。


「しろがねの令嬢なんて呼ばれていたのが、嘘みたいだわ……」


 独り言も自嘲ばかり。

 名前の由来となった銀色の髪は艶を失い、肌もがさがさに荒れていた。


 それでも。


『ジャンシアヌ。今年も見事な睡蓮が咲いたから、観に行こう』


 瞼を閉じれば優しかった頃の王子を、笑顔を、思い出す。


『君の冷静さにはいつでも助けられている。これまでも、これからも』


 婚約破棄を告げたときの王子は、正気ではなかった。

 瞳に浮かんだ蜘蛛の巣のような模様……。

 どう考えても犯人はアコニ・グルナディエだ。

 グルナディエ家は呪術の研究をしていると耳にしたことがある。どうやって王子を呪いにかけたのかは分からないけれど、言葉巧みに近づいて絡めとっていったのだろう。


 だけど、だからこそ。

 打つ手なし。

 今のわたしには、少しでも穏やかに死を迎える努力をするしかなかった。


「……?」


 ところが。

 冷たい壁に背中を預けてじっとしていたら、大きな足音が段々近づいてきた。


「ジャンシアヌ様! 助けに来ました!」

「……イリス……?」


 息を切らせながら地下へ飛び込んできたのは、乳兄弟のイリス青年だった。

 手にしていた鍵の束で扉を開け、わたしに近づくと膝をつく。

 そして足枷までも外してくれた。じゃらり、と枷が床に落ちて転がる。


 イリスは躊躇うことなくわたしの両肩に手を置いた。

 忘れかけていた他人の体温に、思わず鼻の奥が痛む。


「今の時間帯、門番は私が懇意にしている者です。今なら逃げ出せます。さぁ、早く!」


 琥珀色の髪は乱れているものの、同じ色の瞳は力強い光を湛えていた。

 物静かで控えめな青年だと思っていたイリスの手は力強く、弱り切ったわたしにとってはとても温かなものだった。

 そのまま手を引いて連れ出され、地下通路を進んでいく。


「この隠し通路から外に出ましょう」

「イリス。お父さまやお母さまは。お兄さまは、……」

「何も訊かないでください。ジャンシアヌ様が生き延びることこそ、フォイユ家に残された唯一の希望です」

「待ってちょうだい。イリス、いったい何が起きているというの?」


 答える代わりに、イリスはわたしのことを抱きしめてきた。


「どうか、今だけはお許しください。……私はずっとジャンシアヌ様のはしばみ色の瞳が、まるで宝石のようだと見惚れていました」

「……イリス?」

「あなたは、私の希望でもあります。最初で最後のお願いです。どうか、生き延びてください」


 地下通路を這うように登った先で、勢いよく体を押し出される。

 よろめきながら立ち上がると、そこは小高い丘だった。


 紺色。藍色。闇色の空。

 月と星が静かに輝いている。

 数日ぶりの外の空気を吸い込むと、待っていたかのように全身が震えた。


「だとしたらお願い。イリスも一緒に来て……イリス?」


 振り返ると穴は閉ざされていた。最初から何も、なかったかのように。


「どうして」


 足枷から解かれた足首がようやく痛みを訴えてきた。

 力が抜けてその場に座り込む。

 すると後方で、丘の下の方で、激しい警笛が鳴り響いていた。


「……どうして……」


 一瞬前までは闇に包まれていた筈なのに、高く昇るのは火柱と煙。

 わたしはそれが何なのかをよく知っていた。


「フォイユ家の館……」


 それが、何を意味するのか。知っていた、わたしは。


 アコニ嬢を迫害したことなんてない。

 愛想のないわたしと違って愛くるしく、ある意味、王子とお似合いだとすら思っていた。

 それなのに、どうして?


 わたしがすべてを失わなければならかったのだろう……?




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